携帯の液晶画面に雨水がばたばたと当たった。

夜の街で傘も差さずに歩く六道骸は、服に返り血を浴びていた。

通り過ぎる人間達は俯きながら歩く六道骸の顔を見ることなく歩いていく。それは幸福なことなのか、その綺麗な顔を一目見れない事は不幸なのか。

そしてボタンを押している六道骸が、足を止めた。

雨水を蹴りながら歩いていた六道骸は、振り続ける雨にただ無防備に立ち尽くしていた。

「・・・クハハ・・・そうですか・・・」

一通のメールが送られていた。

それは弟子のフランからだった。またくだらない事を。

そういえば、今日はマフィアが集まるパーティーが行われると聞いた気がする。

来ているらしい。そこに、三浦ハルが。

そして+αとして、雲雀恭弥も。

顔を空に向けると、顔に雨が降り注ぐ。イタリアとは国境を二つ国境をまたいだドイツの地で冷たい雨に打たれている。

 

 

 

「師匠にー、今日雲雀恭弥とハルセンパイがホテル予約してあるって送っちゃいましたー」

「いいんじゃないの。嘘じゃないんだから。」

「そっちもこっちも嘘だらけで何が真実か分からないですねー。」

「ならもうどっちでもいいんじゃないの。」

携帯を見せ付けてそう言うフランに雲雀が軽くそう言う。お互いに他に何も話すこともないし、フランがベルに呼ばれたので適当に離れて行った。

壁に寄りかかりながら腕組をして喧騒を睨みつける。

煩い。と一蹴したいのだが、いかんせん、自分が所属、利用しているファミリーが主催しているものだから、どうにもいえなかった。

此処では絶対に暴れるなとリボーンに念を押されたので大人しく、人気の少ないこの場所で我慢している。

小さく溜息を吐くと、横からハイヒールの鳴る音がした。

「今日はご機嫌よろしくないんですか?」

「二日続けては流石にね。」

同じく横に壁に寄りかかるハルに苦々しくそう呟く。

「煩いし、堅苦しいし、群れてるし。」

「まあまあ、でもご飯はおいしかったですよ。」

「君は食欲があるからいいけど、僕はそんなものほしくない。」

「さっきケーキの横にハンバーグがありましたけど。」

人込みを指差す。

「・・・・・」

「・・・すみません。」

静かに睨まれたハルはすごすごと手を下ろした。

そして何も言わずに二人は絢爛豪華なパーティーを、第三者の目でただ見ていた。

自分達もパーティーが行われている会場の一部なのにもかかわらず。

「そういえば」

五分位してハルが口を開いた。

「骸さん、このパーティーに出てないんですよ。」

「うん、知ってる。」

先ほどの憎たらしい蛙を思い出す。

「よかったです。」

「何で?」

「何で、って・・・そりゃ、マフィアが嫌いな骸さんにはこういう場所はあまり、好きじゃないでしょうし・・・」

「僕も好きじゃないんだけど。」

「クロームちゃんも出てないらしいですけど、それはそれでやっぱりいいのかもしれません。」

「僕も好きじゃないんだけど。」

「マフィアの世界なんて、好き好んで入ってくるなんておかしいですからね。」

「じゃあ君はそうとうおかしい事になるね。」

ふっ、と笑った雲雀にただ笑いかけるハル。その二人の様子を見れば恋人か何かだと思うだろうが、そうじゃなかった。

遠くから見ていたツナは静かに息を吐き出した。

ハルが居てくれてよかったと安堵していた。もしあのまま放置していれば、きっと3分後には苛々は頂点に達し、この会場を潰されるかもしれないからだ。

全開はドアが壊れた程度で済んだものの。

「まったくもって迷惑な野朗ッス」

「まーまー・・・俺も悪かったんだし、徹夜明けなのについてきてもらっちゃって。」

それに、ハルもいなかったし。

精神安定剤と言っていい三浦ハルが傍に居ない。それなのにこんな群れている、人がいる場所につれてきたらあんな事になるのなんて分かっていたし、ドアだけならまだいい方だ。

