俺は日常を謳歌したいのであって、非日常ではらはらしたいわけじゃない。

そう思い始めたのは非日常が背中に銃口を押し付けはじめた時からだ。その価値観を植え付けたのは非日常であって、きっと今までどおりの日常で過ごしていたらそんな事は考えなかっただろう。

その考えが正しいものでも間違いでも、俺はそんな事を切に願う事はきっとなかった。

そう、無かったんだ。

悲観する事も無いと人は言うけど、でも俺は涙を静かに流すんだ。

ねがわくば、この非日常が過ぎ去りますようにと。

だが、非日常は台風ではない。

決して過ぎ去る事はないし、何処かの海上で生まれて陸に流れのままに上陸しているわけでもない。

台風の目のように無風の場所があるわけでもなくて、ずっといろんな場所で風が吹き荒れる。

波風立てるそれは、過ぎ去ることを知らない。

だからもう開き直ってどんとこい!といってみるのもいいかなと思うのだけれど。

そんな度胸も、あるわけでもなくて。

 

 

 

「前回の時は白蘭とかなんやらでこっちにこれなかったからな。まあ仕方ねえんじゃねえか?」

「・・・・・」

「・・・・・」

「驚くのは勝手だが、客人が来てるっつーのにエスプレッソの一つもださねーってのはどうなんだ?ツナ」

「あ・・・はい・・・そうですね・・・」

「・・・えっと、じゃあハルが淹れて・・・」

「そうか、悪ぃな。」

ハルが俺の部屋から出て行って、俺とリボーンの二人となった部屋には重たい沈黙が数秒。

「テメーの家なのになんでハルに淹れさせてんだ。」

「いや・・・うん、そう、ですね・・・」

「何でいきなり敬語になってんだ。普通はこの時代の俺にも敬語を使うべきなんだぞ、分かってんのか。」

「はあ・・・」

いつもどおりのリボーンの話し方に、安心したのか呆れているのか、それとも感心しているのか自分でもよく分からず安易にそう返事してしまった。

相手は赤ん坊でも恐ろしく、俺をマフィアのボスに仕立てようとしている相手の大人バージョンだという事も忘れて。

「何気の抜けた声出してんだ。ぶっ放すぞ」

ブラックホールよりも深い黒い穴を向けられ、手入れが行き届いている銃を眼の前に突きつけられ曲がった猫背を伸ばした。

「ひい!」

「情けねー声だしてんじゃねえぞ」

苛立ったように舌打ちしたリボーンの声は大人の声だった。帽子の影から覗く眼は雲雀さんよりも鋭く恐ろしかった。

もしリボーンが本気で敵になったら、きっと恐ろしいんだろうな、と漠然と感じた。

いや、その恐ろしさは常日頃から感じているし、10年バズーガで現れていきなりランボを外に投げて何処か遠くへ飛ばしたところでもうそれは分かってたんだけど。

3月とはいえまだ寒さが引いていない今日この頃では、割れた窓から入ってくる外の冷たい空気はとても寒い。

「・・・お、おれも何か暖かいもの淹れてもらおうかな・・・」

「ダメツナ。」

今度は銃口を向けられる事なく、淡々と言われた。

「バカツナ、ボケツナ、死ねツナ」

「おい!」

「テメーはそんなんだからいけねえんだ。だから俺はこうして涙を飲んで厳しくスパルタに教育してるっつーのがわからねーのか。」

「嘘吐け!」

「目上の人間に対してそんな言葉を吐くうちは俺の銃が黙ってねーぞ。」

思わずいつもの調子で突っ込んでしまったのがいけなかったらしく、銃口を下から顎に突き上げられてしまった。

本当にこのまま発砲して顎に穴が開いてしまうかもしれない。

大人の見た目も更に不安は増していったんだが、リボーンは直ぐに拳銃を戻した。

「淹れてきましたー!」

ハルの元気な声が扉の向こう側から聞こえてきて、入る前にもうそう言っているハルの顔は笑顔だった。

持っているカップは二つで、一つはリボーンへ、もう一つは俺へ。

中身は甘い匂いを放っているココアだった。

「・・・これ・・・」

「え、ココア嫌いでしたか?」

小さく首をかしげて不安げな顔をしたハルに首を横に振る。

ちょっと吃驚しながらココアを飲むと暖かかった。ちらりとリボーンを見ると明らかに不機嫌そうに眉根を寄せていた。

「ふざけやがって・・・だからツナは図に乗るんだ―――ったく、優柔不断な奴だ・・・」

ぶつぶつと文句を言いながらハルの淹れてくれたエスプレッソを飲んでいる。

明らかに俺へ敵対心むき出しなんですけど。

リボーンの視線に内心ビクビクしながらもココアを啜る。

「・・・えっと、ハルは何も淹れなかったのか・・・?」

「はい、勝手にするのはどうかと思いましたし・・・」

「いや、淹れた時点でもう勝手なんじゃ―――」

「うまいぞ、ハル。」

