彼女は明瞭な人間だった。

行動、表情、言葉。すべてにおいて自分をさらけ出している。真っ直ぐに見つめる眼も、それが正しさだと信じているからという感情が伝わってくる。

唇が動いて、吐露する感情はなんの飾り気もなかった。それは、駄目ですよ。と叱咤したり。それはとてもいいことです。と褒めたり。

彼女は明瞭な人間だった。

 

 

彼は曖昧な人間だった。

行動、表情、言葉。すべてにおいて自分をひた隠しにしている。真っ直ぐに見つめる眼も、何かで覆い隠している。何も伝わらない。虚偽の言葉は胸には届かない。

唇が動いて、他人を貶し、何かを欲する言葉しかない。なんの感情も無い言葉に、どうしていいかわからない。それは、駄目ですよ。それはとてもいいことです。

褒めても彼は曖昧なまま。表情に感情を出したりはしない。

彼は曖昧な人間だった。

 

 

 

ぎしっ、とスプリングが鳴ってリップ音が響いた。肩に触れている手が熱く熱く。

薄らと眼を開けて見つめた彼の眼は赤く赤く。

「あ、ちょっと・・・」

「どーせケーキが、だろ。」

まぁ、そうなんですけど。彼の肩越しに見える食べかけのケーキ。まだ二口しか食べてないのに勿体無いと手を伸ばすと、指を絡めて押し戻された。

頬を膨らまして、舌先が欲している甘味を想像して、やっぱり欲しい。あの生クリームが。酸味の利いた苺が。

また性懲りも無く手を伸ばすと、今度は手首を掴まれベッドに固定された。唇を割られて舌を捻りこませて、甘い余韻を全て舐め取られた。苦い顔をして、甘いものを舐めとるなんて。

「甘ぇ」

「でしょうね。」

この甘味の女王の三浦ハルから、せめてもの残滓を取ってしまうなんて。

しかもそんな顔をして。

失礼千万だと軽く頭を叩いたら、また唇に吸い付いてきた。ボタンをぷちぷちと外されて、ああ、もうと眼を細めてゆっくりと閉じた。瞼の裏側。幻の影はやっぱり三角形のケーキだった。

 

 

昨日も食べていた。

そして今日も食べた。

俺は何となく、おかしかった。最近なぜかそわそわしている。別に発情しているわけじゃねぇが。何となくアイツを見ていると苛々したりする。

何か持っていないと落ち着かない。何かしていないと落ち着かない。アイツに触れてないと落ち着かない。

アイツの瞳に俺が映っていないと、落ち着かない。

依存しているのだろうか。今更の問いに鼻で笑う。そんなんじゃない。もっと根本的な、本能の場所からただよう答えの匂い。

問いかけはいつでも生産できるが、答えは直ぐに出来やしない。心の奥底で燻って燻って、やっと見えてきた残滓。残滓が集まって、大きな答えとなる。

答えができるのはいつなのか、それが問題だ。

「はふ・・・」

息を漏らしたハルの頬を、何となく抓ってみた。眉根を寄せて拒絶をするその姿に、また。

「はひ・・・?」

「・・・・・・」

「・・・どうしたんですか?」

「・・・・・・」

「あれ・・・ザンザスさん?大丈夫ですか・・・・?」

肩をとんとんと叩かれるが、俺は顔を上げない。腕の拘束を解くことは無い。急に虚無になって、ただただ求めるのはこいつだけなんだと思った。本能的に、そう思った。

ぎゅうっと抱きしめると暫くして頭を撫でてきた。意味が分からない。俺もコイツも。

理解しようとしている三浦ハルなのだが、コイツは何も理解できない。なぜなら俺が何も言っていないからだ。腕の力を強めて肩に顔を埋める。

とく、とくと、心音が聞こえてくる。生きている。温度がある。匂いが香る。

 

 

 

最近、変だったんです。

時々ジッと見つめられて、時々苛々していたりして、時々落ち着いていたりして、時々ぼんやりとしていて。

情緒不安定だったのでしょうか。いえ、だったとはおかしいですね。情緒不安定なのでしょうか。現在進行形でそんな状態で、今は甘えん坊のターン。さっきはわがままのターン。

