ふと見た時にはロングの黒髪の人でした。

ふと見た時には短髪の金髪の人でした。

ふと見た時にはセミロングの茶髪の人でした。

並盛中の応接室から出てくる女の人達は全員綺麗な人でした。凹凸の激しい身体がブラウスを押し上げたり皺を作っていたり。

通り過ぎるととてもいい匂いがしたのです。

「嫌です。触らないでください。」

ハルは雲雀さんをとても尊敬しています。並盛への愛情は、ハルがツナさんへの愛情と同じなのではないかと思っていたのに。無機物と生き物の違いはさておいて、その愛は確かに愛でそれは覆す事のないものであって。

だからすごいと思った。

愛を返してくれないモノに愛情を注ぎ続ける雲雀さんはとてもすごいと思った。

でも、それは人間として。今は男として軽蔑してしまっている。男だから、というのは言い訳ではなく本当の事だとハルは知っている。

それでも、それを受け入れる三浦ハルは女で、根源が全く違う、性別の違うハルにはあんまりに受け入れがたい事で。

「珈琲、持ってきました。」

「・・・三浦。」

でも、それももしかしたら愛校心と同じ気持ちで、あの人達全員を愛してしまっていて、性欲とかそういうのはまったく関係なく、愛情に苦しんでいるのかもしれません。

誰か一人を選ばなくてはいけなくて、でもそれは出来ないともがき苦しんでいるかもしれないのです。

ですが、それがたとえあったとしても、どうしてその手でハルに触ることが許されるのでしょう?

「いや、触らないでください。」

今度は音を出してその手を振り払った。ぱしっ、という情けない音が応接室に響き渡った。

珈琲の匂いが充満する部屋の中、ハルはソファーに腰をおろしました。雲雀さんの顔は見ません。

「三浦、どうして逃げるの。」

「逃げてるんじゃありません。」

「じゃあどうしてそこに行ったの。」

「そこって・・・ただのソファーです。いつも座っている所です。」

「でも此処に立っててもいいでしょ?」

「ずっと立ってろっていうんですか。ハル、それはちょっと嫌です。なので今日は帰ります。」

雲雀さんから発せられる変な雰囲気に、それこそ逃げるように鞄を手に取りドアへ向かいました。そのまま指を引っ掛けて開けようとしたのですが、後ろから影がハルを覆いました。ドアにも深い色が差しました。

「なんで帰るの?」

愛校心の高い人は群れるのがお嫌いで、でも女と絡み合う事はお好きなようで、だから女を落とす術を無意識になのか誰かに教え込まれたのか知りませんが、ハルの耳元で重厚な低く、甘い声でそう尋ねました。

いつものように淡々とした声音ではなくて、それこそ獲物を蜘蛛の巣におびき寄せるような、そんな意地悪な男の声だったのです。

「そういう気分だからです。」

「そういう気分って何?」

雲雀さんの肘から上がドアに押し付けられています。距離が縮まって、ハルの背中に雲雀さんが押しつぶそうとしているように思えます。

背中の熱がどんどん上がっていきます。耳元に吹きかけられる熱い息が脳を揺らしました。

このまま、ドアを開けてしまえば楽なのです。別に通せんぼをしているわけではないのです。

ドアを開けて、走って、逃げればきっと雲雀さんも諦めるでしょう、からかいがいの無い女だと思うでしょう。

「帰るの?」

「帰りますよ。」

「なんで帰るの?」

「そういう気分だからです。」

「なんで帰りたいなんて思ったの?」

「・・・雲雀さんが、なんだか変だからです。」

「僕はいつも通りのつもりだけど。」

「ハルはそう感じたんです。」

「ふうん。」

内容の無い会話だと思った。暖簾に拳を入れているような、当たり前の事を繰り返し聞いているだけ。

でも言葉にすればするほど、どうしてこんなにハルが追いつめられているような感覚がするのでしょうか。雲雀さんはそっとハルの背中を撫でながら壁際へ壁際へと推し進めているように感じるのです。

