獄寺君なんかに気付かれると、なんていうかな、予想できちゃうんだよね。

あの人、俺の為になら何でもするから。ボスだからって言って何でも俺が欲しいものを持ってくる人なんだよ。いや、それが迷惑だと思ったことは数々あるよ。けどそれは彼の好意である事を知っているから苦笑して受け流すしかない。

俺がアイスが食べたいなー、とぽそりと漏らすと獄寺君は買って来てくれた。外は猛暑の日差しで気温は上昇していたというのに、だ。

アイスはドロドロに溶けてしまっていたけれど獄寺君も溶けてしまいそうになりながら玄関に倒れていた。

だからもし、もし、俺がハルが欲しい、なんて、コンビニで買えるような軽いノリで言ったら、獄寺君は何が何でも雲雀さんから引き離そうとするんだろう。

それが暴力的なのか頭脳的な作戦なのかはさすがに予想できないし、そこまで想像するってことはそれを望んでいる事だと思うからやめてるけど。

まあ、うん。

遠まわしに、俺はハルが好きで、欲しいって事なんだけど、さ。

陳腐だけど、好きなんだ。

そう思った時には時すでに遅し。三浦ハルは三浦では無くなっていて、純白のウェディングドレスを着飾って綺麗な笑みを浮かべていた。

周りの人が皆幸せのオーラを発していた。あの獄寺君でさえもが少しはにかみながら二人を見守っていた。

それなのに俺は、その後ろでまるで葬式のように鬱蒼とした顔をして結婚式を見ていた。

どうして俺は此処に居るんだろう。明らかに場違いだ。

皆と同じくそんな笑顔になれないし、心からの祝福なんて祝えないし、何より眼の前で二人が笑いあっている所を、キスしている所なんて見たくも無かった。

だけど心とは裏腹に俺は笑顔を作った。

綺麗な白を身にまとったハルが俺の所へ頬笑みながらやってきたのだ。

「綺麗だよ。ハル。」

これだけは本心だった。

「ありがとうございます!ハル、幸せになりますね。」

細められた瞳から覗くのは、ちょっとした愛しみだった。

ああ、ハルのまなざしが過去の俺をとらえている。過去の俺への想いを今、瞳に揺らがしている。

今、此処で俺はハルが好きなんだと言ってしまえば、あるいは可能性はあるかもしれない。

それなのに、口を開いた瞬間に横から雲雀さんに抱きしめられているハル。至近距離のこの攻撃はあまりにも痛かった。

明らかに俺に嫉妬しているのであろう雲雀さんに俺はただただ作り笑顔を見せるだけだった。

俺は自分で情けないと思った。あまりにもひどい。だって自分からハルを遠ざけておいて、誰かのものになるとそれが惜しいなんて感じるなんて馬鹿丸出しだ。最低な男だ。

だからせめて、ハルの幸せな姿を見てきっぱりと諦めようと、俺はその姿を眼に焼き付けた。

幸せそうに雲雀さんにほほ笑みかけるハル。左手の薬指にまるで鎖のように輝くその指輪は、俺に警告をしているように見えた。

 

 

「お前ってある意味駄々っ子だよな。」

「・・・え?」

「ボスになりたくねぇー、って、言ってた癖しやがって。俺がボンゴレをぶっ潰してやるとか言いながらこうやってボンゴレの頂点の椅子に座ってるわけだ。エゴイス。豪胆な男だ。」

「・・・いきなりなんだよ、それ」

「とりあえず期限に間に合う様に仕事をしろっつー事だ。駄目ツナ。」

黒いファイルでツナの頭を叩いてリボーンは部屋から出て行った。

頭を摩りながら出て行ったリボーンを見送って、握っていたペンが白紙の書類に何も記していない事を思い出した。

リボーンの言葉の意味を理解してとりかかろうとしたのだが、それでも心は一年前のあの幸せの空気の匂いを思い出して、肺に溜めていたその幸せを吐きだしてしまう。

まだとらわれ続けている。

俺はハルに、ハルの指に輝く指輪の宝石が、まるで雲雀さんの眼球のように見えてならない。

俺の気持ちを知られていて、俺を常に監視しているような気さえしてくる。狂ってきたのか、恋を終わらせられない俺の狂った考えが。

「・・・勝手、なんだよなぁ・・・」

この気持ちが決していいものではないと知っているし、仕事にも影響しているのも分かってる。リボーンにしては優しいくらいの注意。あれはもしかして俺の気持ちを知っているのだろうか。だとしたら恥ずかしいし申し訳ない。

