「んー・・・いい香りです。」
カップにただよう波紋を見下ろしながらそう小さく呟く。
薄いレースのカーテンから漏れる朝日を背にして、足を組みながら六道骸はサンドイッチに手を伸ばした。
朝の優雅な朝食は格別だった。
制服に着替えた骸はぱくぱくと優雅に食べるが、そのスピードはとても速かった。
「・・・骸様・・・」
トレイを胸に抱えたクロームがゆったりと朝日の影から姿を見せる。
「ああ、分かっていますよクローム。もうそろそろ行かなければいけませんね。」
「・・・違います・・・」
「おや、じゃあ何か?」
「・・・それ・・・」
そっ、と指差すのは、積み上げられたサンドイッチを乗せている皿。
朝から何度もお代わりを要求されて、シェフはとても困っていた。
「朝なので、もうちょっと・・・少なく・・・」
お皿の山の中にはオムレツ、ハンバーグ、ステーキを乗せていたものもある。昨日の夜はそれ以上で、昼間は朝食よりも少し多い。
大量に食べる骸の身体は見た目はとても細身なのに、食べる量が異常だった。それなのにシェフはこの屋敷に一人しか居ない。
それを知っているからこその促しなのだが。
「すみませんね。おなかがすいていたもので。」
にっこりと紅茶を全てゆっくりと、でも一口が大量だ。口元をナプキンで拭き取り立ち上がる。
「いってきます。」
「・・・いって、らっしゃいませ・・・」
「遊びに来ましたよ雲雀君」
「ハル、それを鳥の餌にしておいて。」
何のためらいも無く骸を指差してそう宣言する雲雀に、骸はクフフ、と笑う。
「友達を餌になんて、酷いじゃないですか。」
「君朝早く何しに来たの。しかも休日に。」
「いけませんね、若い者が昼まで寝るなんて非常識ですよ。」
「君、今何時だと思ってるの。」
「今ですか?今は朝の7時ですかね。」
腕時計を見ながらそう当たり前に言い放つ。
「帰れ。」
「ああ・・・あの、ご主人様・・・」
「ハルもどうしてこんな害虫を入れたの。」
「が、害虫って・・・・だって、いらっしゃったものですから・・・」
「じゃあ何。君は泥棒が来ても恭しく招き入れるっていうの?」
「そ・・・それは・・・」
まるで計画をしていたかのように攻め立てる雲雀に、ハルは肩を縮こませる。
そんなハルの肩に簡単に手を置いて軽く引き寄せた骸が、優しい声音でそっと囁く。
「かわいそうに。こんな主に仕えているから、貴方は不幸なのですよ」
「はひ・・・」
「ちょっと、その汚い手を離してくれる?」
「クハハ!客人の前でパジャマ姿の君に言われたくはありませんよ!」
「だいたい此処をどこだと思ってるの。寝室だよ。寝室。」
「おや、それが何か?」
まだベッドに腰かけたままの雲雀の眉がぴくり、と反応する。
自分の睡眠を邪魔され、あまつくだらない事をべらべらと。しかも人のメイドを口説きにかかったり。
シーツの下に隠していたトンファーに手をかけた所で、骸が気がつきハルから距離をとった。
「朝から元気ですね。」
「君に言われたくないな。」
「あの・・・ご主人様・・・」
「・・・もういいよ・・・とりあえず出て行ってくれる?」
その言葉に若干ショックを受けたハルだったが、大人しく目元を髪で覆い隠しながら小さく頷いて骸と一緒に出て行った。
はぁ、と雲雀の溜息が寝室に大きく響いた。
折角の休日におしかけてくる骸に殺意を覚え、そして肩が重く感じる。
「・・・怒らせてしまいました・・・」
「まだ起きたばかりで頭に血が回ってないんでしょう。きっと。」
リビングのソファーに腰掛けるハルの隣にいけしゃあしゃあと腰掛ける骸が、また肩に手を置いて抱き寄せている。
ハルは骸のそんな行動よりも、明らかに見て分かる疲弊した瞳を見てしまった事が一番だった。
主にあんな顔をさせるのは、メイドとして失格だ。
ご主人の為に力になれるように、疲れを取れるように、リフレッシュしてもらう為にいるのに。
かえって重荷になるような事を。折角の休日なのに。
「・・・ご主人様・・・」
ぽつり、と呟いた言葉に、骸は九尾のあたりがくすぐったく感じた。
その切ない声を自分に向けて欲しい。ご主人様。ああ、なんていい響きなんだろうか。
従順なメイドがご主人様と呼ぶ。それがどれほど優越感に浸れるか。
きっと、雲雀恭弥からメイドのハルを奪ったら、更なる快感が得られるのだろう。
そう考えると今すぐにでも引っ張り、洗脳してしまいたい。
このムダに大きな屋敷には二人しか居ない。それはそれで危ないが、逆に距離は遠のくのではないかと考える。
雲雀の寝室は二階にあり、今此処はリビングだ。
