小さい頃の薄ぼんやりとした、霧のような記憶だった。
唐突に見るその白昼夢に似たものは居眠りから出てきたもの。
大掃除をしているうちに出てきた古いアルバムのようなものだった。
「いいかい?僕が居ない間は君がハルを守るんだよ。」
言い聞かせるような声色。
しゃがみこんで俺と目線を合わせる父親。
頼りないと思ったのだろう。俺にトンファーをプレゼントしてきた。真剣な瞳。鋭い視線で俺を見つめて。
「頼んだよ。」
まだ言葉もあまりしゃべれない俺に、そんな事を言って出て行った馬鹿親父。
すがすがしい天気、日が降り注ぐ教室の窓際の後ろの席。ぽかぽかの昼下がりの夢に俺は怒りで狂いそうになっていた。
居眠りしていた事に誰も俺を咎めるものはいない。持ったまま寝ていたらしく、起きた瞬間に無意識にシャーペンを折っていた。
ふつふつと、幼い心に植えつけた最後の記憶は最悪なものだった。歩け始めたあの時の俺ですら、その記憶は強烈なものだったらしい。
まるで刺青のようにとても鮮明に刻み込まれている。
あまりにも、不条理だ。
勝手だ。
父親は消えた。
俺が物心がつく前に消えた。
母さんと俺を残して、あの親父は自分の探究心を尊重した。
ぎり、と、怒りで歯をきしませると、授業中の空気がぴりぴりしたものになり、クラスメイトは肩を震わせたり手を震わせたりして恐怖を示している。
教壇に立っている教師は俺を見て顔面蒼白で直ぐにも倒れてしまいそうになっている。
それに更に怒りを煽られるが、またとんでもない事を思い出す。
父親は中学校が大好きだったらしい。中学校というかこの町が。
好きでたまらなくて、風紀委員長になって風紀を守っていたらしい。
言葉で表すととても間抜けだ。あの鋭く冷たい雲雀恭弥が、風紀委員長?はっ、と鼻で笑ってしまう事実だ。今の並盛中の風紀委員長は名ばかりで、サボリ魔なのは有名な話。
風紀委員の腕章をつけている生徒をたまに見かけるが、あの腕章をあの父親がつけるのか?
というか中学校という場に似つかわしくない。
それは自分が親という暗示にかかっているだけなのだが、あの父親に中学時代があったなんて信じられない。もしかしたら100年前から生きているんじゃないかと思えるくらいの強さと自由さ。
あの人生を満喫している馬鹿親父は、俺に今身体に隠しているトンファーしかくれたことがない。
誕生日の日には任務で居ないし、誕生日プレゼントだって何かくれればいいものを何も無い。会話だってした事が無いし、出て行ってからそろそろ10年。顔も写真ですら拝めない存在だ。
別に俺はそんなのはいい。誕生日を一緒に祝ってくれなくても、歌を歌ってくれなくても、プレゼントをくれなくてもなんでもいい。どこか行ってしまえばいい。
でも、母親の母さんは違う。
俺のこの気持ちとは違うものだ。
親とか兄弟とか、血の繋がりなんてまったく無い赤の他人だった母さんは、父さんを好きになって結婚して俺を生んだ。
それは愛しているからだ。
あの自由奔放な最低な親父に惚れている。
いつも夜遅くまで親父が帰ってくるんじゃないかと期待して待っている姿を毎晩見ている。
泣いている姿も見たことがある。
母親のそういう姿を見るのは、子供の心を痛めるには十分なものだった。
そして、怒りを覚えるにはこれまた十分な材料。
苛々苛々。
ぎりぎりと歯を軋ます。俺はどうやら寝ているときの歯軋りが酷いらしく、いつも奥歯に穴が開いている。歯医者が嫌いな俺は行きたくないので自分でセーブしているつもりだが、心の奥底に鎮座しているストレスはそんなのまったく関係ない!とばかりにいつも歯に新しき穴がどんどん出来ている。
いつか俺の歯は粉々になってしまうんじゃないかと思う。
もういっそのことダイヤモンドにでも変えてもらおうか。そうすれば硬いもの同士で押し付けあって、決して割れる事は無いだろう。俺の顎が危険だが。
くだらないことばかり考えてしまうのは、きっとこの授業がつまらないからだ。