「守護者としての自覚が足りないんスよアイツ。一回根性入れてやりましょうか」

「いやいやいや、いいってそんなの!」

「最近たるんでますって守護者連中。」

ネクタイを締めた獄寺が苦虫を噛み潰したかのように顔を歪める。

「だいたい野球馬鹿なんて寝坊ですよ、寝坊。」

「まあ、帰ってきたの今日の朝だし。」

「芝生ヘッドにいたってはヴァリアーで飲み続けて二日酔いでダウン・・・!」

拳を握り締め、今にも何かに殴りかかりそうな雰囲気だ。

搾り出す怒りは小さくしたい。ツナの前でそんな事、出来るはずが無い。

だが、

「アホ牛に至っては、階段から転げ落ちて足を骨折なんて・・・!!」

「ご、獄寺君・・・」

カッ、と眼を開けた獄寺は人殺しを今からしますと宣言しているようだった。

明らかに異形なその目付きは、視線を交えただけで殺されてしまいそうだと錯覚する。ツナも二、三歩ほど後ろに下がって非難しようとしている。

「―――んで、ウチはこんなアホばっかなんだぁあぁぁ!」

「獄寺君ー!!」

豪華なスイーツが盛り付けてある机を柔道の空手割りのように真っ二つに叩き割ってしまった。

息を切らした獄寺だが、周りの人間は真っ二つの机と同時に、綺麗だったスイーツが床に落ちてしまった事を嘆いているようだ。

今スイーツを取ろうとしていた婦人は一時停止をし、瞬きもしていない。

突如無くなったおいしそうな物体は、もう無い。

「はぁ・・・はぁ・・・・っ! あ・・・!も、申し訳ございません!10代目!」

「・・・いや、俺じゃなくて・・・」

ツナが横目でちらりと見た、無残なスイーツにやっと気がついた婦人に向けられた。

ああ!と声を出してその婦人に素直に頭を下げる獄寺に、ツナは大人になったなぁ。としみじみ感動していた。

「ああー!なんですかこれは・・・!?」

そしてまた一人、スイーツを楽しみにしていた三浦ハルが奇声を上げた。

獄寺に謝られた婦人は気にしてないと笑顔で手をふっていた。

そして立ち去った後、わなわなと震える三浦ハルを視野に入れた瞬間に、さっきまでの獄寺隼人とはまったく別人のように、自分が悪いというのに眉を寄せて皺を作る。

「こういう場所でそんな馬鹿みたいな声出すのやめろ、馬鹿女」

「な、なんで・・・なんで・・・!?」

獄寺の声など耳に届かないようで、ハルは横にいる雲雀の裾を引っ張りながら問いかける。

涙眼になっているハルに、ただ首を横に振る。まるで死の宣告をされたかのようにショックを受けたハルがよろり、と傾いだ。

「そこの銀髪の馬鹿な人が机叩き割ってましたよー。っていうか、ヴァリアーで酒飲んでたのってルッス先輩とスク先輩とレヴィ先輩ですのでー。ミーは入ってませんからー」

シャンパンを飲みながら会話に混じってくるフランにツナがははは、と作り笑いを貼り付ける。

「んだとこの野朗!」

「あーあ、嫌ですねー。これだからカルシウムの足りてない人は・・・」

「ハ、ハルのケーキが・・・」

「ハンバーグが向こうにあるよ。」

