「・・・アレは酷いと思います。」

「・・・そうだなぁ。」

体育座りをして暗い部屋の中。テレビの光が顔を照らして真剣な三浦ハルの顔を照らしていた。俺はそんな後姿をベッドに腰かけて眺めていた。テレビは三浦ハルの背景のような存在だった。

その背景を三浦ハルはみて、ぽつりともらした。

確かに。と俺は思う。僅かに見えたシーンは俺の頭皮を痛くするものだったからだ

 

 

 

益体無し。

浮かんだ言葉は霧散することなく、俺の心の中に滞在中だ。何泊していくのか聞いておけば良かったと後悔している。

久々にオフの日だった。今日は。

太陽が煌いていて雲も程なくあって、そして空は蒼かった。昼間の暖かさが俺を包んでいた。

仕事を全てとする俺としては、休日の過ごし方が分からない。俺がいつもする趣味のようなものは少しの時間だけですぐに終わってしまう。

剣の手入れ、筋トレ。他には何かあっただろうか。他は仕事以外に当てはめるものが無い。俺のパズルのピースはそんなもんだ。

行くあてもなくただ動かしている足に何の意味があるのか。廊下の曲がり角でドラゴンと出くわすのを待っているのだろうか。残念ながら剣は持っていないので無意味だぁ。

ヴァリアー邸の中を適当に徘徊していると、ふと裏庭には行ったことがないなと思った。もしかしたらあるかもしれない。俺が忘れているだけかもしれないが、俺は裏庭に立ってそこから見た光景を頭に呼び起こす事が出来なかった。

暇を持て余した俺はそこに向かった。無意味に動いていた足を動かして。廊下から外にでて、裏庭の真ん中に立った。

そうするとぼんやりと思い出してきた。俺は此処から見たことがある。俺は此処に立ったことがある。

記憶を呼び起こす事に成功した俺はまたすることが無くなった。無意味に、足を動かすのも面倒臭かった。

手入れしてある芝生は誰も使用していなく、しょうがねぇ。と呟いて寝転がった。背中に当たる芝生の感触が、サバイバルのようだと思えると暇など持て余している場合じゃないと感じれる。

血の匂いがはためく戦場。焼き焦げる匂いに燻る煙。血肉が弾ける音。

幻聴が耳元に聞こえてくる。瞼の裏側にはいつかの戦場の光景が思い出す。イメージトレーニング。これはいい暇つぶしだ。

頭の中の映像が動き出した瞬間、鼻の辺りに痛みが迸った。何かに踏み潰されたかのような感覚。手で押さえ、瞼を開けて横を見ると全力疾走している猫の姿があった。

「なんだぁ・・・?」

「はひー!まってください猫ちゃーん!」

「あ゛ぁ!?」

ばたばたと走ってきた三浦ハルが手の甲に三本の切り傷を携えて走っていた。

「何してんだぁ。」

「あ、スクアーロさん!よかった手伝ってください!」

「は、ちょ、う゛ぉ!」

手を掴まれ引っ張り上げられ、尻尾を揺らしながら走っていく猫に向ってまた走り出した。俺の手は繋がれたままで必然的におれも 一緒に走らねばならない。

一体なんの理由であの猫を追いかけているのか分からないが、とりあえず手の甲の傷は一体どうしたんだと聞きたい。理由は逃げているあの猫で十分なんだが。

もしこれが仕返しという追いかけっこならばいい。いや、よくもない。面倒臭い。だが残念ながら俺は暇で、イメージトレーニングも暇つぶしの一環だったわけだ。

ならば付き合わない理由も無いだろう。

「あの猫捕まえてどうするんだぁ?」

「丸焼きにします!」

「・・・・・・」

「いえ、あの、ジョークですから・・・そんな真剣に驚かないでください・・・」

猫が行き止まりのところでこちらをじっと見ている。動かずにただただその瞳をこちらに向けている。

毛を逆立てるわけでもない。

じりじりと、ハルが近づいていった。両手を広げて近づいて猫の脇腹を掴んで抱き上げた。

「ほーら!捕まえましたよ猫ちゃん!大人しくお風呂入っていただきますよー!」

「風呂?」

「はい!もうお風呂場からこんな所まで逃げて・・・ハルはとっても疲れましたよー!」

こちょこちょと脇腹を擽るようにしているが、猫はくすぐったいのかどうかも分からずただにゃーにゃー鳴いていただけだった。

とりあえず、あの傷はお湯を浴びせたら驚いて引っかかれた。という傷なのだろうか。

オフの日だろうが仕事の日だろうが。コイツはコイツのままだった。暇を持て余している姿を見た事が無い。そいう面ではある意味凄い。

「何で風呂なんて入れてんだぁ。」

「だって、此処汚れてるじゃないですか?だから全部洗ってあげようと思って。」

頭に僅かに泥が付着している部分を指差してそう言った。

ああ、となんだか脱力して溜息を吐いた。

ゆっくりと立ち上がったハルが風呂場まで行こうとしているのだろう動きを止めて、猫の首根っこをつかんだ。ダジャレじゃねぇ。

「俺も行く。」

「はひ・・・・」

すたすたと歩き出し、猫はとても大人しくぶらさがっていた。

他人が見ると俺が猫を捕獲して、それこそ丸焼きをするかのように見えるだろう。

ハルが遅れて小走りでやってきて、にっこりと笑いかけた。

「猫ちゃん一緒に洗ってあげましょう!」

 