けど、一年も引きずったままの気持ちを今電気のスイッチを押すみたいに簡単にオフにできたら、それはもういい事だよ。

でもそれが出来ないから俺の手は止まっているのであって、思考もこんな事ばかり考えているのであって、

「・・・」

ああ、駄目だもう駄目だ。ペンを落としてしまったし、気が重くなってこの高い建物の窓から飛び降りたくなってしまった。

自己嫌悪という壁が俺を押しつぶそうと猛スピードで迫ってくる。

好きだよ。ハル。

好きなんだよ、もう認めるよ、全面的に認めるよ好きだよ。

たとえ雲雀さんのものになったとしても好きなんだよ、割り切れないんだ。

雲雀さんのモノになったハルは嫌だ、俺をずっと見ていたあの瞳が違う人を見るなんて、

「嫌いだ、ハルなんて。」

まるで泣きだしそうなくらいに掠れた声で、やっとハルの想いを否定する言葉を出せた。

心の中ではまったくもってハルへの想いを繋ぎとめたままなのだけれど。

まるでヨーヨーのようだ。俺が跳ねのけてもゴムの反動で戻ってくる。落ちるようで落ちていない。

はぁ、とため息を吐いていたらノックの音が聞こえた。どうぞ、と言うと、入ってきたのはリボーンとしょんぼりとしたハルだった。

思わず驚いて椅子から立ち上がり、椅子を倒してそのまま俺も後ろへ倒れてしまった。

「な・・・な・・・!?」

「そんなに驚く事ねーだろ。」

「いや・・・おま・・・」

「ハルがお前の所に連れてけって言ってきてな。」

「いや・・・・」

「ご迷惑でしたか・・・?」

「いや・・・・」

「仕事終わったのか?」

「いや・・・・」

「え、じゃあやっぱりハル帰ります・・・!」

「いやいや!」

リボーンが呆れたような眼で見ていたけど気にしない。応接用のソファーに座らせて、ハルの前に座る。

「じゃあ俺は戻るぞ」

「え、リボーン行っちゃうの!?」

「当たり前だ、俺はお前と違って仕事を真面目にする男だからな。」

「いや・・・あの・・・」

俺が情けなくリボーンに声をかけると、リボーンは俺の首に腕を回して顔寄せる。ハルには見えないように。そして聞こえないように小さな声で

「ぐだぐだ悩むくらいなら、奪っちまえ。」

脅すかのような、諭すような言葉だった。

リボーンはそのまま部屋を出て行き、そんな言葉を残された俺はソファーに座ったままのハルにおそるおそる近づいて、前のソファーに座った。

「・・・・どう、したんだよ。今日。」

「ああ・・・本当、すみません・・・こんな私情で来ていい場所じゃないって・・・会っていい人じゃないって分かってるんですけど・・・」

その言葉が意味するのはもちろん、マフィアのボスと一般人の距離なのだけれど、俺からしたら個人として、沢田綱吉と三浦、雲雀ハルの距離を示しているようで切なかった。

中学生の頃はマフィアのボス候補だったとしても、距離はとても近かったというのに、まあそれはハルが俺を好きだったからという理由もあるのだけれど。

俺はあの結婚式から、いや、雲雀さんと付き合い始めた頃から、中学生の頃のあの時間を思い返しては後悔する。

「失笑すらされないかもしれませんけど・・・あの、実は・・・喧嘩、しちゃいまして・・・」

「・・・・うん・・・」

何だろう、これは遠まわしにチャンスだとか言われてるのかな。

「・・・や、やっぱりハル帰ります・・・!」

「あ、いやいや、呆れてるんじゃなくて!」

俺の曖昧な返事に不安を覚えたのだろうハルは、びっくりするくらいに早く立ちあがって出て行こうとした。

腕を掴んで引き止めてなだめつつ、ソファーにまた座らせた。

「で、どうして喧嘩しちゃったの?」

