「上を見上げると、必ずそこには空があった。それが当然のものだったから、だからそれを無くしたかった。見下ろしたら空があるような、そんな場所に立ちたかっただけだった。」
警察に事情聴取を受けているように、事の理由を全て話した。
それはとても神秘的で素適な妄言だが、それでも死者を出してしまったらただのクレイジーな幻にしか過ぎない。
だが、場所は警察でも無く、事情聴取でもない。
此処は彼のテリトリーであり、そして彼女は捕まっていた。
何か吐露をしたいから、聞いてくれるかい?なんて、ナンパじみた事を言われて一瞬、首に衝撃が走った。
イエスもノーも言う前に、彼女が彼が一体誰なのか確認する事の無いまま。
後ろから聞こえた言葉に振りかえろうとしたときには意識は真っ暗になり、意識を取り戻した時にはだたっ広い部屋の真ん中に一つある椅子に座っている男にそういわれた。
眼が覚めた瞬間に、何の躊躇も戸惑いも無しにすらすらと言葉が出ていた。
だから緩慢な思考回路が確認できたのは後半のみだった。
「・・・・」
「あれ?もう一回言おうか?」
ぽかんとしたハルの表情を見てにこにことそう言った。
「上を見上げると、必ずそこには空があるだろう?」
子供に言い聞かすような声で、楽しげにニコニコと。
「・・・今みたいに、天井かもしれないですよ・・・?」
じゃら、と、立ち上がろうとした彼女の手首に繋がった鎖に今やっと気がついた。
驚いたハルの表情など見ていないようにニコニコと。
「ああ、そうかもしれないね。」
「っ・・・・」
手首を眼が零れ落ちそうなほど瞠目したハルが見入っていた。
頭の思考回路が急に冷たくなり、一気に心臓がバクバクと破裂するくらいに高鳴っていった。
「けど僕はいつも見上げるのは空の下って決めてるから・・・語弊じゃないんだなぁ。」
勝手な意見にハルは耳を向けておらず、意識は全て手首の、そして足首にも鎖がつながれている事に気がつき意識は四肢全てに注がれた。
そしてその次には部屋の中心、家具も何も無い正方形のこの部屋に、倉庫と言ってもいいかもしれないこの場所で微塵も変化が無い。
その普通に不気味さを感じた。
「ああ、そうそう。それで空はいつも上にあるから、下に見たいんだよ。」
「・・・・・・」
薄暗い部屋の中で、窓もない部屋。
もしかして地下なのかもしれない。
「だからね、翼を手に入れたんだ。」
今は見せられないけど、ハルチャンなら見せてあげてもいいかな。っていうか見て欲しいな。
友達とおしゃべりするように、彼はとてもご機嫌だった。
彼女は不安に大きな瞳を揺らしながら彼を見据えると、彼はとても楽しそうに口元の更に笑みを濃くした。
「貴方は・・・誰、ですか・・・?」
何で自分の名前を知っているのか、何故此処につれてきているのか、何故拘束されているのか、此処は何処なのか、地下?それとも地上?此処は日本?外国?今は何時?貴方はどうして笑っていられるんですか?
