暫く雨が降っていなかったが、どうやら夜に雨が降ったらしい。
そう思ったのはカーテンを開けたときに見えた窓の雫。そして僅かに湿っているような空気のせいだった。
雨が降った後の道路は濡れていて、バイクで走るのが少し面倒だ。ブレーキをするときに発する音がとても嫌いだから。
薄らとあけた眼を直ぐに閉じて、揺すってくるであろう手を待つのみ。
「ご主人様!早く起きてください!」
そう言うのは家で雇っているメイドだ。ポニーテールを揺らしながら、そのツリ眼をつりあげて、呆れたように起こすのだ。
頬を膨らまして、こうなったら・・・などと呟いている。それを聞いて目を大人しく開けた。
「おはよう。」
「おはようじゃありませんよ!もう!また学校に遅れてしまいます!」
ぷんぷんと怒りを露わにしているこの三浦ハルは、一応雇い主に対しての態度という前提で僕と話しているのだろうかと聞いてみたい。
あまりになれなれしく、自分の価値観で物事をはかり怒り、褒めてくる。それがとても新鮮で斬新で、だから飽きずに此処まで雇い続けてきた。
慌しく着替えを用意して鞄を持って外に出た。着替えは自分でするものです!と、初日着替えを頼んだらそんなことを言われた。
真っ赤な顔で言われた時に何だかムラッときた。
「あ、着替えましたね」
玉子焼きを机の上に置いていたハルがにっこりと笑って早く早くと急かす。時間が足りなくなってしまうと肩を押されて椅子に座らされた。
湯気がただよう和食の数々に、消化され何も残っていない胃がそれを欲していた。
ゆっくりと箸に手を伸ばして、いつものように食べ始める。その緩慢な動きが一人時間に焦らされているハルがあぁもう!とばかりに眉を顰める。
それを見てみぬふりをして美味しい朝ごはんを堪能している僕に、苛々としているのだろう。うろうろと意味も無く歩き出す。
時計をちらちらと見ては僕を見る。
急かせ。と無言の圧力。
「ごちそうさまでした。」
「朝ごはんに一時間もかけてどうするんですかぁ!!」
僕が両手を合わせてそう言ったのに、ハルは泣き崩れて机に顔を埋めてそう叫ぶ。机をどんどんと叩いてうわーん!と泣き続けるハルに、どうしてそこまで一生懸命になるのか分からない。
別に遅刻しようがしなかろうがどっちにしても僕には何の支障も無い。
僕のうちは結構な名家だ。金もある。そうすれば学力とか出席日数とかまったく関係なく卒業できるし、まったく誰にも咎められる事は無い。自由が大好きな僕はそれがいいと思うし、それは当然の事だと思っている。
だけど自分の価値観を基本として、世界の全てだと思っている彼女は大きく首をふって
「そんなの駄目です!学生生活といえば楽しい事ばっかりです!勉強に恋愛に友情!汗と涙!それをなくして大人になろうとするその腐った根性、この三浦ハルがたたきなおして見せましょう!」
なんて。
面白いことばっかり言う口に三本指を突っ込むと直ぐにやんだ。
ふがふがと言っていたあの時の顔はたまらない。久々に楽しいという気持ちを思いださせてくれた瞬間だった。
思い出に浸ってぼーっとしていると、ぷるぷると身体を震わして僕を恨めしそうに睨み上げるハルが居た。
「・・・何?」
「何?じゃありません!何ぼーっとしてるんですか!遅刻してるのにどうしてそんなに暢気なのですか!」
「君だってうだうだしてたじゃない。」
「それでも誠意というものを見せてくれたっていいじゃないですか!」
理不尽な申し出はもちろん真っ向から却下。首を無言で横にふるとまた泣き出しそうな顔をしたけど、下唇を噛み締めて我慢した。
成長なのかどうなのか分からないまま、ずるずると引きずられて玄関までつれてこられた。今日はあんまり行きたくない気分。
「学校いきたくない。」
「もう!そんなこと言って・・・いけません!さぼりは駄目です!」
