「あの人です。」
「へえ、」
ハルが雲雀をちらりと横目で見やるも、大した反応は示していなかった。悲しいと言えば悲しいが、別にショックでは無い。この人はこういう人なんだと分かり切っている。
群れるのが嫌いだからという理由でこっそりと、まるで盗み見をする格好になってしまったが気にならない。
カフェに座り、ストローを弄りながら雲雀がじぃっと見ている様子を見た。照れはハルの中には無かった。
淡い初恋は泡沫となって弾けて消えた。
「どうですか・・・?」
「君の身体目的なんじゃないの。」
なんの奇の衒いも無く言いきる雲雀の台詞に、ハルはがっくりと肩を落とした。
男から視線を逸らさない雲雀の瞳から感情を盗み見ようとするものの、何も感じるものが無い。
「身も蓋も無いですね。というか、前回も同じ台詞を聞いたような気がするのですが・・・」
「覚えてないな。でも同じ事を言ったんだとしたらそういう男ばっかりに引っかかっている君に落ち度があるんじゃない?」
「・・・・」
一言も言葉を交わしても居ないのに、あそこに立って男友達と談笑している人間がどうして三浦ハルと付き合っているのかという理由すら見好かせるのか。
雲雀は男が人ごみに消えると興味を無くしたようにすっ、と視線を外した。
艶めかしく睫毛の影を落とす顔は美しかったが、ハルは見えなくなった男の方へ視線を向けた。
「どんな人なら雲雀さんはいいと言うのでしょうか。」
「僕は君の父親じゃないんだけど。」
「いえ、もうなんか此処まで言われ続けていると・・・なんか・・・」
「それって僕に見せつける為に付き合ってるの?軽いね。」
「そうじゃないんです。好きです。」
「へぇ、何処が?」
「・・・それは・・・」
聞かれると言葉は出てこず、頬が赤くなっていく。好きな所を言えと言われても全て、と答えるしかない。傷心気味の女の心に入り込むにはそれは簡単だっただろうけど、それが嘘であろうがなかろうが、三浦ハルは大いに救われた。
言葉を無くして視線を逸らすハルを見て、また興味なさそうに声を出す。
経ちあがって机の上に自分の珈琲代を置いて黙って帰って行った。ストローを咥えてハルは最後まで一気に飲み込んだ。
雲雀恭弥に認めてもらえるのなら、きっとハルは幸せになれる。
そんな根拠のない信心を持っていると言えば、また興味のない視線を向けて諦めたように溜息を吐くのだろうと勝手に想像した。
残ったものはいつも疑問の残滓だった。いつしか疑問すら持つ事を諦めるようになった。意識的に、自分を守るためにそれらを感じる事を禁じたように思えた。
クッションを抱えてテレビを見る。ワイドショーからチャンネルを帰るとニュース、バラエティー、笑い声が聞こえてテレビを消した。
寝転がって天井を見上げる。眼を閉じて残響が形を補ってきたかのように音が大きくなってこちらにこだまする。
「ごめん。なんていうか、君とは付き合えない。」
「どうしてですか?」
「ごめん。・・・他に好きな人が出来たんだ。」
「・・・そうですか・・・」
「うん。ごめん。でも、本当に君が好きだったことは覚えておいてほしい。」
陳腐な言葉だった。だがそれがあの男の声で言われたら心がずきずきと痛む。
誠意が足りなかったのだ。
ただそれだけだった。恋を知った三浦ハルは失恋の痛みを知った。それは必然であったし、必要だった。悪いとは思わなかった。
クッションを潰すくらいに腕の中で抱きしめ続ける。風呂からあがって半乾きの髪の毛を気にしつつも瞼を下ろした。真っ暗な宵の闇。人工的な電気の光が瞼を通して伝わってくる。
最初の恋よりもショックは薄いけれど、でも、本当に好きだったんですよ。
それすらも分かってもらえないようにあっさりと終わってしまった。心の中に浮かぶのは、身体が目当てだと言った雲雀だった。
クッションから顔を離さず、手さぐりで携帯を探る。ベッドの上に転がっていたそれを開いて見ずに雲雀恭弥へ電話をかけた。耳に押し当てる。
「・・・・何。」
