きっと、きっと、そうに違いない。
兄は日本に行ったのは、仲間を見捨てたのではなく、あの男に勝てないと思ったのではなく。ただ友人に会いに、そしてその国が気に入っていたから、ただ移住しただけ。
元々、マフィアなんて似合わない性格だったし、そのまま隠居してもいいと思う。
そこで幸せを作れば、なんでもいい。そして他の守護者の人たちも無事でいれば、それで、いい。
凍える季節とは裏腹に、あの人の眼は赤かった。
はらはらと降り注ぐ季節になったのだろうと感じたのは単に温度が下がったのを肌で感じたからだ。
締め切られたカーテンは決して開くことなく、自分で開けることも出来ない。ベッドに鎖で繋がれ身動きが出来ない状態だからだ。一人で静かな部屋に一人でいる。カーテンが締め切られ外の景色が見られない。
なんて、苦痛。
精神的に折れてしまいそうなこの状況はかれこれ半年くらいは続いているのではないだろうか。この部屋には時計は無く、ベッドにクローゼットに机にソファーに・・・必要なものはそろっているが、時計が無い。
それはプリマヴェーラに時間感覚を失わせるためか、それともただ単にそんなものがいらないという性質なのだろうか。
どちらにしても、プリマヴェーラには確かな時間はよくわからない。
3食持ってこられるご飯で、何となくの時間は分かる。体内時計というものは多分もう無い。此処に監禁されてからずっと食欲が失われ、最近ではケーキですら食べたいと思わなくなくなってしまった。
眼を閉じて、暗闇の中に浮かぶ兄の姿は鮮明なものから、僅かにノイズが走る。
ガチャ、と、絶望の部屋の唯一の通り口が開いた。そこから見える景色はいつも同じで、入ってくる人物はまちまち。メイドの人か執事の人か、此処の新しい主となったあの男だけ。
「またか。」
何も手をつけていない皿に目を向けて一言言い放った。
またか、なんて。よく言える。笑いそうになるのは狂い始めているという事なのだろうか。
鋭い視線は兄のジョットとは違う。すべてを威嚇するかのような野性味溢れた視線はいつもプリマヴェーラに注がれた。
「何が不満だ。」
「全部、ですね・・・」
ぐいっ、と顎を捕まれ顔を上げられた。疲弊した顔がこの男の瞳に映った。日に日にやつれていっている。
「外してやる。」
と、ポケットから出した鍵で鎖を外した。足首と手首。開放されたそれらはあまり動く事が無い。栄養も何も取っていない今は動く事すらままならない。
この男は、自分が部屋に居る間は鎖を意図も簡単に外した。それは、まるで犬を散歩させるかのような、逃げないように監視して、そして遊んでいるのを楽しむかのように感じた。それがとても気に食わない。私は人間で、それ以上でもそれ以下でもない。
スプーンでスープをすくって、私の口に押し付けるが口を閉じて拒否する。そうするとチッとしたうちをして乱暴にスープの皿を取って自分で飲み始め、そして私の口に押し付け流し込む。
最近はこの方法が多くなった。
最初は拒絶してきたが、もう諦めそのまま甘受している。
拒否したら無理矢理にでも口の中に全部詰め込まれる。油したたる肉に、前菜のサラダ。そして秋刀魚も骨も頭も何もとっていない、全部を焼いたそれを口の中に押し込めてきた。
乱暴なその行動に手を払いのけて、やめてください!と言って全て吐き出し咳き込んだ。その後は詰め込むことは無くなったが、こういうスープなどは口移しで飲ませるようになった。
初代ボンゴレボスの妹だからか。
いや、もしそれが原因なら尚更、殺すはず。
無用なものは排除する。そう言ってこの男は兄に攻撃を仕掛けてきた。
思い出すのは鮮明な赤色。この男の目の色と、仲間達から噴出す色。そして恐ろしい強靭な力の色。
ごく、と飲み込むと口の端から零れ落ちていくスープを舌で舐めとり、そのまま抱きかかえて浴室に黙って連れて行く。
半年間。鎖に繋がれご飯も食べなかったら力も入らない。日に日に力は落ちていく私は動く事が出来ない。だから、なのか。この人は一緒に入る。
脱がすのに楽なのか、いつも背中にジッパーがあるワンピースを着せられる。ジッパーが下りてさらけ出される肌。もう恥ずかしがることすら出来なくなってしまった。心の奥底では屈辱に耐えているが、この男は手は出してこない。
女としてみていないのか、不自由していないのか、私を人間の女として見ていないのかどうかは分からないが、ただ事務的に手を動かして洗うだけ。
抱きかかえ、湯に身体をつける。