俺の声を遮るようにしてリボーンがハルに言う。ハルが本当ですか!?と喜んでいる。

ハルにとってはリボーンは俺の母さんの次に偉い人だと考えている。父さんは今は居ないのでランキングには入っていないらしい。

そのリボーンに褒められたのは、気難しい姑から褒められたものなんです!と言っていた。

俺の妻になることをまだ諦めていないらしく。俺はそれを悪くないとか考えているんだけど。

「ツナ。」

俺の考えを読まれたのかと、ギクリとした。

「お前は本当にむかつくヤローだ」

帽子の影に隠れた、剣呑な眼が俺を捕らえる。敵意というか、もう殺意がそこにある。

ハルの淹れてくれたエスプレッソをしっかりと飲み干したリボーンが何に苛々しているのか分からないけど怒っているらしい。

隣にいるハルもその様子に吃驚しているようで、恐怖とかよりも驚きが先行しているらしい。

「・・・り、リボーン、・・・ちゃ・・・さん。」

「・・・ああ、悪ぃ・・・」

ハルの呼び方に一瞬の迷いがあったけど、最終的にさん付けでまとまったらしい。

リボーンも変に言及するでも無く、大人の余裕を見せて殺気を仕舞いこんだ。

「未来の俺から、言うのはご法度だとは思うんだが。」

そう言って一つ区切った。

そして10秒ほどして

「俺はテメーの気持ちなんて10年前から知ってた。そして今もそれが変わってねえとも知ってる・・・だから・・・あー、そうか、これは言っちゃまずいな・・・」

顎を手で撫でる仕草をするリボーンに、ハルがリボーンと俺の話をしているなら席を外した方がいいのだろうか。

でもこのタイミングで退出するのもどうなんだろう。とか思ってそうな顔をしていた。

それよりも、リボーンが簡単に言い始めたはじめの方に意識が持っていかれた。

気持ち?

気持ちってなんだ?

いや、なんだって俺は一つだけあるんだけど、リボーンに隠している気持ちはある。っていうか他人に知られたくないものが一つは二つあるけど、ダントツではそれなんだけど。

マフィアのボスというシークレットなものも俺にはあるけど、それを俺は全力で否定しているのもリボーンは知ってるし、俺もリボーンに知ってもらいたいから叫んでいるのであって。

嫌な予感がする。

俺の超直感がそう告げてるって事は、やっぱりアレなんだろう。

言葉を選んだリボーンがまた口を開いた。

「女にだらしねーってのは・・・それはそれ、―――――」

 

 

 

殺し屋ってのは、自らの欲望の為に人を殺す奴。それかただのビジネスの為に人を殺す奴かに別れる。

前者はベルフェゴールなんかが代表的だな。だが、あの殺害方法ってのはどうなんだろうかと常々思う。別に欠点があるとかアレじゃいけねえだろと糾弾するつもりも、その生き方にいちゃもんつけようってわけじゃねえ。

ただ猟奇的なもので突き動かされているんだとすると、遠くからナイフを投げて殺すよりもスクアーロやルッスーリアみたいな自らの手に感触が伝わる戦い方の方がどっちかってーとおすすめだ。って事だ。

まあ、別にどうでもいいんだが。

そして俺はどちらでもない。

どちらにも当てはまる。最初は一体どんな感情だったのかも思い出せなくなってしまっているほど、人を殺して殺されかけている。

昨日一昨日に殺した連中なんて覚えていたらキリがねえ、それよりも今日明日の事を一生懸命考えて生きて行きたいだけだ。

とりあえず、殺し屋というのは快楽殺人鬼が殺し屋だと名乗っているか、お金が欲しいビジネスマンが仕方なく殺しをしているか。という事だ。

俺は金をもらえればそれでいい。人を殺せる。

だが、金を貰えずにただで働くなんてもうごめんだ。

マーモンのような考え方だが、アイツよりも俺のその考えは希薄だ。

ファミリーの中に気に入らない奴はいる。それは誰だってそうだろう。

マフィアだろうがコンビニのバイトだろうが学校だろうが、そういう奴はいるだろう。

だが、殺意を抱くほどの憎しみを持つのは一人に一人くらい、矢印は一箇所に向いているだけだろう。

俺は昔はその矢印をたくさん所持していて、いろんな所へ向けていた。

それは銃口であったり、他の殺し屋の刀の切っ先であったり。

殺したい奴がいれば殺す。

それだけだったんだが、まさか此処まで育て上げた自分の生徒を殺したいとは思わなかった。

10年前はそれほどではなかった。ただ苛々ばかりしていた。

ツナの気持ちの問題、その性根、軟弱な思考。

はっきりしねえ優柔不断な性格に会った時から苛々していた。だが、それはもともとの性格であって、しかも自分がマフィアのボス候補だとは、ボスになるとは生まれた瞬間から分かっていたわけじゃねえし、それにそれまで生きてきた場所が場所だから仕方がねえ。