指先が震えてきた。

恐ろしいわけではない、悲しいわけでもない。

なのにどうしてこんなに心臓が煩くなってくるのでしょうか。

圧迫する雲雀さんの身体からはプレッシャーのようなものを放っています。貴方、ハルに何を望んでいるんですか。

「・・・雲雀さん、殴りますよ。」

小物が虚勢を張るように震えた声が出た。

「暴力だ。」

「正当防衛です。」

「何もされてないのに?」

「今意地悪されています。」

「ただ僕も外に出ようと思ってるだけだよ。」

「じゃあお先にどうぞ。」

「君も一緒に出ればいい。」

「いいえ、どうぞお先に。」

「どうして出ないんだい?」

「・・・・・。」

「どうして?」

ハルの声に怒気が孕んでいくのを、雲雀さんは分かっているのでしょう。それでもこうして意地悪に問いばかりを投げかけてくるのです。

声を出さないハルに出して再度雲雀さんが問いかける。なんて酷い人、なんて優しさの無い人。

下唇を噛みしめて、ドアノブにかけた手の震えを止めようと意識をそこに集中させた。

それを見計らったかのように雲雀さんがハルのその手を手で覆った。暖かかった。男の人の手で、この手できっと、

「―――いやっ!」

汚い手で触らないでください!

そう叫び手を振り払った。今度こそドアノブを回してドアを開けた。でも、3cmほどしか開いていなかった。

雲雀さんがドアを押して開ける事を阻止していた。

「離してください!」

「いやだよ。」

「ハル帰ります!」

「どうして帰るの。」

「っ・・・いや、」

「どうして帰るの。」

また再度問いかける雲雀さんはハルの耳たぶに甘噛みした。

心臓が焼ける音がした。煙草の火を押し付けたかのような音がハルには聞こえたのです。ちゃんと、きっと。

眼の奥が熱くなって涙が出た。酷い。酷い、

ハルは気がついた時には雲雀さんの頬を思い切り叩いていました。

「愛は安売りするもんじゃ、ありません!!」

そういって今度こそ応接室から走り去った。やっと出れた、雲雀さんの愛する学校の領域から。

でもハルの帰る場所も雲雀さんのテリトリーで並盛で、ハルの部屋のベッドに寝転がっても心臓の鼓動は遅くならなかった。

天井を見上げながら息を整える。寝がえりを打つとハルの髪が耳の上にかかり、はっとしたように耳たぶのあの感触を思い出して頬が熱くなった。

そしてまた涙があふれ出てしまった。まだ涙の痕も乾いていないというのに。

「う・・・うぅー・・・」

枕に顔を埋めてただ泣いた。

分からない、雲雀さんの愛は何ですか。

貴方はやはり、ただの男だというだけなのですか。

ハルのその問いかけがもしかしたら、その時雲雀さんに聞こえたのかもしれない。一人静かに応接室で額を覆って俯いていた雲雀さんに、テレパシーで届いたのかもしれない。

その日から女の人は応接室のドアを開けることは無くなった、むしろその部屋の周辺に来る事も無くなったのです。

 

 

「愛は安売りするものではないのですよ。」

「うん。」

「雲雀さんはあの子達が好きだったんですか?」

「ううん。」

「三浦ハルの中で雲雀恭弥の株が大幅下降中です。」

「それじゃあ後は上がるしかないね。」

「雲雀さんて意外とポジティブですよね。」

「そりゃポジティブにもなるよ。」

「色々あるんですね。雲雀さんにも。」

「うん。君には一生気がついて貰えないだろうけどね。」

 

ソファーの端と端の距離はこれからも保ったままでいきます。

 

 

 

喧嘩・・・なのか・・・?

とりあえずハルが一方的に怒る。あ、これ喧嘩だ。だって相手が悪いんだもん。

 

難しかったのでとりあえずこうして誤魔化しましたすみません。

リクエストありがとうございましたーw

 

 

 

title 泣殻