二人しか人口が居ないというのに、この敷地はあまりにも広すぎる。距離がある。時間がかかる。
それなら、もう此処で事を済ましてしまえばいいのではないだろうか。
洗脳するのにあまり時間はかからない。人間によって違うが、心に僅かでも傷がついていると付け入りやすい。それなら今がいいのではないか。
そっ、と手を伸ばし、憂いの瞳をこちらに向けようとしたのだが。
「朝から何盛ってるんだい。パイナップル。」
「クフッ」
ガンッ、と頭に鈍い衝撃が走り、ハルがその音に瞠目して着替えた雲雀を見て立ち上がった。
「朝食は、どうしましょう。」
「後でいいよ。」
「、はい!」
いつもと変わらない雲雀の反応に、怒られるのではないかという不安が消し飛んで晴れやかな笑顔を見せる。
その様子に首をかしげていた雲雀だが、後頭部を軽く押さえながら振り返った骸を見下ろす。
「で、なんの用事?」
「クフフ・・・用事が無かったら来てはいけないのですか?」
「うん。帰れ。気持ち悪い。」
用事ならもちろんあった。
先ほど失敗した三浦ハル奪還計画。
まあ、機会などこれからたくさんめぐり合えるだろうが、一応の客人に対してのこの対応に、屋敷の主に、その機会よりも優先させる事があると冷たく見下す目を睨み上げながら作り笑顔を貼り付ける。
「あの、大丈夫ですか?六道さん・・・」
「・・・大丈夫ですよ、気にしないでください。ハルさん」
日頃から雲雀の近くに居るハルは、そのトンファーの打撃がどれだけのものかを知っている。
機嫌の悪い時などに壁に出来ているくぼみは、トンファーによって出来ている。
自分で体験した事のないものだが、きっと痛いはず。
「本当に大丈夫だよ、手加減したし。それに頑丈だから。」
ムダに。
「そ、そうですか?たんこぶとか、無いですか?」
「無いですよ。」
ハルが骸の頭を心配そうに撫でている。たんこぶが出来てないかの確認の手の動きなのは見て分かったが、雲雀は不機嫌に眉を歪ませる。
「触っちゃ駄目だよ。ばい菌がうつる。」
「ほぇ!」
ハルの襟首を掴んでソファーに放り投げる。普通に座る形となったハルが、また不機嫌に揺らぐ瞳を見て不安に駆られる。
また、何かしてしまったのでしょうか・・・。
「どうせろくでもない事なんでしょ。」
「いえいえ、僕は友達の居ない君を思って遊びに来てあげただけですよ。」
「君だって人の事言えないでしょ。」
「クフフ、僕にだって友達はいますよ。」
「君と友達が会ってる場所っていつも学校の裏側とか路地裏なんだけど。」
「人の交友関係まで気にしているなんて、さすがの雲雀恭弥も寂しいんですね」
ソファーに座ったまま見上げながら、二人の視線で火花が散っているように見えた。
雲雀のこめかみがぴくぴくと動いているのが見え、これはいけないと立ち上がり、二人の間に入り込んだ。
「ごっ、ご主人様、やっぱり、朝ごはんはちゃんと今食べなくちゃいけませんよ・・・!」
「・・・・」
「あはは・・・あ、六道様は此処でお待ちください」
「はい。」
雲雀の背中をぐいぐいと押しながら骸にそう促すと、素直に返事をした。
機嫌がよくない雲雀を、早く骸から引き離さなければと、食堂に押し込んだ。
ハルは骸と雲雀の仲がよくない事を人づてに聞いた。
同じく名家の家の沢田家のメイドの笹川京子からの情報で、学校では喧嘩ばかりをしているらしい、と。
最初聞いたときは、じゃあどうしてご主人様は六道様が来た次の日には学校に行ったんだろうか。という疑問が出たのだが、学校が半壊するほどに大暴れをしていたとも聞き、冷や汗が背筋を伝い落ちた。
雲雀恭弥と六道骸は混ぜるな危険。あわせちゃ駄目。
でも、わざわざ朝早くから訪問してきたのだから、もしかしたらハルが知らぬ間に仲が良くなったのか、それとも骸が穏便に関係を和らげようとしてきたのかもしれない。
そんな淡い期待はもう持つのは絶対にしてはいけなかった。
休日なのに学ランを着込んでいる主を見つめながら、そっと溜息を吐き出した。
「何?」
小さくもらした息は聞こえたらしい。
「い、いえ、なんでもありません・・・!」
「ふぅん。」
まだ剣呑さを感じさせる視線が向けられて、ハルは萎縮する。
ああ、本当に・・・いえ、もう今日はあまり落ち込むのはよくないです。次です。次が一番大切なんです。
「・・・おいしいですか?」
「うん。」
もぐもぐと食べる姿は平日の朝と何らかわりの無い景色だ。
リビングで六道骸が待っているという事以外は。
「ハル。」
「はい。」
箸を置いて改まったようにハルに顔を向ける。