「ハ、ハルのケーキが・・・」

「あ、それ触ると帳が刺さるよ。」

「ハ、ハルのケーキが・・・」

壊れたCDプレイヤーのように何度もリピートするハルが手を伸ばそうとするのを掴んで止めた。

「ハルの・・・ケーキ、が・・・」

わなわなと震える指先がケーキにも割れた机にも触れられない。

壊れたハルを睥睨する獄寺が忌々しげに舌打ちする。

「チッ、ったく・・・ねちねちと遠まわしに言いやがって・・・」

「ハ、ハルの・・・」

「ねちねちと・・・」

「ハルの、楽しみにしてた・・・」

「・・・ねちねち・・・」

「ハルが、死ぬほど楽しみに、してた・・・・」

「だああああ!!」

公衆の面前だというのに、10代目の迷惑になるというのに。割った机を思わず卓袱台返しのようにひっくり返してしまった。

後悔は机が宙に浮いている間に、スローモーションに感じた。

ハルに襲い掛かる机とスイーツに雲雀がトンファーを出して守る姿もスローモーションに見える。

そしてその机の向こう側、綺麗に磨かれた大きな硝子が大きな音を発てて割れていくのも見えた。

獄寺達を見ていた視線がそらされ、大仰に割れた硝子の向こう側から見える陰は、敵か。

ツナがハッと後ろを見て臨戦態勢に入ろうとするが。

「・・・あれ。」

机からハルを守った雲雀も、その腕の中に入るハルも視線を向ける。

シャンパンのボトルを持ったフランも視線を向ける。

「おおー、師匠じゃないですかー」

「・・・え?山本?」

後頭部に手をあてながら、照れた笑いを浮かべた山本武がいつもの調子でそこに立っていた。

結んでいないネクタイをはためかせながら。

その隣には紳士的な笑みを浮かべた六道骸も佇んでいた。

 

 

 

「あれ、骸じゃねーか。お前任務じゃなかったか?」

ネクタイ結びに悪戦苦闘している山本がパーティー会場の外で濡れている骸を見つけた。

豪華な建物から漏れる光を浴びた骸の姿に、雨は降ってなかったような・・・と考えるが直ぐにやめた。

「おや、何をしているのですか。」

「いやー、寝坊しちゃってさ・・・ついさっき起きて急いで来たんだけど、ネクタイが結べなくてよ・・・」

「運転手などは居ないのですか。」

「走ってきたから誰もいねーのな」

「・・・そうですか・・・」

へらへらと笑う山本に何か言おうとしたのだが、自分もジェットフライヤーを飛ばして飛行場から此処まで走ってきたので言及する事は出来なかった。

「あれ、骸スーツは?」

「ああ・・・そういえば忘れてしまいました」

指摘されて自分の服を見ると、いつもどおりの服装だったことに気がつく。

すぐそこにスーツ売ってる所あるから買いに行くか?と誘われたが断った。

「そっか?」

「ええ・・・ああ、そうだ。もしよかったら僕とおもしろい入り方しません?」

柔和な笑みでそう言うと、確かに遅れてきてしまったし、このまま普通に入ったら怒られるんだろうなぁ。

だったら、どーせなら、面白い方がいいかもしれない。

「いいぜ!」

 

 

 

