「う゛・・・ぐっ・・・」
お腹の痛みに思わず手に持っていた皿を落として割ってしまった。
粉々になった皿の残骸を拾わなくちゃと思うのだが、どうしても重たいお腹の痛みの方に意識が向いてしまう。
キッチンでしゃがみこみ、これは陣痛だと気がついた。
電話をして、救急車?
早く、病院に行かなくちゃ。
傍にあった携帯電話で、痛みで画面も見る余裕も無く、適当にボタンを押していくと電話のコール音が聞こえた。
音量を最大限にして、携帯を手放しお腹を包むように両腕で抱きしめる。
それでも痛みは治まることなく、身体がだんだんと冷えていく気がする。
携帯電話から相手が出た声が聞こえた。
不機嫌丸出しのその声に、なんてクジ運が悪いんでしょうかとハルは思った。
「た・・・たすけっ・・・!」
それでも救いを求めなければいけない。
そのまま相手は直ぐに切ってしまった。多分助けてくれるだろう。
夫の同僚で、中学時代からの友人のあの人ならばきっと。
「んで救急車呼ばねえんだ!」
「だ・・・だって、陣痛って直ぐに終わると思ったもので・・・」
「まーまー、獄寺そう騒ぐなって、ハルの身体によくねーだろ?」
「大体なんでテメーまでついてきてんだよ!」
「いや、獄寺が顔面蒼白にして出て行こうとするから吃驚してさ・・・」
荒々しくハンドルを握る指には指輪がびっしりとはめ込まれていた。
信号待ちでハンドルを指で叩く姿は、絶対に生まれてくる赤ん坊はこんな人にさせたくないと思える光景だった。
獄寺が家にやってきて、キッチンで蹲っているハルに駆け寄ってきてくれた。
後ろから山本が慌てて駆け寄ってきて肩を貸してくれたのだが、外にある車はなぜかリムジンだった。
痛みに耐えながら疑問が小さく浮上して直ぐに底に沈殿する。
疑問よりも痛みの方が勝ってしまったからだ。
今は先ほどよりかは痛くは無いが、それでもまだ気を抜く事は出来ない。もしかして今は痛みはないのかもしれないが、先ほどの痛みの余韻が感覚を鈍らせているのかもしれない。
身体が冷えていくのを感じ、手を握ったり開いたりする。
「大丈夫かハル?」
「はい・・・今は大丈夫です・・・」
「チッ・・・予定日よりも一週間早ぇってどういう事だ!」
「ハルにも、わかりませんよ、そんなの・・・」
「おい獄寺、今ハルに当たるのはやめとけって。」
真剣な声色でそういわれ、また舌打ちをした獄寺。信号が青に変わりアクセルを踏みつけ発進する。荒々しい外見と雰囲気とは裏腹に、運転はとても易しかった。
「クソ・・・雲雀の奴、んで一週間前に任務いれてんだよ・・・普通あけるだろーが・・・!」
「・・・あー」
「・・・何だよ。」
山本がその言葉に言葉を濁しながら、窓の外に視線を泳がせる。
「いや、それが・・・俺のミスで・・・」
「はぁ?」
「ぇ・・・?」
横になってか細い声でハルも声を漏らす。
「いやな、実は任務って書類でくるだろ?資料とかいろんなもん。」
「そうだが。」
「その資料を間違って俺と雲雀のが入れ違っててさ。」
「・・・・はあ!?」
「あはははは!」
「あははははじゃねーだろーが!気がついたら10代目に報告するだろ普通は!」
「いや、俺も任務が終わった後報告書出しに行った時に気がついてさー、ツナに言われるまで全然気がつかなかった。」
軽く笑う山本を見上げて、陣痛の余韻よりもその事実に眼を丸くしている。
獄寺が歯軋りをしだした。
「書類には任務を受ける奴の名前が書いてあるだろーが!」
「それって3枚目に書いてあるだろ?1枚目と2枚目に任務の内容とかそういう詳細がかいてあるから、それ以降は俺読んでなくてさー」
「・・・きょーやさんも、きっと・・・読んでないと思いますよ・・・」
余裕が出てきたハルがそういうと、任務のたびに書類に書いてある些細な事も全て暗記している獄寺は喉を震わせながらハンドルを握る手を軋ませた。
「しっんじらんねぇ!」
「いやー、学校から貰ったプリントとか読まないタイプだから。」
「そういう問題じゃねーだろ!・・・で、一体雲雀は何処に行ったんだよ!」
「えーと・・・ツナが言ってた通りなら、今中国かな。」
「・・・おい、野球馬鹿。とりあえず雲雀に連絡いれろ。」
「あ、そっか。」
ポケットから携帯を取り出し、耳にあててコール音の後の声を待つ。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・あれ、でねぇ。」
留守番サービスセンターに接続します。という女の人の声が聞こえてそのまま通話終了ボタンを押す。
国際電話はもちろん出来るし、多分宇宙に行っても電話は繋がるはず。
任務中だから電源を切っているという事もありうるが、雲雀はそんな事はしない。たとえ尾行中でも電源は消さず、マナーモードにもしない。