「でも、いきたくない。」
「はひ!?・・・もしかして苛られているのですか!?」
もしそんなことしてきた奴がいるのなら三倍返しにして返り討ちにしてやるけど。
「うん。」
「・・・・・っ、っ・・・!!」
勝手に被害妄想を広げられる所は、僕は美点だと思うんだけどな。
ころころと蒼くなったり赤くなったりしていて、最終的には眼をぐるぐると回していた。
「そ、そんな・・・」
「休んでもいい?」
「・・・・・」
眉を下げて、小首をかしげて、そしてそして子供みたいな声を出せば。簡単に落ちた。
楽しい時間は早くて、まったく楽しくない時間は遅く緩慢に動くもの。
堂々と健康な状態で家に居る事が出来るのは休日くらいしかない。ベッドで横になっていたりソファーに座っていたりハルにちょっかい出して怒られるというとても充実した一日を過ごした。
昼食も和食風味で、平日一人で家に居るハルの生活が少しだけ分かった気がする。
裏庭に毎日猫がやってきて、ひっそりと餌をやっていたことを知った。窓から見下ろしてじっ、と見つめていると、しゃがみこんで猫と戯れていたハルが上を見て驚愕の表情。停止した凄い顔は、僕から眼をはなさずにそのまま。だから僕も逸らすこと無く見つめ返していた。
そうすると大声で謝罪の言葉を叫んだから、猫は驚いて逃げてしまっていた。土下座はとても綺麗だった。慣れているのかな。
猫の次は犬で、塀の向こうの森から野良犬がやってきたらしい、僅かに泣き声が聞こえてきたのは猫の餌やりの一時間後だった。その時はハルは僕の眼の前で掃除機をかけていて、犬の鳴き声が聞こえたとたん尋常じゃない汗を流していた。
塀に穴が開いていたらしく、そこから侵入してきた犬は餌をくれるハルを待って座っていた。ざっと見たところ10匹また同じところの窓から見下ろして、室内にいるハルを見る。ずっと汗垂れ流し。
餌は何処にあるの?と聞くと、直ぐに持ってきた大きなドッグフード。
それを受け取って窓からばらばらと落とすと尻尾を振って食べ始めていた。
ハルがどうしてそんなに動揺しているのか分からなかったけど、勝手に餌代を使ってごめんなさい。って事だったらしい。別にいいけど。
そんな昼間を過ごして夕方。茜色の空が沈んで、夜もまた楽しく、自由に過ごそうと計画していたのに。事件は4時を過ぎた頃だった。
「クハハハ!わざわざ僕がやってきてやりましたよ雲雀恭弥!」
「うせろ。」
「うせろとは酷いですね。学級委員としての義務です。僕だって君みたいなものに善意を使いたくありません。」
「善意なんて元から持ってないくせに。」
「まぁそうですね。とりあえずお茶でも貰いましょうか。寒いです。」
「わざわざありがとうございましたさようならまたあした。」
「全部棒読みですね。っていうかドア閉めないでください。そして鍵をかけないでください。」
プリントかなんだか知らないが持ってきたらしい。
持ってこなくてもいいし人材のチョイスが一体どうなっているんだろう。そしてあの蔕の部分は一体どうなっているんだろう。知りたくない。
鍵をしめてそのまま戻ろうとしたらドアが蹴破られ破壊された。
「人の家壊すなんて不躾なことするね。」
「クフフ・・・プリントも受け取らずに帰るからですよ・・・」
チッ、と舌打ちをするとばたばたと階段を下りてくる音が聞こえた。最悪の展開が予想できる。そしてそういう僕の不利益な予想は簡単に当たる。
「今凄い音がしましたけど!大丈夫ですか・・・!?」
包丁を持ったまま慌てて駆け下りてきている姿は三浦ハル風に言えば少しデンジャラスなんじゃないの。
一応認めたくは無いが、このもプリントを持ってきた南国果実は同級生で、詳しくはっきりといえば人間だ。クラス委員という立場上、らも不本意だろうがこうしてやってきたわけだけど。