「六道には近寄っちゃ駄目だよ。」
「・・・はい。」
「あと話しもしちゃ駄目。洗脳されるから。」
「せ・・・洗脳・・・?」
「うん。」
だから、絶対駄目だよ。
釘を刺されたハルはそのまま洗脳という言葉を反芻しているうちに、さっさとすませてしまおうと立ち上がり食堂を後にする。
話しても近寄っても駄目だといわれたハルは、そのままついて行こうとするがすぐにやめた。
けれど客人に何の接客もしないなんていうのも、メイドとしてどうなのだろう。
座る事も、他の仕事もする気になれないハルは食堂で一人うろうろとしながら悩んでいた。
「結構早かったですね。」
「そう?とりあえずもう帰ってくれる?」
「これはこれは・・・」
「君が出て行かないっていうなら、僕が無理矢理出て行かすけど?」
「それは嫌ですね。朝から痛い思いはしたくありませんから。」
時計が示す針は8時をさしており、本来の休日ならばまだ寝ている時間だ。
雲雀が苛々しながらトンファーを取り出し構えていると、緊迫した空気の中、機械音が部屋に響いた。
「・・・失礼。」
「・・・・・」
雲雀に背を向けて携帯電話を耳にあてている。
人をこんなに苛々させといてよくもまあ。
だが、此処で後ろから襲撃しても仕方が無い。もしかしたらその電話で帰るかもしれない。
「・・・そうですか・・・ハァ、まったくしかたの無い・・・はい、じゃあ今から帰ります。」
雲雀の予想は的中しており、顔に遺憾です。とばかりの表情をして肩をすくめる。
「君の言うとおりすごすごと帰るのは嫌ですが・・・一人しかいないシェフが倒れてしまったみたいです。ああ、情けない。」
「いいからさっさと出て行け。」
「・・・次のシェフはどうしましょうか・・・・ハルさんが一番なんですけどね。」
フッ、と笑いながらそんな事を言い放つ骸に容赦なくトンファーを振り上げたのだが、簡単にかわしてリビングから出て行った。
騒がしい朝から開放され、ゆったりと休日をエンジョイする事が出来ると安堵の溜息を吐いたのだが、出て行った方向は玄関ではなく、食堂の方向だったとふと気がついた。
チッ、と舌打ちを漏らして雲雀も食堂へ向う。
「ハルさん、もしこの屋敷、もしくは主が嫌になったら是非六道邸へいらしてくださいね。」
「はひ・・・」
どうしたらいいものか、とりあえず牛乳を取り出して思い切り飲んでいた時にそんな事を言われた。
腰に手をあてて牛乳瓶に口をつけているハルに、ひょっこりとドアの影から顔を覗かせている骸のいきなりの登場に固まってしまった。
「あと残念ながら今日は忙しくなりそうなのでこれで失礼します。本当ならもっと居たかったのですが・・・」
「・・・はあ・・・」
「また来ます。」
「・・・そ、そうですか・・・」
そして風の如く消えた骸に呆然と牛乳瓶を持ったまま立ち尽くしていると、今度は主の雲雀がやってきた。
「はひ!」
「六道はどこ。」
主の雲雀に、勤務中に牛乳を飲んでいる所を見られてはいけないと、瓶を後ろに慌てて隠した。
「・・・えっと・・・」
「何処。」
「・・・も、もう、どこかにいかれましたけど・・・」
「・・・そう。」
安心したような、悔しそうな言葉だった。
ハルは暫く瞬きを繰り返し、一歩一歩後ろへ下がり、机の上に牛乳瓶を音を立てないように置いた。
「ご主人様、何かしてほしい事はありますか?」
朝から不機嫌になり、疲れた顔色をしている雲雀へそう問いかける。
「・・・いや、ないよ。とりあえずもう一度寝る。」
欠伸を漏らしつつそうハルに告げて食堂を出ようとする。
「あ、待ってください・・・ベッドメーキングがまだ・・・」
「いいよそんなの。必要ない。」
一人しかいないメイドのハルに眠たい雲雀がまた欠伸を漏らした。
「あと別に牛乳飲んでようが別に咎めるつもりはないから。」
「・・・え?」
そして食堂を出て行った主の雲雀の言葉に固まったまま、メイドのハルは暫く立ち尽くした後。
「――――っ!!」
あわてて廊下にある鏡を覗き込むと、鼻の下に白いものがついていた。
暫くそれを食い入るように見つめた後、袖で思い切り拭った。
主の優しさととればいいのか、皮肉ととればいいのか。
二階にて二度寝をしている雲雀がいるであろう天井を見上げ、ハルは小さく唸った。
ちなみに骸のシェフは千種です。(ぇ
すみません。クソわけわかめですね。もう殴ってください。スランプのせいでもうとんでもない事に・・・!
うあー・・・!!
リクエストありがとうございました!
そしてすみませんでした・・・
title 泣殻