「あー・・・はい、それが、ですね・・・」

ハルが話し始めようとした瞬間に、またドアがノックされた。俺が返事を出す前にドアは開かれ、そこに居たのは眉根を寄せて不機嫌な雲雀さんが居た。

え、と俺が言う前に、ハルが驚いたように立ち上がり雲雀さんから距離を取ろうと窓辺に下がっていた。

「な、なんで此処に・・・!こっそり来たというのに・・・誰にも見られてないはずです!」

「それは君が勝手にそう思ってるだけでしょ?」

「う・・・」

「人に迷惑かけちゃ駄目だよ。」

あの雲雀さんが道徳を諭している現場を見た。

ダダをこねる子供を説得するようなやさしい声。柔らかすぎる雰囲気に、俺は自分の仕事部屋だというのに場違いなんじゃないかと感じてしまった。

ハルがその通りだと眉を下げて雲雀さんをずっと見ている。

喧嘩した、とか言ってたけどこれは何なんだろう。

「・・・だって、恭弥さんが悪いでしょう?」

「悪くないよ。」

はっきりと、それが世界の法則であるかのようにあっさりとそう言いきった。

俺は一体何が原因で喧嘩をしたのかは知らない。もしかしたら目玉焼きにソースか醤油かが原因かもしれないし、雲雀さんが浮気したのかもしれない。

そうだったら離婚して、俺にチャンスが回ってくる。なんて思ってしまう俺は汚いのだろうか、とりあえず惨劇にならないように俺はアンテナを張り巡らせておかなければならない。

「僕は悪くないよ。」

「い・・・いいえ、悪いです。絶対に。」

「悪くないってば。」

「悪いです!だって・・・だって、ハルが隠しておいたケーキ、食べたじゃないですか!」

渾身の想いを詰め込んだ言葉の弾丸を雲雀さんにはなったのだろうけど、その弾丸は何故か俺の鼓膜を破るほどの威力を持って衝突した。

俺が今此処で説明を要求すれば、きっと話はこじれる。

そして雲雀さんの機嫌が良くない方向へ転がりそうだし。

「大体そこから間違ってるんだよ。僕が食べるわけないでしょ。」

「だったらなんですか!ネズミさんが食べたとでもいうんですか!」

「そんなメルヘンチックに言わないでくれる?しかもあの家には鼠はいないよ。」

ハルがやかんが沸騰したみたいに真っ赤になって、頭に血が上っているよう。激情に任せて思いついた言葉をマシンガンのように口から放出している。

雲雀さんがソファーよりも窓際に近づいたので、雲雀さんの視界に俺は入っていないのでふぅ、と息を吐いてソファーに座る。

ハルの烈火の如く怒りに燃えあがっている顔を傍観者気どりで見つめる。

喜怒哀楽をああも激しく表現できるなんて、羨ましいようなそうでもないような。

俺がハルのように感情を表せる技術を手に入れた所で、俺は満足感はまったく得られない。むしろ感情を顔に出すなとリボーンに銃口を向けられてしまう結果になるだろう。

あの技術を持っている、三浦ハルという人間が俺は欲しいんだ。羨ましいんだ。

「寝ぼけて食べたんじゃない?」

「そんな事ありません!」

「まあね、君が動いたら僕が気付くだろうし。今のは無いね。」

「そうです!いっつも抱きしめられて動けないハルがそんな事出来るはずが無いです!しかも寝ぼけるなんて事絶対に無いですし!」

ずきずきと俺の心を刃で刺し続ける。

言葉の暴力、それが無意識故に皮肉をよく感じる。

一人だけ感じている痛み、眼に見えない形の無い傷を俺一人だけで感じている孤独感。

ぶっちゃけていうと痴話喧嘩は余所でしてほしいなぁ。

「うん。そうだよね。ネズミも居ないし猫も居ないし犬も居ないし小人もいないし君は寝ぼけて食べたわけでもないし僕が食べるなんてありえないし。ねえ、だから最初からケーキは無かったんじゃないの?」