相手の情報が欲しい任務で尾行中だったとしても、もしこちらが気がつかれれば拷問でも何でもして任務を全うする。
何かのために自分が妥協しなければいけない。
尾行するから、相手に気付かれるのを避けるために電源を切る、マナーモードにする。
たったそれだけでも雲雀のプライドに傷をつけるらしい。
「・・・中国でどんな任務してんだ?」
ハルの前でマフィアの裏社会の事について話したくは無かったが、また信号が赤になった時に獄寺が訪ねる。
ミラーでハルの様子を見る限り、痛みは無いらしい。
「普通にチャイニーズマフィア壊滅だってさ。」
「普通って・・・一つか?」
「いや、二つが手を組んでよからぬ事してるから、両方できればってツナは言ってた。」
もう一度電話をしてみるがやはり繋がらない。
「・・・あの・・・」
「・・・ああ、わーってる。大丈夫だ。雲雀は死にゃしねえよ。ムカツク野朗だが強いからな」
「いえ、それは・・・知ってますけど・・・」
「ったく、できればって言ったってあいつは必ず潰すだろーよ。もしかしたら他の組織にも手ぇ出して長引いてんじゃねーのか?」
「前二人で任務行った時には俺には動くなっつって全部やっちまってさー・・・最後の死体処理は俺に任せて帰ってちまった事もあったなー」
「・・・獄寺さん・・・」
「んだよ。」
「前、青ですけど・・・」
「・・・・・・」
獄寺は静かにアクセルを踏みつけた。
ハルの携帯に繋がらない。
任務の後に電話をした瞬間にそれを理解して後処理も放置してすぐに空港へと向った。
仕事でどこかに行った時には必ず電話は繋がっていた。そして寂しいだの嬉しいだの楽しいだの気分が悪いだの報告していたあの明るい声に繋がらない。
ふらり、と血で濡れた建物の中から出て行き、待たせていた車の中に乗り込んだ。
部下に電話で壊滅したアジト二つの場所を伝えて飛行機に乗り込んだ。
飛行機の中では電源を切るものですよ。とハルの声を思い出したが、電源は消さずに眠かったので荷物の中に放り込み、静かに眠った。
きっと沢田綱吉から今日の任務の後処理についての電話が入るだろうからマナーモードに変えて瞼を下ろした。
二日間寝ていなかった為もあってか、次に瞼を開けたときにはもう日本についていた。
荷物を取り出し、携帯の着信履歴を見るとやはり沢田綱吉の名前があり、そしてその後に5分置きくらいに山本武からの着信も見られ、首をかしげた。
そしてそのまま全てを見たが、ハルからの着信は無かった。
ハルに電話をしてもずっとなりっぱなしで繋がらない。
何かあったのかもしれないと焦りながら通話終了ボタンを押すと、携帯が震えだした。
着信だ、山本武から。
「・・・・もしもし。」
「お!やっと出た!」
「用が無いなら切っていいかな。」
「いや、用はあるんだって!無かったらこんなに電話しねーって!」
「じゃあ早く言ってくれる?どうせ任務の事でしょ」
「え?あー、いやまあそれは俺的にはあるんだけど・・・」
「切るよ。」
「あー!ちょ、待て、」
ボタンを押してそのまま電源を切る。
ポケットに携帯を放り込んでそのまま待っていたリムジンに乗り込み家に行く。
ハルがリムジンなんかで家に帰ってこないでください!と怒っていたので、いつもならばボンゴレが所有している車から自分の車に乗り換え家に蛙のだが、今日は緊急事態だと決めてそのままリムジンで帰ることにする。
近所の目が嫌だとかなんとか言っていたハルの言葉は、はっきりと言えば余所は余所、家は家の信念の雲雀にはどうでもいいことだった。
だが、円滑に新婚生活を過ごそうと思っている雲雀は譲歩するしかない。
ハルは感情が高ぶるととんでもない事をする。
それが自分に包丁を向けたり何かを投げたりなど、矛先がこちらに向えばいいのだが、ハルは暴力を嫌い、絶対にしない。
だからそれをもしかしたらしてしまうかもしれないという危惧から、荷物をまとめて実家に走って帰ってしまう。
「実家に帰らせてもらいます!」
などというハルを頭の中で想像する。
「・・・家から100mほど離れた所でおろして。」
「はい。」
家は山奥の方がよかったのかもしれない。
車が止まり、住宅地の真ん中にリムジンが止まるという異様な光景がそこにあったのだが、誰も目撃者は居なかった。
雲雀が出て歩き出すと後ろからリムジンが違う方向へと走り去った。
出産予定日まであと一週間。
それまでは仕事は絶対にしない。
玄関のドアを開けようとすると鍵がかかっていた。ポケットから久方ぶりに使う鍵を回して開けると、そこには人の気配が無かった。
「・・・ハル?」
車に乗っている間に変な想像をしたからか、嫌な予感が雲雀を急かす。
リビングにも人は居ない。電気も全て消えてある。