「っていうわけだったんだけどなー・・・」

「だけどなー・・・じゃねえっ!面白くもなんともねぇ!全員呆然!しかも拳銃まで出して発砲する寸前だ!」

「いや、獄寺ちょっと唾散った・・・」

「っるっせぇ!」

どちらにしろ怒られた山本に獄寺が襟元を掴んで前後に大きく揺らしながら叫ぶ。

「まあ、あれはボンゴレファミリーの守護者じゃなくて?」

「まったく・・・一体何をしているんだ・・・」

「気品もあったもんじゃないわね。」

割れた窓を早速マフィア関係者が直している中で、ざわめきの中心にいるボンゴレファミリーに視線は集中する。

「あわわ・・・ど、どうしよう、これ・・・」

慌てるツナを余所に獄寺は更に怒りを山本に撒き散らす。

その三人から少し離れた場所で、シャンパンのボトルを片手に持って、フランが骸に近寄った。

「師匠ってば、まーた派手な事しちゃってー・・・」

「クフフ、仕方が無いでしょう。僕は目立つのが得意なものですから。」

「それって得意っていうんですかねー。故意にしてるじゃないですかー」

「クフフ」

ハルがぱちぱちと瞬きをしている最中にも、割れた硝子の回収は行われていたのだが、片付けている清掃員にほろ酔いのベルがちょっかいを入れていて作業が難航していた。

私服で、しかも返り血が僅かに見える服で何をしに此処に・・・

と、雲雀は睨みつけていたのだが、話している弟子にそういえばメールをしたと言っていた。

「・・・・ハル、君そろそろ帰ったら・・・?」

「・・・・・」

呆然としているハルに問いかけるが、返事が無い。

「ハル。」

「・・・けーき・・・」

「もう無いよ。」

無情にばっさりと言葉で一刀両断する雲雀に、ゆっくりと見上げると真っ直ぐに見据えられて、ハルはうっ、と唸った後、静かに肩を落とした。

「・・・楽しみに、とっておいたのに・・・」

「文句は後で言えばいい。」

「・・・そうですね・・・」

ジロリ、と背を向けている銀髪を睨みつけながら雲雀がさっさと帰るようにと肩を押したのだが。

「あ。」

そのまま肩を押して一歩踏み出したハルを抱き寄せた骸に、雲雀が怪訝に眉を寄せる。

それは抱きしめたからというものではなく、返り血がハルにばれてしまうじゃないかという怒りなのだが。

「ハルさん、何を血迷っているのですか。」

「血迷ってるのはそっちでしょ。」

「はひ・・・?」

冷静な雲雀の突っ込みを聞きながら、ハルはどうして抱きしめられているのか理解できていない。

折角帰ろうとしていたのに、そしてその会場の出入り口を歩く途中に、獄寺に嫌味の一つでも言ってやろうかと思っていたのに。

「早く離して。」

「嫌です。」

ぎゅうっ、と抱きしめると、肩に顔を押し付けられたハルが息が出来ないと骸の背中を控えめに叩く。

「君、分かってるの?」

「何がですか?まさか君から説教されるなんて嫌ですよ。」

「あんな窓なんてどうでもいいよ。それより、その服に・・・」

ハルが息が出来ないと骸の背中を先ほどよりも強く叩く。

「服に?」

「・・・ついてるよ。」

「何ですか?濡れている事ですか?もしくは返り・・・」

ハルが息が出来ないと顔を真っ赤にして骸の背中を強く叩く。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

雲雀と骸が黙ったまま見詰め合っている、睨みあっている姿はとても異様だった。

二人は正しい事を言って、気がついた。

「・・・今回は僕が悪かったですね。」

「うん。」

自嘲気味にそう呟き、抱きしめていた腕を手を上げて離すと、ふらり、と一歩後ろに下がり、思い切り咳き込んだ。

「大丈夫?」

「ごほっ、ごほ!」

「ああ、すみません。つい・・・」

咽るハルにしゃがみこんで背中を擦る骸を、涙眼になりながら首を横に振る。

呼吸を戻しながら、赤くなった顔も元に戻っていった。

「いえ・・・骸さん、今日はドイツじゃ、なかったですか?」

「ええ、ちょっと、早くすませて飛んできたんです。」

「はひ・・・どうして・・・?」

こんなマフィアの集う場所に、マフィア嫌いな六道骸がどうして飛んでくる必要があったのだろうか。

ツナもそれを配慮して強制的に参加させることは決して無いのに。

ぱちぱちと瞬きをしているハルの疑問符が分かったのか、静かに笑う。だが何も言わずにただクフフフフと笑っている。

その骸の頭を思い切りトンファーで殴りつけた雲雀に、ハルは眼を丸くさせる。

「な・・・!」

頭蓋骨とトンファーがぶつかった鈍重な音は、獄寺の怒声よりも小さかったのだが、その音が出る為に伴う衝撃はそれなりだろうと、聞いた瞬間に胸倉を掴んで殴ろうと拳を振り上げた獄寺が振り返る。

「・・・ああ、本当に嫌ですね。君は・・・」

後頭部を押さえながら、血生臭い所は見せたくないと先ほどアイコンタクトで確認したばかりだというのに。

振り返る骸の双眸を見据え、鼻で笑った。

確かに血生臭い所は見せたくない。だけど君を殺さないという理由にはならない。

ふてぶてしく表情に出す雲雀に、薄らと笑みの中に怒気を孕んだ骸の笑顔で場の空気が一変した。

任務の後の余韻でか、戦いの準備には簡単に入れた。

 

「・・・えっと・・・」

「ツナさん・・・で、出ましょうか・・・」

「あ、ミー達もそろそろ帰りますー」

「こんな退屈なとこいられっかよ。」

「・・・野球馬鹿・・・今は、一時、休戦だ・・・」

「いや、再戦はちょっと・・・」

 

ぞろぞろとボンゴレ勢が退出していく中で、傍観していた他ファミリーの人間も慌てたように出て行った。

ハルはそういえば、と振り返る。

雲雀さんと骸さんは、今日止まるボンゴレが貸しきっているホテルの場所を知っているのだろうか。

天井の豪華なシャンデリアが落ちる音がして、そしてそれからは大きな破壊音ばかりだった。

 

 

 

おかしい。私の頭が。もうおかしい。どうしよう。

っていうか小説書くのが難しすぎる・・・

 

やばいな・・・

 

 

 

title 泣殻