「そんな事ないです!」

「でもよく考えてみてよ、それって何処にしまったの?」

「もちろん冷蔵庫にです!」

「無かったんだろう?だったらもう無いものは無い。ケーキは誰かが食べて無くなったんじゃなくて、ケーキそのものの存在が無かったんだよ。」

雲雀さんはまくしたてる。あまりにも理不尽な自分の考えを。淡々としたその意見に、俺はええええ!?と心の中で叫ぶ。

意味が分からない。事実がたとえどうであれ、ハルはケーキを冷蔵庫に入れたって言っているのに、それを根本的な所から、ハルがケーキを買って冷蔵庫に入れた事からすべてを否定している。

どうするんだろう。怒るよね。きっと。

俺はおそるおそる雲雀さんの背中の向こうにあるハルの顔を見る。俯いていて表情は残念ながら分からなかったけど、握られた拳が震えているのが見えた。

もう駄目だと思って俺は立ちあがって、二人の間に立つ。

「あ、あの。ちょっと二人とも落ち着いてくださ・・・」

「なんで君此処にいるの」

「いや、此処俺の仕事場なんで・・・」

雲雀さんがトンファーを取り出した。左手に握ったトンファーを持ち上げた時に、ハルの左手の薬指に光っているものと同じものだった。

当たり前だけどなんか、ショックだ。

あの結婚式の時に見たはずなのに、こうしてあの教会から遠く離れたこの日常で当たり前のようにそこに存在しているのを見ると、カルチャーショックを受けてしまった。

「・・・そう、ですね・・・」

ハルが絶えるような声を響かせた。

「そう・・・そうですよ・・・ええ、そうですね、そう・・・ケーキなんて最初から、無かったんですよ・・・そう、そうしましょう・・・いえ、そうだったんです!」

「うん。」

ハルが自己暗示をかけるようにそうぶつぶつと言いながら雲雀さんに叫ぶ。雲雀さんはその声を当たり前だと受け止めている。なんて人なんだろう。

「帰りにケーキを買おう?それでもう終わりにしよう。」

「はい、そうしましょう。いいえ、それが当たり前なんです。」

ハルがにっこりと笑いかけて雲雀さんの手を握った。幸せそうな笑顔で見つめて、そのままドアまで引っ張っていく。

「それではツナさん、お騒がせして申し訳ありません!ハル、帰ります!」

「ハル、もう二度と此処に来ちゃ駄目だよ。」

「そうですね・・・迷惑ですもんね。」

「そうだよ。」

雲雀さんの迷惑っていうのは自分に、という意味なんだと思う。俺なんかに遠慮するような人じゃないし。

そしてそのまま、まるで嵐が去ったかのように静けさを取り戻したボスの部屋。またソファーに腰をおろして、雲雀夫妻の喧嘩の仲裁もせずに場所だけ提供したような形になってしまった。

俺はそう思いながら、古傷をえぐられた映像と言葉の数々を思い出して自傷行為をする。

左手にあるあの指輪。お互いがお互いを繋ぎとめておくための首輪。

「・・・そりゃ夫婦だしねー・・・」

受け流せるくらいの事だ。一緒に寝てようが一緒にお風呂に入ろうが、どんな、ショックも、・・・受けない、し・・・。

「・・・・・・・・。」

もし、

もし獄寺君に、ハルが欲しいって言ったら反対するかな、それとも持ってきてくれるかな。

大体、こんな、好きな子をモノのように言っている時点で、俺は雲雀さんには勝てないんだろうけど。

あの雲雀さんの勝利の愉悦に浸ったあの表情、きっとハルを手に入れても、俺はする事が出来ない。

 

 

 

シリアスで進めようかギャグで進めようか。

ギャグで終わらせようかシリアスで終わらせようか。

迷った結果ちゃんぽんしちゃいました。混ぜるなKIKEN!

ローマ字にしても駄作は駄作である・・・orz

 

リクエストありがとうございましたー!

 

 

 

title 泣殻