自分の心の醜さに気付いた時点で、私はこの場所に来てはいけなかった。
太陽のようだと、誰かに言われた自分の笑顔は残念ながら必要とされなかった。なぜならその日はとても青い空と本物の太陽が輝いていたからだ。
ああ、と嘆くように悲しんで、私は悲劇のヒロイン。
そう思っている私は、また自分の醜さを見つけた。
明らかに厄介払いのような態度だった。
寄せられた眉は決して戻る事は無く、一瞬見せた表情は、私ではない誰かだった。
「何?」
「あの、先生からこれを・・・」
何かの書類だった。
何かの書類。その名称だけでいい。それが一体どんな書類でも、それが一体どんな汚いことが書いてあったとしても私には関係ない。利用できる唯一。
雲雀さんがその書類を受け取って、暫く眺めていた。
その顔がとっても綺麗で、思わずほぅ、と溜息を吐いた。神々しい美しさって、この世に存在するんだと感動する。
身体の芯から衝撃が走る美しさ。罪のようなその鋭い眼は私じゃなくて書類に眼を向けている。真剣な表情で、また眉根を寄せた。
「もう帰っていいよ。授業中でしょ。」
「あ、はい・・・」
ハッとなって直ぐに出て行った。お辞儀をしてゆっくりと音を立てないように。
ほんの一瞬の出来事だったけれど、心臓を活発化させるのには十分だった。
本当は応接室のドアに背中を預けてずるずると座り込みたかったけど、いつ雲雀さんが出てくるかも分からないし、私が居る事がわかっちゃうかもしれないから。
ふらふらと上履きを鳴らしながらあるいて階段を二段ほど下りた時にやっと身体から緊張を解いた。
冷たい階段に腰を下ろして、肺から、お腹から全て息を吐き出した。
身体の筋肉が全て力を抜いて、そしてそして頭がくらくらする。
「・・・しゃべっちゃった・・・」
思わず呟いて頬が熱を帯びた。死にたくなるほどの興奮は冷める事無く輝き続けていた。
きゃー!と叫んで口元を押さえて、
私はただただ喜んでいた。甘酸っぱい初恋の日々を堪能していた。
私が雲雀さんを好きになったのは、本当に小さな事だった。他の人から見れば珍しいねと言われるような。
その日は夕暮れ。赤い太陽が沈みかけて、夜は外に外食しに行くと言っていたので慌てて走って帰っていた。その日は追い風で後ろから風が吹いていた。
走っていて、視界の端にちらっと見えた。
裏路地で携帯を弄っている雲雀さん。画面の光で顔が照らされていて、僅かに微笑していた。
絵画みたいなその光景に、足を止める事は出来なかった。まるで本能に植えつけられているように、私は早く家に帰らねばならないという帰巣本能があったから。
フル活動していたソレを、私はただただ呪うのみ。
あの時足を止めていればもっとじっくり見れたはず。あの微笑がどれほどの価値のあるものかを知らなかった私。
はぁ、と後悔の溜息をつくばかり。時間は決して戻らない。あの時の夜食べたパスタの味も覚えていないんだから、戻してくれたっていいのに。
そして何より、私は雲雀さんの笑顔以前に雲雀さんと会話をしたのが今日で三回目。
半年前のあの出来事からたった三回。一回目はおはようございます。って話しかけて、二回目はさようなら。
挨拶と業務事項だけ。
残念な結果に、恋の成績表はきっとC評価ばっかり。数字なら必ず1。
しかも毎日するような会話を二つだけ。この半年間の間で。
懊悩すべき点は、この恋心のブレーキだ。半年以上前なら何てことなく挨拶だって出来たはずなのに、普通はもっとスピードを出さなければいけない場面で、いつも急停車してしまう。信号が青なのに止まってしまう状況。
ああ、なんて、こと。
うまく行かない。料理は得意だし、掃除だって得意。それなのにどうして好きな人と会話というものが出来ないんだろう。好きなら、たくさん話せるはずなのに。
ハルちゃんとだって花とだって、他愛の無い事を話して楽しい時間を過ごしているのに。時間を忘れるくらいに。
けど、相手が男性だからって、あんまりしゃべらない人だからってそれが無理だとは思わない。こちらから友好的な意思表示を見せれば、きっと友達になれるはず。
それが、相手が雲雀恭弥だから、って事で。
相手が、好きな人だからって理由で。
何て面倒臭いんだろう。もう、早くアプローチしなくちゃいけないのにライバルはそこらじゅうにいる。