 

益体無し。

心の中でぼやいた。

俺の風呂場で洗うことになったのだが、また猫が暴れ出し、一緒に入っていた俺達はそれぞれ役割分担をしていた。俺は猫を押さえつける役で、ハルは猫を洗う係り。

シャワーからお湯を放ち、じりじりと猫に近づけて背中の部分にかけた。

ハルはちゃんと温度調節をしていて、熱くも寒くも無い温度にしてある。それでも猫は水が嫌いな生き物らしく暴れた。

猫が暴れたら俺の腕も暴れる。もちろん大人しくさせるのは簡単だが、力加減を間違えるとぷちっ、と内臓を潰しかねないのであまり強くは抑えない。

微妙な調節を難しく感じている俺だったが、ハルは危ないと感じたのか、一緒に猫を押さえつけた。出しっぱなしのシャワーは宙に放り出され、くるくると回転しながらお湯を放出していた。

はひ!う゛お!

それぞれ声を出してお湯を頭から被り、猫を思わず放してしまった。猫はそのまま風呂場から脱出して、開けっ放しだった俺の部屋の窓から逃げていった。

シャワーがじゃー・・・と、虚しく出ている音が響く浴室。

頭から濡れたハルと俺は暫く黙っていた。

それからはお互いに無言で、ああ、と虚しさを感じていた。ハルを先に風呂に入れて、その後は俺が風呂に入っていた。こんな事態になるなんて予想していなかっただろう。故に着替えの服など無い。

俺のYシャツを貸してやった。

俺は舌打ちした。

三浦ハルに向ける視線が危なくなってしまうと。

それなのに三浦ハルは見たいドラマがあると言って、ついでにドラマを見てから部屋に戻ると言っていた。それが二時間半のドラマだと知ったのはCMに入ったときだった。

俺は適当にくつろぎ、ビールを飲んで同じくドラマを見ていた。ドラマというか、ドラマを真剣に見る三浦ハルの後姿だ。何となくその姿が笑いを誘うのは何でだろうか。

電気をつけるのも忘れていて、夕方からあったこともあってか電気を付けるのを忘れていた。外は暗くなってきて、ドラマもクライマックスになってきた。

その時に見えたシーンがそれだった。

「・・・アレは酷いと思います。」

「・・・そうだなぁ。」

体育座りをして暗い部屋の中。テレビの光が顔を照らして真剣な三浦ハルの顔を照らしていた。俺はそんな後姿をベッドに腰かけて眺めていた。テレビは三浦ハルの背景のような存在だった。

その背景を三浦ハルはみて、ぽつりともらした。

確かに。と俺は思う。僅かに見えたシーンは俺の頭皮を痛くするものだったからだ。

身近でいつも生で見ているからか、そのリアリティを感じたのだろう。女の長い髪を引っ張り男がキスをしたのだ。最後の最後で大きく決めたその感動的シーンは俺達からすれば思わず頭を押さえてしまうようなものだった。

「あんなロマンティックではないですけど・・・スクアーロさんなんて、日常茶飯事ですよね・・・」

「あ゛ぁ。昨日もされたぜぇ。」

髪を掴まれ引っ張られ、そのまま壁に投げつけられた。

顔面から飛び込んだ顔は痛みがじんじんと波打っていた。今も思いだせる新鮮な痛みだぁ。

それにしても、今日で休日はおしまいだ。別にもう少しあればいいんだが、などと思っていない。ただ一日の終わりを振り返るととても馬鹿みたいだったと思えるだけだ。

ドラマもエンディングテーマが流れ出し、そろそろ帰れと促す。流石に女だからなぁ。年下でも。

「そうですね、ありがとうございました。」

「ああ、またなぁ。」

座って立とうとしたときに、裾の長いYシャツを踏んで前のめりに鳴って顔面から地面に激突した。日々日常として経験している痛みだからこそ、思わずしゃがみこんで大丈夫かぁ!?と大声で叫んだ。

耳元で叫んだからか、少し頭を上げた時にくらり、と頭が傾いでいた。

「だ、大丈夫ですよ・・・」

「本当かぁ?」

ふと、眼があった。ドラマの雰囲気に呑まれたのか俺達はずっと見つめ合っていた。

年下の、8も下の女とじっと見つめ合っていた。純粋なくりくりとした瞳が、色欲などまったく感じられない無垢な瞳が。

僅かに開いた唇に、俺は間が差したらしい。思わず手を伸ばし、後ろの降ろした髪に手を伸ばしていた、そのままそっと触って、ぎゅっと掴んで引き寄せた。

「―――っ・・・!?」

「―――!?」

お互いに驚愕の瞳だった。

俺はアイツの髪を、アイツは俺の髪を引っ張っていた。ぎゅむ、と当たる唇は柔らかく甘かった。一体何を食べたんだこいつは。

ゆっくりと離した時、テレビはまた新たな番組が始まっていた。お互いにまた見つめあって。ハルが困ったように呟いた。

「痛かったですか?抜けちゃいませんでしたか?」

「あ゛ぁ、大丈夫だぁ」

「そうですか・・・」

それならよかった。と、安堵の溜息を吐いた唇にもう一度重ねてみた。

 

なんて事の無い、俺の一日だった。

 

 

 

とにかくお互いに髪を引っ張ってちゅーさせたかった。

自由にスクハルだけというお題でよかったのか悪かったのか・・・

 

リクエストありがとうございましたーーーww