何度夜を迎えても、あの時言った言葉が脳から離れない。
誰かに言われた言葉に縛られた事もあったけれど、ここまでの自己嫌悪は初めてだ。
あまりにも意気地なしで、あまりにも情けない。
本音を簡単に言える、自己主張ができる外人が羨ましい。
同じ色素の薄い髪の毛なのに、どうしてこんなにも精神は脆いのか。
「今日も仕事があるんですか?」
「うん。ごめんね?」
「いえ、いいんですけど・・・なんか最近いきなり仕事が増えた気がして・・・」
「まあ、もうすぐ年明けだから。」
お互いに苦しさを共有しているようなふりをして、言葉には嘘を思い切り塗りこんだ。
口元に笑みを浮かべ、眉は困ったように下げた。罪悪感がちくちくと俺を痛めつけるけど、笑みは止めないので俺は良心よりも欲望が勝ったんだ。
マフィアのボスなんだから、これくらいの豪胆さが無ければいけない。
ちらちらと降り続く白い雪を窓越しに見て、師走の空はイタリアも日本も変わらなかった。
「ではボス、さくさくとお仕事進めちゃいましょうか?」
「ああ、そうだな。」
小芝居じみた会話を繰り返しながらも書類を着々と片づけた。ぺらぺらと書類の音がし、ハルは寒さにで膝と手を擦り合わせている。
タイトスカートから覗く白い膝は雪のように白くつめたそうだった。
「ディーノさんとデートの約束とか、してたりする?」
「あ、いえ。まだです。仕事の状況を見てから決めようとしていたので・・・」
「そっか・・・ごめんな。」
「二度も謝らなくていいんですよ。」
笑って俺を安心させるハルの優しさにちくり、と良心が刺さる。けれど撤回しよう、休みを、時間をあげようなんて考えはこれっぽっちもない。
表面上はいい人を装っても、ボンゴレのボスであろうとも、俺は心の狭い男以外の何者でも無くて。裏社会を統治はなんとか出来ているのに、一人の女を思う様に手に入れられない、不器用な男。
どうすればいいんだろう。
「ツナさんも、京子ちゃんと何処か行ってみたらどうですか?」
「・・・・・うん・・・」
略奪愛って言葉は短絡的でも、何処か甘美な匂いはしないだろうか。
ハルはその香りに気がついて、蜜を吸いにはこないだろうか。
「馬鹿だな。」
「馬鹿ね。」
ダブルパンチを食らった俺はとりあえず、反論も言い訳も言わずにお茶を飲みこんだ。眼の前にいる昔から大人の雰囲気を漂わせていた二人に、思いの丈を思い切り打ち明けたら簡単に一蹴された。
「だから言ったじゃないの。ハルの魅力を分かって無いって昔から。」
「お前は女を見る目が無いからな。仕方ねえ、持って生まれた体質だ、せめてやるな。」
「そうね・・・仕方ないわね。馬鹿だもの。」
「何気に悪口を入れるのやめろよな!」
俺の言葉を聞いていないように、知らん振りをして珈琲を啜る。なんて酷い奴等なんだ。
「煩いわ。場所をわきまえて頂戴。」
「ぐっ・・・」
「人の眼くらい気にしろ。お前もいい歳なんだから。」
諭すような言葉で立ち上がった俺の頭を押さえつけて椅子に座らせる。確かに周りの瞳はこちらにちらちらと向いている。
もしかして、ビアンキを男二人が取りあっている図に見えたのだろうか。それはそれでおぞましい。
「ツナ、今とても失礼な事を考えてなかった?」
「いや、別に。」
「そう・・・?」
いや、本当恐ろしい。
「それにしてもディーノに取られたからって、お前は子供か。」
「離れてみないと分からない事が分かるのよ。ふ、大人になったわね。ツナ」
大人だ子供だと色々と言われ、俺は今どちらの領域にいるのだろう。もしかして片方ずつ国境をまたいでいる状況なのだろうか。どっちつかずで責任も取れない。
その曖昧さだからこそ、今この現状を作りだしている訳で。一人じゃどうにも出来ないから、絡まった糸を解してくれる人間を探していたのだろうか。
「・・・えっと、・・・お、俺、どうすればいいと思う?」
「ヤっちまえ。」
「キスでもしたら?」
「過激すぎるだろ!」
さらっと飛んでも無い事を言うのは昔から知っていたのにどうして俺はこの二人を選んでしまったんだ!
「とりあえずボスの命令で身体寄こせ、とかな。まあ身体を繋げりゃ心も繋がるだろ。」
「いやそんな電話じゃないんだから。」
「女はキスよ。キスさえして甘い言葉でも言われればイチコロよ。」
「そうだな、ハルの部屋の合鍵作ってやろうか。夜遅くに襲いに行け。もちろん鍵をかけ忘れるなよ。」
「俺はテロリストか!!」
「ツナ、恋をしてしまえば、皆アプローチと言う名でテロをするものよ。」
「珈琲が飲めるからって大人じゃねえ。セックスしたからって大人になったわけじゃねえ。そう、それは女に本気になった時。それが大人になった瞬間だ。」
「なんかすごい苛々する。」
「そんなんだからハルは跳ね馬を選んだのよ馬鹿ツナ。」
「とりあえず此処の支払いはお前がするんだぞ駄目ツナ。」
「まさかこれで終了!?」
薄い伝票の紙を握らされ、リボーンの腕に絡みついてうっとりとしているビアンキがデートのプランを言っている。背を向けて歩いて、店を出て行こうとする。あれ、本当に終わるつもりなのか。
「ちょ、ちょっと・・・!」
店内から出て行った二人を追いかけて外に出る。歩みを止めずにビアンキがこちらに振り向いた。口元には薄らと笑みを浮かべて。
「私の言う事を分からなかったツナが悪いのよ。」
そう言って二人は俺の前から消えうせた。薄らとした人ごみの中に消えて行った二人の後ろ姿を茫然と立ち尽くしていると、店員が俺の肩を叩いてきた。
営業スマイルのまま、無言で視線を下に下ろしていた。俺の手に握った伝票を見ていた。
「・・・あははは」
「あははは。お客様、お支払い、よろしいでしょうか?」
「はい・・・。」
本当に無駄な時間とお金だったと、支払いを終えた俺は何の収穫も無くアジトへ戻る為、街の中を歩きだした。
吐き出す溜息は白く濁り、今の俺の気持ちと同じだった。どろどろとマグマのようにあふれ出る黒い感情はどうしたものかと、もうひとつ溜息を吐きだした。イタリアの街に白く散り散りになっていった。
気がつけばツナが全然黒くならない事に気がついてダウン。
最初は黒って思ってたのに・・・・!!!
とりあえずup
title 泣殻