学校の中で一番モテているのは山本君とか獄寺君って表向きにはなってるけど、本当は雲雀さんっていう事を最近知った。
私だけじゃなく、この感情を持て余している子がたくさんいるって知って、私はとにかく焦っていた。最初は細く長くこの恋を楽しもうと思っていたけれど、そうもいかないらしい。
だからどうにかしなきゃ。
頑張って、話しかけなきゃ。
そう決意を新たにして、私は来た道を戻るのではなく、彼に言われたとおり教室に戻るのだった。
祝福の鐘の音が鼓膜に小さく響き渡った。現実逃避の旅は終焉を迎えて、ゴールは私にとってスタートと同じく酷いものだった。
真っ白な純白のウェディングドレスに身を包んで、この世の幸せをすべて感じているとばかりの笑顔を見せている。
一人虚しく、少し人込みから外れた場所から虚無の瞳で見つめる私って、きっとどうしようもないほど愚かなんだろう。
こんな、虚しさばかりの結婚式なんて始めてみた。
怒りすら覚えない。全て私の責任だから。虚しさを生み出したのは私だから。
足元はおぼつかなくて、地面がぐにぐにと柔らかい感触。頭はぐらぐらして顎を殴られた気分。
暖かい太陽の下で白いドレスは眩しすぎた。
私の眼球に耐え難い毒素を送り込んでくるのは、ハルちゃんのせいなのか、私のせいなのか、雲雀さんのせいなのか。
皆も笑顔で楽しそうで、心の底からの祝福の嵐。私はその中に溶け込む事は出来ない。液体になれないから。ね。
でも私の眼からは液体がどんどん流れ落ちていく。これなら溶け込む事は出来るかもしれない。
そう思っていても、足は動かなかった。
と、思っていると動いたけれど、残念ながら嵐の中には入れなかった。とぼとぼと、背を向けて歩き出す。
歩いているはずなのに、私は動いていない気がする。ちゃんと足に神経は通っていて、視線だって動いてどんどん前に行っているはず。歓声もどんどん小さくなっていて、鼓膜から遠ざかる。
それなのに、止まっている。
どんどん止まっていく。日本語がおかしいけれど、こう表現するしかないんだもの。
空は蒼くて仕方が無い。
涙は止まらないし、心はぐちゃぐちゃだし。雲雀さんは、今でも大好きだし。
冷たい教会の壁に肩を摺り寄せる。力が抜けていく身体。膝から崩れ落ちそうになるけれど肩で支える。それでもずるずると落ちるので頬もこすりつけて押さえる。
冷たい。
心の中は、熱を帯びたようにぐちゃぐちゃで、けれど、頭の中はひんやりと冷静。
感情は現実を否定していて、頭の中では現実を甘受している。
だから、矛盾なんだ。
カップを持っていた手が止まって、私の口から1cmほどの距離を置いて停止。
一口目のミルクティーを一人でお預け状態だった。
その時は矛盾じゃなくて、ただ単純な感情だった気がする。一言で言えば、何それ。かな。
私が一時停止をしている間、誰もそれに気がつかなかったのは、隣に花が居たから。そしてその花が驚いたようにハルちゃんに質問攻めをしていたから、二人の意識は私には向いていなかった。
「いつから!?」
「えーと・・・たしか9年・・・いえ、10年前・・・ですかね?」
「マジで・・・?え、でもたしか10年前もアンタって沢田のことが好きだった時期じゃないの?浮気?」
「浮気って・・・ハルたち付き合ってなかったんですからそんなのありませんよ。」
「えー、じゃあどうして?どういうこと?」
ミルクティーをとりあえず一口飲んだ。舌先に味が浸透していく。私の味覚は何とか正常に機能しているらしい。
「・・・ツナさんに告白する前に、告白されて・・・ハルが、ツナさんがすきなんですって言ったら、どうせフられるんだから今から告白しておいで。って、いわれて・・・怒って、ハルそのまま告白して・・・」
「あ、それ覚えてる。あんた教室から沢田に向ってツナさんすきですーー!って、叫んでたもんね。・・・そのあと沢田逃げちゃって・・・」
「・・・次の日に断られちゃいました・・・・」
「感情が高ぶるとろくな事にはならないわね。」
「はひ・・・」
「それにしてもそんな時からねぇ・・・まったく男の匂いを私に感じさせないなんて、アンタ大物ね。」
カップを持つ手を震わせながら受け皿の上に置いて、深呼吸を繰り返した。
少し困った顔をしているハルちゃんだけど、それでも少し嬉しそうな顔が見えた。
「・・・けど・・・・よかった、ね。」
何が?