ケーキを食べていたハルを、じっと見つめていたのにいきなり立ち上がって熱い熱烈なキスをしてきて押し倒して。

そして甘えてきた。

何か統一性のある行動なのか。順序に、行動の端々に何かその理由が隠れているんじゃないかと思って推測してみたけど、まったく分からない。

何か彼の心の中で悩みでもあるのか、それともハルが何かしてしまったのか。

まったく分からないままで、解決策も不明瞭。

「ケーキが・・・」

「まだ言うかテメェ」

とりあえず、頭から忘却させて、ケーキだけに集中しなければ。だってお腹がすいているんですもん。お腹なっちゃいそうなんですもん。

食べれる時に食べておかないと、もし明日死んでしまったら悔いが残ってしまうじゃないですか。

むぐぐ、と腕を伸ばして、指先も伸ばして。歯をむき出しにして伸ばす姿って結構無様じゃないでしょうか。

「けー・・・きぃ!」

「テメェ・・・」

怒気を孕んだ声色で肩から顔を上げて今度は胸元に顔を埋めてきた。ひゃあ!と情けない声を漏らして腕から力が抜けていった。

もごもごと僅かに動く振動が気になってもうケーキは後回し。

「いやです!ちょっとやめてください!」

「いやだと・・・?」

「へ・・・」

ぴたり、と頭の動きを止めて、眼だけをハルに向ける。にらみ上げる赤い瞳は明らかに怒りを宿している。

いつものじゃれあいの時間に、どうしてこんなに怒る事があったのだろうか。

「ふざけんな」

 

 

 

苛々した。

いやだと、たったそれだけ。拒絶の言葉を示しただけで苛々する。もやもやもする。

冗談で塗り固められたその言葉が、本気のものだったらどうしよう。という不安が生まれたなど決して言わないが。

置いていかれるような子供のような心境だなんて。

女々しい。

「くすぐったい、ですし・・・それに、ケーキが・・・」

「何度言うんだテメェは。ケーキはまた買ってやる。」

「でも!明日ハルが死んじゃったらケーキ食べられないかもしれないじゃないですか」

「・・・何縁起の悪い事言ってんだ・・・」

「え・・・・」

俺の反応が予想外だったのだろう。眉を寄せて俺の顔をじっと見る。真剣な俺の顔に首をかしげて、額に手を当てた。

「熱は・・・無いですよね?」

自分の額にも手をあてて確認した。

「最近、変ですよね?」

「・・・・・」

「なんか情緒不安定で・・・・」

「・・・・・」

「・・・えっと、あのですね・・・とりあえず、ケーキが欲しいんですが・・・」

「・・・・・・・」

 

 

そう言ったら額をぺしんっ、と叩かれた。別に悪い事を言っているわけじゃないのに。

まぁ、最近彼の様子がおかしいのと同じく、ハルの食欲も何だか格段に上がった気がします。それが何か関係があるのかどうかと考えてみたのですが、やっぱりそれは関係ないなと。

普通に、どちらも情緒不安定というか、アンバランスなんでしょうね。いろいろと。

そろり、と頭に手を伸ばして、落ち着いてと問いかけるように撫でる。それしか方法が見つからないから。

うーん、と、考えてもどうしてこんなに食欲倍増しているのか分からない。やけ食い、というものでもないし、別に胃を大きくした記憶は無い。

深く考えず、とりあえず食べたいだけ。食欲という本能ゆえの欲が活発に働いているというだけだろう。

うんうん。と頷いて、後からダイエットという大きな文字を抱えて走らなければならないという未来予想図は眼を閉じて。

静かな時間が流れているから、うとうとと瞼が重くなってきた。頭を撫でる手つきも止まって、気がついて動かしている状態。そうすると彼が顔をゆっくりと起こして、腕を後ろに伸ばしていた。

ケーキの皿がかたん、と鳴る音がして。あ、と声を漏らした。

フォークを掴んで、ケーキをぐさりと刺したらしい。ぐちょと音が聞こえた。

そしてそのまま差し込んだまま、二口しか食べていないケーキを持ってきてハルの口に捻りこんだ。

「んむ!?」

ほとんど大きいままで、一口サイズでも半分でもない。そのままのケーキを口に押し当てられたまま。一応噛んで口の中には入れたけれど、全部入るはずが無い。そう分かったのか彼はフォークをぽいっと投げ捨てた。もちろんケーキは刺さったままで。

「んー!」

ケーキ!と叫んでも声は出ない。

虚しくも伸ばした手は届くことなくただぷるぷると震えるだけ。思わず涙眼になっていたハルの顎をくいっ、と持ち上げて唇が合わさった。

舌が、捻りこんできた。

このケーキで一杯の口の中に入ってきた。スポンジとクリームと苺が入っているこの口の中に。

ぐちゅぐちゅと。

「んっ」

「・・・チッ、クソ甘ぇ・・・」

最初から分かってたくせに。

ジロッと睨み上げても彼は無視してクソ甘ぇと呟いたその場所にまた舌を捻りこませてきた。甘えているのか、襲っているのか、満たされているのか満たしているのか。

ただ、今全てが甘さに支配されているのです。という事です。

 

 

後日談。

ハルは妊娠していたようです。

 

 

 

激甘・・・=ケーキ?

砂糖いっぱい=ケーキ?

いや普通にすみません。激甘っていったらもうエロなんじゃないのー?って自分の中で答えは出てた状況なのですが、それは違うだろ。お前。ってなって普通にケーキで甘さを補充してみました。

ええこの後は生クリームプレイでもなんでもしてますあっはっはぁ!(ぇ

いえ、スランプの面影があるね。っていうかスランプ真っ只中だね。

 

リクエストありがとうございましたーww