「隼人。」

「んだよ。」

大きな扉をくぐって見えなくなった後ろ姿から視線をはずして、横にいる義姉を見上げた。

「会話、ちゃんと出来たのかしら?」

「・・・・・・。」

ぎりっ、と奥歯を噛みしめた。

咎めるような声音がいちいち癇に障る。

「また駄目だったの?」

「うっせえな!」

「そんなんじゃ、何もできないまま結婚してしまう事になるわ。」

癇癪のような返答に、いつも静かに冷静に答える姉は俺を諭していた。俺が何を望んで、何がしたいのか分かった上で、人知れず背を押そうとする。

「・・・」

「愛のない結婚式はとても味気ないものよ。」

ふっくらとした唇が奏でる音は、いつも正論で俺が手に入れられないものをあえて突きつける。俺のためではなく、あの女の為に言っている言葉が刺さる。

何も返答せずに義姉に背を向けて歩き出す。メイドが何処に行くのか聞いてきたが無視して歩く。長い廊下を抜けて裏庭に出た。涼しい風と青い空が広がる景色に呼吸を忘れた。

恒久なる空は何処までも続いているのだろう。だが、高い城壁がそれを遮る。俺をこの檻から出さないためのように。

城壁を背にして城を見上げる。豪華で繊細な彫刻がほられている壁は高くそびえたち、上へ上へと視線を上げると何が何だか分からなくなった。

あまりにも細く、下から見上げるだけでは職人の仕事っっぷりがまったく見えず、この国の旗印だけが大きく風で揺れているのが見える。

旗がたなびく力と同じく、白い雲がゆっくりと動いていた。

それをただ見上げていた俺はその雲を追いかけた。やがて城壁の向こう側に流れていった。

 

 

 

俺の父親、つまりは王はいつでも国に敵が攻め込んだとしても、いついかなる時でも対応できるように戦力を重視した。

火薬、鉄、そして兵士の育成。だがそれだけに偏らず、他の国との友好と商売などもちゃんと器用にこなしている。だが焼け石に水。赤字は不治の病ではないのかと思うほど深刻だった。

父の時代の王は皆仲良く暮らせ、血なまぐさい事などは気にするなというお気楽な性格だった為、民もそんな王に感化させられてしまったかのようにのんびりゆったりと暮らしていた。それが悪い事と言うわけではないのだが、そんな隙だらけでずっと暮らしていけるというわけではない。

財政は赤字になり、商売下手なその国は、取引していた国に多額の金で輸入を了承し、米も買えないような金額で輸出をしてしまっていた。

そんな絶望の中にあった国を見てきた幼い父がまだ小さかった頃、民が消えるという事件が起きた。

ある日を境にそれは毎日繰り返されていた。山へ行った男が帰ってこなかったり、一人で家に居た女が消えていたり、ふと気がつけば子供までもが居なくなっていた。

吸血鬼が民を攫って行ったのだ。大人数で行動するようになり、山へ山菜とりに行った奴等が、骨と皮になっただけの元仲間を発見し、王へ報告した。

だがそれまでの国は兵力など全くなく、退治してもらうにも金は無い。渋っている王に民は怒りを見せ始め、いつしか王は逃げ去り、俺の父親が若くして王の座に座ることになった。

憤りは俺の父親に向けられた、だがそんな罵声など聞いていないかのように民へそれぞれに指令を出した。とりあえず金を確保しなければならない、兵力も必要だと。だがそんな悠長な事ではない。三日に一人、早い期間では一日おきに人が消えている。民は父に反対した。

だが父の姿勢は全く揺るぐ事無く、恐怖と怒りに染まった民にただただ命令を下していた。

色々な作物を育て、違う国へ売りさばく時、今までいいようにされていた民と一緒に商談先へついていった王がはきはきと値段交渉をして行った。

そんな地道な作業をしていく父親を見て民からの信用は長い時間をかけてなんとか取り戻せたが、大幅な赤字と吸血鬼の問題が残っていた。

大きく変動する国の動きに戸惑っていた民達だったが、なんとかそれに慣れ、普通の値切り交渉もできるようになった頃、父親は兵力増量へと踏み込んだ。

小さくとも力をつけなければいけない。

それをモットーにして築きあげられた国が今の俺の国だった。

兵士の力が大きくなり、吸血鬼を退治しに行こうとした頃だった。そんな考えを分かっていたのか、吸血鬼はとたんに人を攫う事は無くなり、人が消えることが無くなった。

それで解決だと俺は思ったのだが、此処までやってきた父と民としては、どうしても吸血鬼を殺したいと思っているらしい。

行き場のない怒りと力の矛先をどうしたものかと奥歯を噛みしめていた頃、隣国に吸血鬼らしきものが現れたと聞いた。

王はそれを聞き、兵力の無い国、そして金がある国に自分の息子と同い年の姫がいるという情報を聞き、柏手をしたように一気に婚約の話しを持ちかけた。

吸血鬼にどれほど苦しめられてきたかという話をすれば簡単だった。

百聞は一見にしかず。その話をしている時期にまた一人吸血鬼に攫われたのだ。

そんなこんなで婚約する事になったと言われた時はあまり意味が分からなかったが、婚約話が決まったすぐ後、俺とハルが邂逅する機会が設けられた。

その時は向こうの城で、王同士は別室で話をしているらしく、お互いに母親と本人だけで会う事になった。

「お噂はかねがね聞いておりますわ。聡明な御子息ですわね。」

「私も話に聞いていましたわ。噂以上の素敵なお嬢様ですわね。」

吐き気がするような褒め合いと高らかな笑い声、一緒に連れてこられた俺はげんなりとしていたのだが、同じ当事者であるハルはぱちぱちと不思議そうに瞬きをしていただけだった。