けどの意味は何?
心の矛盾を押しのけて出した言葉は意味不明だった。それでも、私の陳腐な祝福の言葉を受け取ってはちきれんばかりの笑顔をお返ししてくれた。
「ありがとうございます!」
ふわっ、と心が温かくなるような笑顔だった。
もし、雲雀さんじゃなくて違う人だったなら、私は素直に笑顔を返していたのに。
お互いに運が無いと勝手に嘆きつつ、ミルクティーを飲んだ。今度も味覚はちゃんとある。
それなのに満足感は何も得られず、空虚な心はミルクティーでは埋められなかったらしい。
たとえば、の問題。
方程式を解くために、例題をあげてみたような過去の産物。今思い出して、どうしようというんだろう。
太陽を遮ってくれる教会の外の壁は、影になっていてとても冷たかった。ふと瞼が重くなったのは雪山遭難などである睡魔などではないと思う。
悲しさから逃げるための最後の悪あがき。
頭痛を覚えて、頭を抱える。
ハルちゃんと雲雀さん。その言葉が頭をしめていた間。私は思いだした。
頭痛の痛みの原点のような場所に、ふと、繋がった糸口。
10年前。
ハルちゃんが告白した。
ツナ君にふられた。
裏路地の雲雀さん。
「・・・そんな・・・」
いけない、事、を。
知った。
虚しさが、怒りとなって劣化して、また虚しさに早代わり。
あの裏路地の微笑の雲雀さんは、あの時からハルちゃんが好きだったはず。携帯電話を見てあんな顔をしていたのは、アレはハルちゃんを思っての顔だったのかも、しれない。
事実はこれからきっと知ることはできないだろうけど。それでも気がついてしまったものは仕方が無い。私が雲雀さんを好きになった事と同じように。
それにしても、こんな日に気がつくなんて、神様も酷い事をする。
空を見上げると、やっぱり空は青いままで、太陽も私を焼き尽くそうと光っていた。
「京子、大丈夫?」
祝福の嵐の中から抜け出してきた花が私の肩を揺さぶってきた。
普通に笑顔を見せて、私は大丈夫。と言った。
「・・・嘘ね・・・顔色悪いよ?風邪引いてるの?」
「違うよ、そうじゃ、ないよ・・・」
「もう少しで終わるから・・・ほら、ブーケトス。一緒に参加しよう?」
「・・・・うん・・・」
花に腕を引かれるままに、また戻ってきた太陽の下。階段の上でハルちゃんがこっちに気がついてほっとした顔をした。
ちくり、と胸が痛んだ。
隣に雲雀さんが立っていたから。
「よーし!それでは皆さん、いきますよー?」
女の子達を中心にハルちゃんを見上げていて、自分達も同じ幸せを掴もうとブーケを受け取ろうとしていた。
ハルちゃんが後ろを向いて、そのままてぇーい!と掛け声を出して投げた。
綺麗な、花が。
「あ・・・」
「・・・え・・・」
どうして、私のところに落ちてきたんだろうね。花。
すっとんきょな質問を驚いている花にぶつけてみた。きっと、階段の上ではハルちゃんが飛びっきりの笑顔を見せているだろうから。
おそるおそる、ちらりと見ると本当に思ったとおりの笑顔だった。
そして、そんなハルちゃんの笑顔を見て、雲雀さんが優しい視線を向けていた。
私は、幸せになれるんだろうか。
あの子から貰ったこの真っ白な花で。
暗くなっちゃったかな・・・?
でも片思いなら、こんくらいは・・・(酷
それにしてもヒバハルってきて、京子ちゃんと花ちゃん出すと、報告シチュエーションばっかりになるなぁ。もう!困ったちゃんね!(ウザ
最初は乗れなかったけど、後半から乗りに乗ってきたぜきゃっほーい!(←
リクエストありがとうございましたーww