「始めまして、六道骸と申します。雲雀君とはただのクラスメイトとして日々楽しませてもらってます。」
「あ、始めまして三浦ハルです。ご主人様のご友人がお家に来るなんて初めてです!」
お互いに物腰の柔らかい言葉遣いと慇懃な頭の下げ方でなんか、波長があっているんじゃないかと危惧する。
あんな南国果実に親近感を覚えたらそれはそれでいけないけれど、僕個人としての理由では、近づいて欲しくない。
「クフっ、ご主人様ですか・・・いい趣味してるじゃないですか、雲雀恭弥!クフフ!」
「黙れ。」
明らかに馬鹿にしたように笑うそいつに蹴りを入れた。
「はひ!お友達になんてことを・・・!」
「ああ、いいんですよ。男同士はこれくらいが丁度いいんです。」
はははは、なんて、爽やかに笑う南国果実。確かにこれくらいはどうって事ないだろう。普通の人間なら吹っ飛んで複雑骨折するくらいの衝撃を与えたんだけど。
ハルから見なくてもそれなりにショックだったらしく、そうですか・・・と言った後。最近の男の子は強いんですねと感心していた。
「それにしてもメイドさんですか・・・いいですね。ハルさん僕の屋敷にいらっしゃいませんか?」
「ほぇ?」
両手を包み込んでにっこりとそんなことを言いのけた六道骸の後頭部にまた蹴りを入れてやった。もちろん包丁を持っているから危ないよ。という警告などではない。
最近はトンファーばっかり使っていたから結構新鮮。
ぐらり、と前に僅かにのめりこんだが南国果実は後ろをゆっくりと振り返って笑いかけた。気持ち悪い殺気の籠もったそれで。
「何をするんですか?酷いですねぇ。結構痛かったですよ」
「勝手に人の家のメイドを口説かないでくれる?」
「口説いてなどいませんよ・・・ただ勧誘しているだけです。」
「黙れ。」
「何だかさっきから言葉が凄く淡白ですがどうしたんですか、貴方らしくもない。まるで僕に早く帰って欲しいみたいじゃないですか。」
「何当たり前の事言ってんの?」
「・・・あの、えっと・・・」
「ハル、ちょっと下がってて。」
「で、でも・・・何だかとってもデンジャラスな雰囲気で・・・」
「大丈夫だから。」
「そうです。まったく大丈夫ですから。」
「・・・・・」
「命令だよ。」
「・・・はい・・・」
とぼとぼとハルが階段を上がっていくハルを見つめて、足音が静かに遠ざかった所でまた蹴りを入れた。
一日中家の中で引きこもっていたら、いい事が無い。
今日はご主人様が学校に行きたくないと言いました。ハルはとっても吃驚で、意地悪なご主人様だから、まさかいじめられているなんて夢にも思っていませんでした。やっぱりとても繊細な所があったんですね。ハル反省です。
でも、今日は初めてご主人様のご友人の六道骸さんがやってきました。ハルはとっても嬉しかったです。ハルしかご主人様のお友達がいないと思っていましたから。あ、けど時々出てくるくさかべさんっていう人もお友達です。その二人だけしかいないと思っていたので、とっても嬉しかったのです。
こんどお見えになったらちゃんとおもてなしをしなければ。
そしてそして、苛めの事とかご主人様の学校での生活とかを聞いてみたいです。
なんて、日記を書いているなんて知らなかった。
一日家に居たら運動不足になるという理由で次の日は学校に行った。それがハルは六道骸が来たからだと勘違いして、更に友情という文字の大きさに感動するのだった。
最初来たときはどうしようと思いました。だって書いたことないしどうやって書くものかしらないし・・・!!
でも何となくこんな感じ?あんな感じ?っていったら私の趣味ど真ん中のドストライクで書いちゃいました。友情出演ありがとう草壁さん。あれ、違う?(違う
リクエストありがとうございましたーーww