許せるはずが無かった。

満たされないからこその罪だったとしても、人間だから仕方が無いですまされない。むしろ人間だから許しを知っていて、それをするかしないかも決めるのは人間だからであって。

この世界の何処かに潜む吸血鬼達も、俺達と同じように赦すという行為を知っているのかは知らないが、俺は到底認める気は無い。

「ご機嫌斜めなようね。隼人。」

いつもご機嫌斜めだとよく言われるが、この姉は俺の感情の機微を感じ取っているらしい。その言葉は正解だった。

アイツは分からないだろうが。

「煩ぇよ。」

「あら、元気も無いのかしら。いつもなら勝手に部屋に入ってくるなと言うはずなのに。」

「・・・ドアあけっぱなしにしてたのは俺だしな。」

「そう。」

淀みない返事はいつもの事だ。

俺は窓際に椅子を持ってきて、頬杖をつきながら出窓から外を見る。高台にある城からは街を、国を一望できるというのに、敵と言う未知で確かな存在の為に立てられた塀のお陰で頭半分しか見える事は無い。森と街の僅かな境目がおざなりに視界に入る。

この国の頂点に立つのだから、ちゃんと上から見守れるようにしておけばいいのにと思う。生産性のない、ただその場限りの提案なのだが。

「何が、気に入らないのかしら?」

「・・・・・」

いけしゃあしゃあと、というのは間違っているのだろうか。

結論を知っていると言うのにわざわざ訪ねるその根性の悪さと言うか、面倒くささというか。俺の琴線に触れるような言葉をあえて選ばない、俺の気持ちが今誰よりも分かっているであろう義姉に歯を鳴らした。

「分かんだろ。」

「分からないわ。」

「チッ」

「私は人間だから、ちゃんと言葉で気持ちを露わしてくれないと困るわ。」

最初に、俺がハルの事を気になっていると気がついたのも義姉だった。まあ、多分、いや、頼むからこの人だけだろう。知っているのは。他の人間はただ政略結婚を成立して利益を得る事だけにしか眼中に無いのだろう。俺にしてはそれは助かるのだが。

わざとらしく俺の言葉を要求してくる姿勢に、心の中でもう一度舌打ちした。

「もう、むくれないで。」

「誰がむくれたんだよ!」

「女の勘よ。」

「適当に言っただけじゃねえか。」

「まあそうね。まあ、それはどうでもよくて、とにかく隼人。どうしたの?」

言ってみなさい。と、最後につけなかったのはわざとなのか、それとも偶々なのか。その一言があるかどうかで俺の反応は180度変わっていただろうから、もしかしたらわざとなのかもしれない。得体の知れない吸血鬼と同じく、義姉はいまだにつかめない女として、俺の心の深淵にカビのようにこびりついている。

「そう、恋煩いね。」

「いやまだ何にも言ってねぇだろ!」

「言わなくても分かるわ。姉だもの。」

「だったら最初からそう言え!」

「やっぱり恋煩いなのね。まあ、それ以外悩むものなんて、貴方には無いでのしょうけど。」

「失礼千万だな。」

「言葉が悪かったわね。今はそれより優先すべき事が無いという意味で言ったのだけど・・・」

言葉が足りないという事はあまり起きた事が無い。いつも余計なひと言までオプションとして付ける義姉としては珍しい事だった。

あえて抽象的に回りくどく言う事はあるが、欠けている事は無かった。におわせるというか、感じ取れと言うか、感覚的な説明になるが空気で簡単に分かる位には隠していた。

回りくどい感覚的な言葉とは理解しにくい。これが曖昧だが、血の繋がりの強さと言うものなのだろうか。

ついでに言えばただの感覚的な言葉で説明する馬鹿な男が居るのだが、それは全く今もこれからも関係ない事だろうから何も言う事は無い。

「人は何時でも、最初の一歩を恐れてしまうわ。」

こつこつとハイヒールの音が近づいてくる。窓に映ったワインのような髪が揺れ動き、俺の横で音は止まった。

「そうね、まず貴方に最初に謝った時とかも、そうだったわ。矜持以前の問題にただ恥ずかしかった。今の貴方はそれと同じ状態だと、私は勝手に思っているけど・・・・当たらずも遠からずで話しを進めてもいいかしら?」

「・・・・」

「プライドが許さないわけじゃなくて、ただ恥ずかしいだけ。それって、後から考えてみたらすごく馬鹿馬鹿しい事よ。」

だから、と言葉を続けない所が、義姉の長所であり短所だと思う。

俺自身で答えを出して、行動する事を促す。道を示して、背をそっと押す。最初の一歩だけを力強く押し出して、後は自分の足で、自分の意思で歩けと言う。もつれて転ぼうとも、義姉はただじっと見据えるだけ。

「・・・・・」

「・・・もう一度、年が明ける前に会えるように手筈を整えるわ。」

それだけを言って義姉は部屋を出て行った。パタン、と、ドアが閉まる音が軽く響いた。

どうすればいいんだ。と、青臭い質問は出来ない。それを許さないと義姉は俺を突き放した。俺も自分自身で伸ばす手を掴み押さえる。

重力に逆らう事が出来ないように、逆らう事は無意味だ。

しかもそれが俺のためであると言うのなら尚更。

許しはしなかった父親の、王の罪の集大成の俺を受け入れてくれる寛容な義姉。手料理や性格は難ははあるモノの、愛について偏った理念を持っている所もあるものの、

「・・・悪ぃ・・・」

人気が無い部屋の中でぽつりと漏らした情けない声は思いのほか大きかった。

何度目かわからない、最後の決心を心に楔として打ち込み、窓に映った俺越しに外の景色を睨みつけた。

舌先で欠けた歯をなぞった。ガラス片よりも鋭さは無いが、やろうと思えば簡単に舌を噛み切れるくらいの鋭さだった。

 

 

 

前座として獄とビアンキ姉さんの会話を・・・と思ってたら思いのほか長く、そして楽しく書けた。

話が全く進んでないけれど、それはもう・・・あきらめましょう。(ぇ

終わりが全く見えない。どうする気なんだろう。私。(知るか