そう妥協してきて、一つの事を皮切りに俺は切れた。

笹川京子が好きなのに、三浦ハルを放置している。

愛人を所持している俺は別にどうでもいい事だった。むしろ愛人を持てばいいとも思っていたし、その歳からそういう事に慣れるのもボスになる近道だとも思っていた。

その考えが覆った原因は大きく私情だ。

惚れてしまった。

誰かに言えば一笑されてしまうものだが、仕方が無い。シンプルに言えば俺はアイツが好きなのに、アイツはツナがすき、さっさと振っちまえばいいのに何にもしねえ。なんだコイツ。って事だ。

俺はツナがどうにかする時を待っていた。

10年前からずっとずっと。そうするといつの間にか3年、5年、10年過ぎていて、ツナはハルをそのままにしていた。

そのままにしていたという事は、ハルは自らで動いていた。放し飼いの飼い犬が、慣れ親しんだ飼い主に勝手についてくる。

ハルはイタリアにやってきた、裏の世界に足を踏み入れた。そっちにツナが居たから。

ボンゴレボスの秘書として三浦ハルは腰を下ろしている。

そしてまだツナはどうにもしねえ。

 

殺してしまいたい。

 

久々に思ったその感情。

昔の若い頃は気に入らない奴は普通に苛々していたが、俺が気に入らない奴はいつも自分より格下で、弱いのによく吼える奴等ばかりだった。

そう考えた後はそういう奴等を怒りやら憎しみやらの感情を無理矢理消え去り、同情の視線で見返してやった。

大人の対応とはこういうものだと、一人で考えながら同情を向けられた相手は怒りに狂っていたが。

まあ、それはどうでもいい。

俺は久しぶりに殺したいと思った。俺自身の感情でな。

懐かしい殺意の矛先が敵マフィアでもなければ俺の命を狙う奴でもない。

身内の、しかもボンゴレファミリーの、自分の生徒の、マフィアのボスだ。

殺しにくい、ともいえる、殺すのが惜しいともいえる。

暗殺しやすいとも言える。

二人きりになる機会もたくさんある。殺意もある、拳銃もある、隠蔽するのは難しいだろうし、敵が虫のように増えるだろう。

そんなリスクを背負っても殺したいと思っている。

思っているが、もしそれを行動で示してしまったら。三浦ハルに知られてしまう。好きな人を殺したのはリボーンだと。

今まで作り上げてきた信頼が一気に崩れ去り、今度は三浦ハルに殺意が沸いて、その矢印が俺に向いてくるかもしれない。

それはそれでいいかもしれねえ。なんて思ったが、それはかわいそうだ。

こんなドロドロした感情をわざわざ味合わせる必要はねえ、まあ、俺だけを見てくれるってのは美点だが。

俺は、ツナに言いたかった。

ハルをどうにかしろと。

その一言だけだったらこの時代に戻ってくるまでにいえたんだが、残念な事にその場所にはハルが居た。

幼い瞳で俺を見つめるそのあどけない表情が、俺のこんな考えを戒めているように見えた。

邪気を浄化するような清らかな瞳が俺を見据えて、俺はどうしようもなくグダグダとツナに遠まわしに、ハルに分からないように伝えようとした。

ボンゴレ本部の裏庭の真ん中に立っている俺は、帽子を押さえて足元を見つめる。

見つめるというよりももう俯いている。

なんて情けねえんだ。

小さく溜息を吐いて、建物の影になっているこの場所から仕事に戻るべく振り返った。

二階で開いた窓から入ってきた風で暴れる髪を押さえつけているハルが見えた。

 

――俺は、ツナを殺したい。

 

その言葉を反芻しながら、ハルを見上げながら漠然とそう思った。

ツナは優柔不断ではっきりと決められないだらしのねえ男だ。

だが、ツナはやる時はやる。

もしそれが、三浦ハルへの告白になったりしたら。

そんな一抹の不安が俺の殺意の根源にあるなんて認めたくは無いが。

 

「リボーンちゃん、どうしたんですか?そんな所で」

「ん、散歩だ。」

 

そうなる前に殺してしまおう。

 

 

 

 

わっけわっかめえー

スランプのせいですね。もうぜぇんぶそうなんですもうあの人ったらどうしてるのかしらほら皆様の前で謝ってちょうだいな!!

 

・・・などと言ってもムダですね、そうです私の力量の名さを全部スランプさんのせいにするのはどうかと思います。すみません。

けど後半からはノってきたんですよね。なんていうか楽しかったな。ごったごったのぐっちゃぐっちゃでしたけどw

 

リクエストありがとうございましたーw

 

 

 

title 泣殻