疑問は膨張していき、風船のように膨らむばかり。
震える唇で出された疑問はこの大きな箱の中のような部屋の中に響くこと無く小さく消えた。
だが、その言葉は彼の耳に届いたようで、んー?と声を出していた。
「あ、そっかそっかー。ハルチャンはまだ僕の事知らなかったんだっけ?」
「・・・・・」
「あはは、そんな警戒しないでよ。ね?何もしないから。」
彼女の警報はつながれた鎖が奏でる金属音。
「ただ、話したかっただけだよ。これから始まる事について、そしてこの未来について・・・最後はハッピーエンドなのかバッドエンドなのかとか。」
この未来。という単語にハルがぴくりと反応した。それを見て更に楽しそうに笑う彼は、彼女の頭の中が今自分で満たされていると感じ、優越感に浸っている。
誰に対してというものは無いが、彼女を今満たすのはこの自分。
それが恐怖だろうがなんだろうが関係ない。
「ど、どういう・・・・事ですか・・・」
「そうだね、しいて言うなら生きるか死ぬか、過去に戻れるか戻れないか。って感じかな?」
この時代にやってきたツナ達を知る人間はどれくらいいるのだろうか。
メローネ基地から帰ってきたツナ達以外に知るものはミルフィオーレしかいない。
肩をすくめた彼の眼を見た瞬間に、彼女の背筋が鳥肌の波が押し寄せる。
恐怖に固まった表情筋を見て、彼が少しつまらなそうな顔をして立ち上がった。
「っ・・・」
「大丈夫だって、さっきも言ったとおり、何もしないよ。」
両手をひらひらと振りながらゆっくりと近づいてくる。この部屋の広さ故の圧迫感と、四肢にまとわりつく冷たい鎖。
そしてこんな事を日常としているような彼が近づいてくる。
彼女は何もしていないのに息を僅かに乱す。
ゆっくりとしゃがみこんだ彼が口元には笑みを絶やさないまま、そして目元はまったく笑っていない顔で彼女を覗き込む。
探るようなその冷たい眼に、彼女は息を飲み込んだ。
「ハルチャンは可愛いね。」
そんな言葉は今彼女の耳には届いていない。
指輪がはめられた指先が彼女の頚動脈辺りにそっと触れられ、ボールが跳ねるようにびくっ、と反応した。
その様子も楽しんでいるようで、彼は小さく笑い声を漏らしながら頬へと手を滑らせた。
「小動物みたい。」
立場を如実に物語っている二人の表情はどんどん近づいていく。
額に滲ませた汗をぬぐう事も出来ず、近寄ってくる顔に対処する事も出来ず、指先を動かす事も躊躇われるこの空気に窒息してしまいそうになっていた。
指先が冷えていくのに、汗が出る。
彼の息遣いが聞こえるくらいに近づいた時に、彼女がハッと思い出した。
「・・びゃ、」
震える唇が何かに触れた気がした。
「白蘭・・・」
「そう。」
絶望的な名前を紡いだ声音など彼は気にしてはいなかった。
この時代の三浦ハルは、自分をとてつもなく嫌っていた。ツナの敵という立場もあったが、一人の人間として軽蔑していた。
それが悲しくもあったが、かえってよかったと彼は思う。
あの強気な視線は弱者ゆえの虚勢。きっと彼女は自分が手を出そうとすると自害するか、それとも殺しに来る。
正しさを全てとする三浦ハルを見ていると、彼はとても反吐が出る思いだった。
それを全てとしているのなら、きっとこちらには振り向かない。
白蘭さん。と呼ばれるその音には拒絶がある。
近寄るな話しかけるな関わるな。
自分の名前だけでそんな感情が露骨に彼に知らしめていた。
そんな強気な女だったから。
この未来に飛ばされて、不安と恐怖ばかりの外の世界に引きずり出され、あまつ敵のボスへと鎖で繋がれているという状況に。
彼女は、どんな風に歪ませるんだろう。
彼はとても楽しかった。
元々喜怒哀楽を表に出す素直な子だったから。
この反応はとても嬉しい。楽しい。
彼女はミルフィオーレのボスというフィルターを使っている。この時代の三浦ハルは白蘭というフィルターで見ていた。
まあ、きっとこの小さな小動物みたいな三浦ハルも、時間が経てば白蘭というフィルターを手に入れるんだろうけど。
それでも彼は問いかける。
「ハルチャンのハッピーエンドは綱吉君達のバッドエンドなんだよね。」
「・・・・・・何、・・・」
「だから、君はどっちのハッピーエンドをとる?バッドエンドでもいいんだけど。」
一生僕の話を聞いてくれるか、此処から出て行きたいか。
どっちがいい?
これは白蘭→ハルなのだろうか・・・。
いや、うん。きっとそうだよ!だってねぇ、そうだよね!?(ぇ
ちょっと白ハルは難しいですね。あはは。慣れないw
リクエストありがとうございましたーww
title 泣殻