浴室の鏡を毎日見て、自分は人形みたいだと思う。あんな強面の男が人形遊びなんてかわいくて笑ってしまうけれど。
この、神々しい赤色の瞳で何を見ているのか、私を見ている眼の真意は一体何なのだろう。愛玩するでも無く、暴力するでも無く、蹂躙するでも無く。ただただ閉じ込め、ただただ、生かしている。
それがとても不思議で、心理状態もつかめぬまま。人形となっていく。
兄たちの消息も分からぬまま。
「・・・ぉ・・・」
5ヶ月ぶりに発する声は、震えていた。声を出す事を忘れてしまっていた。
「・・・お、に・・・ちゃん・・・は・・・どこに・・・」
「・・・・・・」
「・・・ど、こ・・・・・ぉ、・・・おに、」
後ろの男が息を飲んだ気がした。腕に回されている腕の力が強まり、ぎゅっと引き寄せられた。
自分のこの悲痛な声で、何を感じたのか。
「貴様。」
ふっ、と首元に息がかかった。
「しゃべれるんじゃないか。」
浴室から出てきて、身体を拭いてパジャマに着替え、またベッドの上に戻ってきた。
眼の前の男は、私にどうしてほしいのだろうか。
そんな、楽しそうな眼を向けられて、私は何をすればいいのか。
「もう、壊れたのかと思った。」
声帯を潰された覚えはまったく無い。
頬を手で包まれて撫でられる。撫でられている。犬を褒めるかのように、いつもより高揚した声。
「しゃべれ。」
「・・・・・ぁ・・・」
私は今困っています。
だって、こんな、反応されるなんて思ってなかったから。きっと煩い。とか、黙れ。とか言われるに決まっていると腹を括って言ったのに。
自分の子供が始めてしゃべったかのような反応をされると、困るばかりなんです。
よほど、お気に召したのか。いつもより髪の毛を乾く時間が短かった気がする。
かすれた息のような声に耳を傾けているような表情で、次の言葉を待っている。
「・・・おに、ちゃ・・・」
「ああ。」
「・・ど、・・・こ、・・・です、か・・・」
「知らん。」
素直に、答えてくれた。
ああ、何てこと。目を見開いてこれは一体どういう事なのだろうとしか考える事がない。頭を埋め尽くすのは兄の安否ではなく、この男の変わりようにだ。
あんなに淡々としていたのに、こんな風に感情を露わにしているのかどうかは分からないが、私の知っている中で今一番感情を見せている。
違う。
一番見せたのは、兄を攻撃していた時。あの獣のような眼は、忘れる事が出来ない。
「あの男など、知らぬ。」
「・・・・・」
「俺との勝負に逃げやがった・・・」
すぅ・・・と細められた眼は狂気に満ちていた。一瞬のソレはぞくり、と悪寒を覚えさせるには簡単なものだった。
すぐに引っ込んだ殺気に、顎を掴まれまた引き寄せられた。
食事以外でキスをされたのはこれが始めてだった。
そのまま首にも一つキスをして、女としての恐怖が襲ってきた。喉に引っかかる声が漏れる事は無く、そして首から唇が移動する事も無かった。
労わっているよう。
動物が、愛でるような、愛情表現のような行動。
声が生まれる其処を褒めているような。
「――――プリマヴェーラ。」
ぞぞぞ、
背中に迸った。
「プリマ、ヴェーラ」
搾り出すかのように、出される声が、泣きそうになるほど低い。
大切に紡いでいるその音がとても酷く儚いものに感じた。
じわっ、と涙が出る。首筋でずっと唇を押し当てたまま、喉に響く声。
「・・・あ・・・・」
ぎゅっと腰に腕が回って抱きしめられる。
悲しい、
悲しい。
涙が止まらなくなってきた。今までの酷い仕打ちに、憎しみの心が溶け出していく。辛かったと悲鳴を上げる体に、喉に。
赦しも憎しみもすべてドロドロに混ざり合って、今この瞬間。私が私で無くなっていく気がした。
兄に、仲間に、酷い事をしたこの人を決して赦してはいけない。この人を赦さなければいけないという気持ちが、お互いに大きくなっていった。
涙が止まらない。
なんで、こんな人赦そうとしているのか分からず、赦せるはずないと。
「うっ、くっ・・・」
泣いているのか。と、聞いてくる。
今まで、泣き続けた。いつの間にか涙は枯れて、喉も枯れた。
涙でかすんだ眼を開けて、見つめる赤い瞳。こちらを見据えている瞳は、やっぱり、真意はつかめないまま。
ものすごく楽しい。(ぇ
もうヤヴェよ。これ、二代目の名前出たら連載したいんですけど。っていうかオリジナルの名前つけちゃおっかなーって思ったんですけどやっぱりやめます。
いつかちょっと続編書きたいなぁ。いや、本当楽しくてノリノリでしたよwww
意味不明だけどねw
リクエストありがとうございましたーwww