俺の視線に気がつくと、にっこりと満面の笑みで俺に笑いかけた。

同い年だと言うのに、俺よりも一層歳下に見える幼い笑い顔に僅かに心が動いた。

一国を担うという重圧に、未来も何も無いと思っている俺と同じ立場に居ると言うのに、正面にいるハルはそんな事全く気にしてないようにただ笑っていた。

苛立ったし羨ましいとも思った。

第一印象は良くも悪くも無く、ただコレが結婚相手か。という意識だけだった。

それ以降、俺達が二人でいる機会は数えるくらいしかなく、顔を見せあう事もあったが会話は無い。

「かくれんぼ、しませんか?」

初めての邂逅の次の機会。二回目におそるおそる話しかけてきた時以降は、会話は無かった。

「かく・・・れんぼ・・・?」

「はい。かくれんぼ。」

豪華なソファーに座ってかくれんぼという単語を使ってくる奴を見たことが無い。小さな社交界のようなものを開催している会場から抜け出した俺とハルが偶々出会ってこの部屋に案内され、にこにこと頷きながら言われた。

堅苦しい正装に苛々していたのだが、突拍子もない台詞にただ驚いた。

十歳になって無いとはいえ、俺達には王族と言うモノの分別を知っている。ハルだって当然知っていただろうし、理解できる歳だっただろう。

「なんで、かくれんぼ・・・?」

「なんとなくです。」

「・・・・。」

「ハルが鬼しますね。30数えたら探しに行きますから。」

どうして俺は見ず知らずの城で隠れる場所を探すために走っているのだろうか。荒ぐ息と驚いたようなメイドの姿を尻目に、手直にあった部屋に入り込んだ。

その瞬間手の袖から入り込む冷たい風に身体が震えあがった。ドアの真正面にあたる窓が大きく開いていた。この冬にどうして開けているのか、まあ風を入れ込んでいるからだろう。俺はすぐに窓をしめてクローゼットの中に入り込む。

ドアを閉めた後気がついたが、この部屋の主は女のようだ。そして年齢が低い。

たったそれだけで、そしてクローゼットの中にあるドレスのサイズを見てこの部屋が誰のものか分かった。

膝を抱えてじっと待っている。待つ。待つ。待つ。

「・・・・・やべえ。」

このただっ広い城の中でかくれんぼ。見つかる可能性も低いが、見つけられる可能性も低い。いつまで体育座りをしていればいいのだろうか。

クローゼットの隙間から冷気が入り込む。指先を擦り合わせながら待っていると、ぎぃ、と開く音がした。

小さな足音はハルのだろう。隙間からこっそりと息をひそめて覗きこむとハルが窓をじっと見て、キョロキョロと辺りを見渡した。窓辺にあるベッドのシーツを捲ってみたり、ベッドの下を覗きこんだり、引き出しの中まで覗き、次にこっちへやってきた。

足音が静かに近付いて来て、開けられたクローゼット。体育座りをしていた俺が見上げるとハルが驚いたように眼を丸くしてにっこりと笑った。

「みーつけたっ」

暗闇の中、月明かりのぼんやりとした光に照らされた部屋はとても暗かった。煌びやかなシャンデリアのある会場とは全く違うくらい世界。

「早かったな。見つけるの。」

「えへへー、実は、ここハルのへやなんです。」

ゆっくりと立ち上がりながらそう尋ねるとハルが開いていた窓を得意げに指差した。

「ハル、あの窓開けてたのに閉めてありましたから。きっとさむいから閉じちゃったんだろうなぁ。っておもったんです。」

「・・・何でこの窓あけてたんだよ。」

得意げに推理をするような口ぶりに僅かに眉根を寄せて尋ねた。

そうすると今まで無邪気な瞳が一気に光を失ったように冷たく凍てついた。

「・・・わかりません。」

凍えたような声音だった。俺は今でも覚えている。その時のぼんやりと、魂が抜けた屍のようなあの後ろ姿。

背筋がぞわぞわと迸った。悪寒がした、それは寒かったからか、暗闇が怖かったからか。

その時は分からなかったが、それ以降、ハルと会話することは無かった。無かったというか出来なかった。

話しかけられてもどう返答すればいいのか分からず、視線すら交えることが困難になってきた。心臓もバクバクと無駄に動くし、手先だって震える。寒いわけじゃない、それどころか手のひらにはじんわりと汗がにじむ。

城壁の向こう側に消えた雲は、隣国へ流れていくのだろうか。そうすればアイツも同じ雲を何となく見るかもしれない。

隣国にたどり着く前に消えてしまっているかもしれないが、俺にはそれしか繋がりをはっきりと提示する事しかできないでいた。

きっとアイツは忘れてるであろう幼い記憶に心を寄せて、年明けを早くと思いつつ、まだ待ってくれと願う。

 

 

 

こうなったら無計画に。書きたい事を書こう。

思い切りぶちぬいちゃおう。

最後はあっさり終わりそうな気がします。ええ。