粟立つ背中は、寒さのせいでも、闇夜の薄暗さからでもない。
指先が痺れているのは、寒さで悴んでいるからではない。
指先と指先が触れ合って、あとは指を絡めるだけの触れ合い。
「今日は、暖かいですね。」
ふわり、と夜風で舞い上がる闇の色をした髪の毛が首筋を擽る。
安心して背中を預けてくれているハルの温度に、心臓が締め付けられる。
ずっと星が散らばる空を見上げて、柔らかい気配を放っている。
握られた手は冷たく暖かい。手と手が触れ合っている所は暖かいが、手の甲は冷たいまま。
並盛中の屋上は夜空にとても近かった。
それだけで三浦ハルは此処にしましょうと、勝手に決めてしまった。
だから僕も付き合って此処に一緒にいるけれど、暖かいけれど、それなりに寒い。
合わさった背中にはゆったりと体重をかけられて滞りなく幸せが注入されている。
「最近は雨ばっかりでしたから。星がなかなかでなかったので・・・」
コンクリートには湿り気はもう無く、春の陽気で居眠りをしてしまうほど暖かかった今日で水分は全て飛んでいた。
校内には電気はついておらず、まるで廃墟のような人気の無さ。
だけど、明日になれば喧騒を閉じ込めて、その大きな包容力を見せ付ける。
その喧騒の外のこの場所で、静かに青空でも見上げて眠りたい。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
三浦ハルの得意のマシンガントークも今は心の深淵に沈んでいるらしい。
この静けさに不釣合いだと思ったのだろう。
情緒を重んじる気持ちはとても共感できる。
言葉が無くとも温度があれば大丈夫。
なんて、思っていたりするのだろうか。
握った手を握り返す力を僕はまだ知らない。このまま素直に握り返してしまえば、もうそれで認めた事になってしまう。
だけど握り返さなければ、僕はきっといつか夢に見るんだろう。
甘美な夢と悪夢として。
瞼の裏のまどろみを、僕は噛み締めて、瞼を上げた瞬間に後悔へと変わる。
些細な事だろうけれど、折角の温度の共有なのだから、強欲にがつがつと求めればいいのかもしれない。
だけど、プライドがそれを邪魔する。
プライドが許す限りの事は、三浦ハルを自分のテリトリーである応接室に入れて、雑用という名で縛りつける事。
もし失敗をしたらそれこそ体罰でもなんでもする。
トンファーをちらつかせれば簡単に涙を見せる。
それがとても楽しいだなんて、言ってしまったら僕はどうなるんだろう。
発狂するのかもしれない。
プライドを全てとする僕は、きっと行き場の無い感情が沸きあがるんだろう。
冷静に自己分析をしていると、気が付いた時には僕は手を握り返していた。
意識した瞬間にまた余計な力が入って、三浦ハルの手を握っていた。
背中に意識を集中させて、三浦ハルの僅かな動きに敏感になる。
振動が、微弱な振動が伝わってきた。笑っている。三浦ハルが小さく笑った。
そして、簡単に、いとも簡単に手を握り返してきた。
まるで蝋燭の火を吹き消すように、それほどまでに簡単に。
僕は指先で火をおこして蝋燭に火をつけようとするほどに難しくて大変な事をしていたというのに。
僻みでも羞恥でも無く。
ただ、
「今日は、本当にあったかいですね。」
「・・・・・」
「コンクリートは冷たいですけど・・・空に星が見えます。」
何て支離滅裂。
「・・・暖かいです。」
僕の指先を撫でるように握った手を動かしてきた。
そして背中に更に擦り寄るように身を捩じらせてきた。
三浦ハルのこの小さな手、そして柔らかな手で心臓を掴まれた。
雪のように冷たいものが頭に降り注げばいいと今感じた。
「っ」
そうすればこの熱さでやられた頭も思考回路も、神経も細胞も、全部死滅するか目が覚めるか出来ただろうに。
けれど、今日は残念ながら雨も降っていない。
今日は、暖かい日だった。
「あ、や・・・」
三浦ハルの口内は暖かかった。熱かった。
死ぬくらいの火傷を負った。
甘々の境界線がちょっとよく分からなかったです・・・
うーん。とりあえずキスとか久しぶりだなぁ。(ぇ
title 泣殻