誰もいないと思っていた屋敷から、生き物が飛び出て来た。
手を握られたまま顎を突き出して空を見る。空というより木々という方がいいくらい、青さがまったく見えない。緑と青の中を黄色い小鳥がぱたぱたと羽を動かして飛んでいた。
それをただ茫然と見ていると、小鳥がこちらに向かって下りてくる。
「え・・・」
パタパタとかわいらしい音をたてながら、小さな足がしっかりと雲雀の肩に掴まっていた。
「かわいい・・・」
「食べたいの?」
「違います!」
「食べる部位あんまりないと思うけど・・・」
「・・・その子、雲雀のですか?」
冗談を続けようとしている雲雀に尋ねると、暫く逡巡するそぶりを見せながら、肩に止まった鳥を指先でつついている姿を見て、もう答えは出た。
「僕のと言えば僕のだし、僕のものじゃないと言えば僕のものではない。」
そう言った後、すぐに手首を掴まれて引き寄せられた。ギラリ、と光る瞳を見上げて何事かと心臓が高鳴る。
雲雀の肩に乗っていた黄色い小鳥は、主の異変に気がついたかのようにぱたぱたと森の海から飛び立つように上へ逃げて行った。
「成功したみたいでよかったですね。雲雀恭弥」
ざく、と、今まで聞こえなかった人の足音と気配に吃驚して、雲雀の腕の中で首を動かしてそちらを見る。緑と赤の瞳が森の中に浮き彫りになっているように、鬱蒼とした空間から優雅に歩いている。
「謝礼はもう払ったよね。」
「ええ、君が餌として嬲る対象である人間から奪い取った金銀財宝、ありがたく頂きました。」
「噛み殺されたいの?」
「残念ながら僕はそんな趣味はありませんから。」
くつくつと笑う少年の姿をした異質な男を、ハルは警戒の色をにじませながらただ見つめる。どうやら雲雀と知り合いの様子だと判断して肩の力を抜いた。
その瞬間を待っていたかのようにぎらり、と宝石のような瞳がこちらを射抜くように見据えられ、背骨がをつたって恐怖が伝染する。
「昨日は失礼しました。いや、いかんせん貴女が素直では無かったので」
「・・・は、はあ・・・」
返事をしながらも、頭の中では記憶を呼び起こしながら、眼の前の異質な美少年について考える。きっと、一目見たら覚えるはずなのに。
いや、もしかしたら何処かの国のパーティーで見たことが、挨拶をしたことがあるのかもしれない。眼の前にいる少年はその異質さを爽やかな笑顔で塗りつぶせば、好印象を残す普通の少年なのだ。
ああ、でもオッドアイがあるのだから、覚えれるはず。ハルが困惑したように逡巡していると、くすくすと口に手を当てて小さく笑っている。
「すみません。いえ、分からないのも無理は無いのです。そう眉間に皺をよせないでください。」
「え、あ。」
意識してみれば確かに、眉間に力を込めていた。ハルは慌てて力を抜いたが、抜きすぎて帰って間抜けな顔になってしまった。
「・・・失礼ですが、どちら様でしょうか・・・」
「何、君こんな異質な男も覚えてないの。」
ぎゅう、と後ろから抱きしめられ、頭に顎を乗せながら雲雀は言う。
「え、雲雀と一緒に会いましたっけ!?」
「会ってないよ。」
「会ったのは僕じゃないですからね。」
マジックの種明かしをするように、面白そうに顔を緩めている少年が、ピエロのように両手を上に向けて軽く腕を上げている。ショーの始まりだと言わんばかりのその姿を、疑問を持ちながらも静かに見ていると、足元から煙のような、虫のような何かがふわりと少年の身体を覆う。
「え、」
大量の蝶が、木を覆い隠すように、少年の姿かたちが見えなくなった。
そしてすぐに纏わりつく何かが、鱗粉のようにはげ落ちた時にハルは驚愕に眼を丸くした。
「あ、あなたは・・・!」
にっこりと笑う笑顔は、昨日ハルの背を押す冷気を送ってきた使用人だった。
人のよさそうな顔をしてハルの事をじぃ、と見る。
「・・・な、何ですか・・・」
「いえ、もう少し狼狽してくれるかと思ったのですが・・・期待はずれでした。」
「君の方が悪趣味だよ。」
「心外ですね、僕はただ、幻術にうろたえる人間の姿を見て快感を覚えているだけです。」
「君の事を変態と呼ばないと神様から罰を与えられそうだよ。」
話を聞いていると、名前は六道骸と言って、彼も人から異質と呼ばれる人間なのだと知った。
人を偏見の眼で見ることはいけない事だとハルは自負しているが、それでも骸が放つ殺意にも似た、確かな異質なオーラを感じ取っていた。
まるで彼の声帯に悪魔が宿っているような、夢魔を暴発させるような声音をしている。ハルは骸に名前を呼ばれる度にくらくらと脳がすかすかになって、考えが深く沈まないのだ。
「愛されてるんですねえ。」
心の底から祝福しているような、心の底から嘲笑っているかのような言葉がハルの脳を揺さぶった。
雲雀がそろそろ鬱陶しくなったのか嫌悪感を丸出しにして骸に言う。
「そろそろ帰ってよ。」
「おや、何故ですか?」
「もう仕事も終わったし、報酬も渡しただろう。」
「・・・そうですねえ、僕も待っている部下がいますし、帰ります。」
羽虫を見るような瞳に一笑して、その言葉を寛容するようにまた森へと足先を向けた。闇に溶けるように身体の輪郭が、森の闇にしみ込んでいく。さようならも何も無く、また雲雀とハルの二人だけになった。
ゴールまでラストスパート行くぜ!
と、思ったのですが無理でした・・・またぶつ切り・・・