「もしもし。」
不機嫌そうな電話越しの声に、ハルはクッション越しのくぐもった声で応答した。
「雲雀さん、ハルはどうしてこんなのなのでしょうか・・・」
「知らないよ。」
「ハルって、ハルって・・・」
「煩い。」
「何処がいけないんですか。性格ですか。顔ですか。生活習慣ですか。髪型ですか。」
「そうかもね。」
「どれです?」
「全部。」
「ハルは存在をリセットした方がいいのでしょうか・・・うぅ・・・」
「泣かないでよ、面倒くさいから。」
燃やしたら灰になって風に乗って消えていくように、この想いも忘却したい。どうしてこんなに三浦ハルの恋は前途多難で簡単に砕け散るのだろうか。
この想いを言葉で表すにはハルは喉が動かなかった。言葉も見つからなかったし、それを雲雀に言うのはどうかと思った。
攻めていると思われたくない。
「・・・雲雀さんがいいって言う人、いませんかね。」
ぐすっ、と鼻をすすりながら尋ねた。
「はあ?」
「雲雀さんが駄目っていうと、こんな感じなんです・・・もう駄目です。アウトなんです・・・だから、雲雀さんの近くに雲雀さんが認めるような、コイツ・・・出来る!みたいな人はいないんですか!?」
「いるよ。」
「誰ですか!?」
雲雀があっさりと言った事よりも、認める人物がいたという事に驚いた。
「赤ん坊。」
「・・・ああ・・・リボーンちゃん・・・・でも、そうですね・・・確かにリボーンちゃんなら・・・」
「愛人いるけどね。」
「はうっ」
そういえばビアンキの存在を忘れていた。ハルに愛とは何ぞと諭した大人の女の美しい横顔を思い出して、自己嫌悪と絶望に枕に顔を埋めた。
「・・・そこまで男が欲しいの?」
「そういうわけじゃないんです・・・」
最近のただの色気づいた学生じゃない。三浦ハルが恋人が欲しい根本的理由はそこでは無い。
ただキスをしたい訳でもラブホテルで一夜を過ごしたい訳じゃない。欲求不満なわけじゃない。
「恋したいんです。」
「アホらしい理由だね。」
「誰かを好きになりたいんです。」
「連続で3人に振られてるのに?」
「誰かに一瞬でもいいから、ハルの事好きになってほしいんです。」
愛が足りない。
ハーレクイーンに出てきそうな言葉だったけれど、今の三浦ハルにはそれが一番ぴったり合う。足りない。欠けている、補いたい。
手を繋ぐだけでいい、視線が絡み合うだけで頬を染めたり、傍に居るだけで心から落ち付けるようなプラトニックな関係がいい。でも別に身体で繋がる愛でもいい。ああ、それならやっぱり欲求不満なのかもしれません。と雲雀に全て吐露した。言い終わった後ですぐに後悔し、羞恥に頬を真っ赤に染めた。
愛だの恋だのに一番疎く、嫌っている雲雀になんて事を・・・今まででも十分に嫌がられているはずだし、何より電話をしたのも間違いだった。
ハルが脳内に駆け巡る後悔と懺悔に蒼白になっている時、電話越しに控え目に低い声で言葉が聞こえた。
「・・・それじゃあ僕は・・・?」
「・・・・え?」
「今から噛み殺しに行くから。」
「え?・・・ほぇ!?」
衰弱したような声音から一転し、いつものような殺気に満ちた怒気の孕んだ声音で電話は切れた。通話が切れた携帯をじぃっ、と見つめながらハルは最後の言葉が脳内で残響している声を反芻した。
今から噛み殺しに行くから。
殺人予告。
三浦家のハルの部屋で夜に雄たけびが聞こえ、近所迷惑な声が近隣に響いた。
別れを切りだされた男の声などもう無く、三浦家にやってきた雲雀に欲求不満なんでしょ。と不機嫌気味に言われ抱かれるまでハルは挙動不審のまま部屋の中をうろうろし続けた。
なんだこれは。
もう一度言う。ナンダコレハ。
あれ、リクエストとちょっとちがくね・・・?あれ、もっと雲雀さんが好き好きオーラだすのしたかったんですけど・・・
最初のバージョンがよかったからしら・・・いやぁ・・・でもねえ・・・(ウゼ
リクエストありがとうございましたー!拙いですがすみません許して下さい!!
title 泣殻