ぱくぱくと、金魚が餌と空気を求めるように開閉を繰り返す口に待ったをかけた。読唇術は心得ているが、声も出ていないのに普段通りのマシンガントークをしようとするのは勘弁願いたい。ずっと口元を見ていなければいけない。

両拳を握って僕に熱弁しているが、いつもならば本を読みながら声だけを聞いて適当に相槌を打ち、流していたのでさすがにこれはきついと素直に判断。

そのまま逃亡しようかと思ったが、不安そうでストレスが溜まっているであろうハルの顔を見ると、どうにも踏み切れなかった。

僕の気持ちをそのまま伝えれば、きっと

「妻を置いて行くなんて酷いです!しかも恭弥さんが原因なのに!もういいです。ハルは眼が覚めました、離婚です!絶交です!べーだ!」くらいは言うだろう。

きっとケーキのホール2つ分くらいの怒りは見せるだろう。

声が出ない上で、どのように2つ分の怒りを見せるのかは少し気になるが、後処理が面倒くさいので好奇心はすぐに消えた。

「・・・うん?・・・・うん。そう」

「・・・っ!・・・!」

「ああ、そういえばそうだね。どうしようか?」

「・・・・・。」

「そんな眼で見るのやめてくれる?」

立ち上がれば、後ろから恨めしそうな眼で僕を見ながらも付いてくる妻。静かに廊下を歩いて台所へと立ちよる。味噌汁の匂いがした。

「ハル。」

声の変わりに唇を突き出す。

「これだけ?」

こくん、と、神妙な顔をして頷いた。怒りの発散先は僕の胃袋のようだった。

妻の口の動きを見ていれば、ご飯もつけてあげてるだけ、ありがたいと思ってほしいという事だった。どうしよう。

炊飯器を開けると白く光る白米がほかほかと湯気を立てていた。ふっくらとした仕上がりには嬉しいんだけど。褒めたいんだけど。

敵から奪い取った匣兵器を、家で開けたのが悪かった。暇をしていたのもあったけれど、暫く任務も無ければ書類が家にまで入り込んでくるほどに切羽詰まった期限付きのものがあったから。

試しにどんなものなのかな。と、少し面白がったのを覚えている。余計な事ばかり覚えている。

雲属性の炎で開いた匣は、毒霧のような煙を吐き出し、家の中にまるでゴキブリを退治する白い煙を彷彿とする静かな侵略を完成させた。

煙が出た瞬間に息は止めていた僕は助かったが、残念ながら僕に隠れてケーキを堪能していた妻はばたり、と倒れてしまった。

病院に運ばれて調べて見れば、何かの任務の突入の第一段階で使うのが一番最適な匣という位置づけに収まった。その次に分かったハルの容体はとりあえず、喉に刺激を与えない事。

風邪気味だったのも災いしたのか、喉が一番のダメージを受けていたらしい。

「・・・・・」

「そう。」

とりあえず逆らわない方がいい。反省していると言う意思表示を見せれば、彼女もぷりぷり怒る事もやめるだろう。

むしろ罪悪感が疼くかもしれない。

味噌汁とご飯一杯。それだけを眼の前にして両手を合わせて食べる。

前に座ったハルは僕をじっ、と観察するように見つめる。本当に僕が反省しているのか確認しているようだった。

だけどはっきりと反省の色を見せびらかすのもどうかと思うので、ハルを少し睨む。

パクパク。

「別に。」

パクパクッ

「理由なんて無いけど。」

パクパク。

「だったらこっち見ないでくれる?食べにくいから。」

そう言えば静かに立ちあがって出て行った。ふい、と顔を逸らす様子を見ていれば、怒っていない事が分かった。彼女のそういう癖がある事は分かっていた。

静かに出汁のとれた味噌汁を啜りながら無心でハルの事を考えた。矛盾した言葉だけれど、無心で、何も考えずにハルの事を考えた。

ハルの喉の事を考えた。

食べ終えたら考えるのをやめた。きっと時間がなんとかするだろうし、彼女の体調に何らかの影響は今はまだない。

変態医者の言う様に、時間が経てばなんとかなるだろう。

流しに食器を置くと、食器が置かれていた。味噌汁椀と茶碗の二つだった。彼女も同じものを食べていたのだろう。

どんな顔して食べていたのだろうと想像する。仏頂面で食べていたのか、それとも嬉しそうに食べていたのか、それとも赤くなったり青くなったりしながら食べていたのか。想像しただけでどれでも受け入れが聞くあたり、あの子はそれなりに偉大な人間だと思った。皮肉だけど。

けど、口パクで僕と意思疎通が出来るとはいえ、あんまりだ。

いつもよりも静かでいいんだけど、なんて言うか、こう・・・

鼓膜が働かない。彼女のけたましい声を聞いていないと、鼓膜が劣化して消滅してしまいそうになる。

 

「君が声が出た時には録音しておこうかな。」

「?」

洗濯物を取り込んでいる後ろ姿に独り言をつぶやいたら振り返って、不思議そうな顔をしていた。

「声が出ないだけで・・・なんだか君の全てが欠落したように見えるから。」

「・・・・!」

「魅力?何。胸?そんなに無、」

洗濯籠が飛んできた。

 

 

 

とりあえずやっつけ感が酷いですね。

 

遅れましたが、リクエストありがとうございました!

 

 

 

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