買い物かと思える光景だが、キッチンに割られたままの皿の残骸と、床に開きっぱなしのハルの携帯電話がそれを否定した。
「・・・・・」
あの重たい身体で、何処に。
いや、ハルが割れた皿を放置してどこかに行くなんて事はない。
だいたい肌身離さないようにと言っていたのに、携帯を置いてどこかに行くなんておかしい。
思わず足元がふらついたが、呆然としたまま無言でポケットから携帯を取り出す。
床の残骸と真っ黒な液晶画面を凝視したまま。
電源をつけた瞬間にまた電話が鳴り始め、誰からかなど見ずに電話に出た。
「・・・もしもし」
「・・・お前なあ・・・」
電話の向こう側には呆れと怒りを声に表している獄寺の声が響いた。
「・・・ねえ、ハルがいないんだけど・・・」
「信じられねえ、だいたい書類をちゃんと読んでねぇからこうなるんだ。」
「誰かに連れ去られたのかもしれない・・・」
「野球馬鹿もお前も、そんなんじゃいつかヘマするとか思わなかったのか?考えなかったのか?」
「連れ去った奴等見つけてくれる?全員血祭りにするから・・・」
「いいか!よーく聞けよ!」
かみ合わない会話を打破するように、獄寺は叫んだ。
後ろでは赤ん坊の泣き声を響かせながら。
「もう生まれちまったぞ、おとうさん。」
「いや、ごめんな?雲雀。」
山本の顔面にトンファーをめり込ます前にそう言われてから五分後。
疲弊したハルに何も言わずに傍に座っている雲雀は、言葉に出来ない感情に襲われている。
喪失感か、高揚か、それとも虚無感。
一言で表せないその感情は一体なんなんだろう。ハルに聞けばきっと教えてくれるだろうが、今はそんな事を聞いていいわけが無い。
「・・・お疲れ様でした」
「・・・君のほうが疲れたでしょ・・・?」
いつもの挨拶をしてくるハルは笑顔で、たった今さっきまで出産していたとは思えないほど普通だった。
だが、まだ汗が頬を伝い落ちており、雲雀は視線をハルからおろす。
何がいけなかったのだろう。
ちゃんと山本の電話を聞いていればよかったのだろうか。それともちゃんと書類を読んでおけば山本武と雲雀恭弥という字が入れ替わっている事に気がついて居ればよかったのだろうか。
ハルのお腹が大きくなる時間をゆっくりと見てきたというのに、一番肝心な時にこんな事になるなんて。
出産予定日よりも一週間早く生まれてくるなんて、予想できなかった事がいけなかったのだろうか。
「女の子ですよー」
「うん。」
傍で寝る生まれたばかりの赤ん坊は、泣き声を父親の前で聞かせてくれなかった。
「かわいいですね。これから大きくなるんですよ。」
「君のお腹の中に居た時には大きく感じたのに、出てくると小さいね。」
「そうですね。」
幸せそうに笑いながらわが子を見つめるハルの横顔を見て、陳腐な質問を投げかけた。
「痛かった?」
「そりゃもう。」
「苦しかった?」
「死ぬかと思いました。」
「怒ってる?」
「まさか。」
くすくすと笑うハルに視線を向けると、こっちを見て微笑んでいた。
「寂しかった?」
「いえ、獄寺さんと山本さんが居てくれたので」
「・・・・・・」
「嫉妬しちゃ駄目ですよー、おとうさんっ」
本当に楽しそうに笑いながら、寝ている赤ん坊の頬を指先でそっと撫でる。起こさないように。
「・・・実は、獄寺さんがお父さんだと、勘違いされましてね、一緒につれて入っちゃって・・・」
「・・・へぇ・・・」
怒っちゃ駄目ですよ。とハルが一蹴。
「それで、最初戸惑ってたんですけど、時間がたつにつれて大声で頑張れ!って・・・最後生まれた時には泣いてました。吃驚です。」
そういえば、この部屋に来る前に山本を殴り飛ばした時に、獄寺の目元が少し赤かったような気がする。と雲雀は思い出す。
「さてさて、本題はここからなんですけど。」
暫くの沈黙の後、ハルが控えめに両手を叩いて雲雀を見据える。
「この子の名前、考えましょうか。」
「いまから?」
「膳は急げです!早く決めてくれないと、赤ちゃんって呼ばなければいけないじゃないですか。」
「別にいいんじゃないの?今は休んだ方が・・・」
「いいんです!さ、決めましょう決めましょう!」
母親になったというのに、子供のように無邪気にはしゃぐハルを見て、フッと笑う。
「そうだね、何がいい?」
父親になったという実感がまだ曖昧な雲雀が幸せそうに聞き返した。
すみまそん。(打ち間違いじゃないですよ
なんていうか・・・最終的にヒバハル要素は最後だけなんじゃ・・・!?って
あぁ、けど凄く楽しかったです。もう最初から脱線脱線ってなってましたけどどうかお許しくださいませ(土下座
スランプだけど楽しく書こう!よし、これをモットーに頑張ります!
リクエストありがとうございましたー
title hazy