そうだそうだ。俺は何も悪くない。
ということで、
「先生。早退してもいいですか。」
「ど!どうぞ・・・!!」
学校で父親への怒りを再確認した俺は、帰り道でも更にその怒りを爆発寸前まで膨張させる事に成功した。
夜遅くまで起きている母さんの事を考えない非常識ヤロー。
付き人の草壁という人に迷惑をかけているとボンゴレの情報から流れてきて、ああもうアイツ最低なヤローだ。
それに噛み殺すだの何だの言って暴力的な人間だとか。何だそれは頭おかしいんじゃねーかバカヤロー
あの六道骸と中学生時代に戦って負けたらしい。馬鹿だ、弱すぎる。俺なんていっつも家に上がりこんでいるパイナップルを始末してるっていうのに弱いぜ馬鹿親父。
しかもディーノの方が強かったらしい。馬鹿じゃねーの、あんなへなちょこ一発KOだろーが。
ハンバーグが好き?子供かよ。何で俺と趣味が一緒なんだアンチキショー
持っていた鞄に力を入れすぎて取っ手が破れてしまったプチ事件が起きたがいつもの事。それにもう家についたのでよしとしよう。
さぁ、母さんはどうしているだろうか。
紅茶でも飲んでいるのだろうか。
テレビを見ているのだろうか。家事をしているのだろうか。
まさか馬鹿親父を待っているのだろうか。
いろいろな憶測を頭の中でめぐらせて、リビングのドアを開けると衝撃の光景が。
「あ・・・・」
「やぁ、早いね。」
やぁ。なんて、軽々しく、なれなれしく話しかけるのは俺とそっくりな顔をした、今さっきまで怒りでどうにかしてしまいそうだった根源の雲雀恭弥が母さんの上に圧し掛かっている光景だった。
母さんは泣いているのは感動しているのだろうか。それとも拒絶で泣いているのだろうか。
後者だとすれば・・・・いやいや、後者だ、きっと拒絶だ。そうに決まっている。
それにこれは雲雀恭弥なんかじゃない。俺の父親なんかじゃない。俺は何も知らなかった。知らないで暴漢に立ち向かっていく勇敢な息子として雲雀恭弥の名に傷はつくことは無い。
よし、
「誰だコノヤロー!!」
この眼の前の・・・じゃない、俺の心から憎む父親から貰ったトンファーを振りかざして母さんを襲っている暴漢に殴りかかると簡単に同じトンファーで受け止められた。
口元にうっすらと笑みを浮かべた父親・・・じゃなくて暴漢は楽しげに声を弾ませる。
「ワォ、強くなったんだ。あんなに小さかったのに・・・」
「はぁい?貴方どちら様でしょーか?俺は暴漢するような人間と知り合いなんていませんけどー」
「ふぅん。父親に向ってその態度・・・許せないね。」
「え!?貴方がかの有名な俺と生き別れの父親様だとでも・・・!?何て事だ、節操の無い父親の元に生まれてきたなんてなんて由々しき事態なんだ・・・!」
「あの、あのあの!ちょっと二人共待ってください!!」
大仰に、縁起臭く額に手を当てて天を仰ぐ。俺は何と言うかわいそうな息子なんだ。と言葉を付け加えて舞台俳優を目指そうかな。と冗談を交えるくらいの冷静さはあるらしい。
あわてて腕を振って俺と父親らしき・・・いやいや暴漢・・・いや、もういい。これは父親だ。まちがいなく。
俺の父親の雲雀恭弥は俺をじっと見つめて、母さんに視線を移した。
「ねぇ、コレどうやって鍛えたの?」
自分の息子をコレ呼ばわりする間は、俺の怒りは収まることは無いだろう事を今分かった。
不躾に指差してきたし。あー、あの指折ってウインナーに出来ないかな。焼いて塩こしょうで味付けするとおいしくならないかな。
「コレって・・・恭弥さんの息子なのになんてことを・・・!」
「母さん、ちょっと離れようよその人から。」
牽制しあうように父だの息子だの触れないようにしている。視線がバチッ、と交じえば火花が一気に導火線に火が付いたかのように弾ける。
肩を抱き寄せるというのは、少しの抵抗があったがやはりそれしか救助する手立ては他には無い。
いつも家を空けていた馬鹿親父は、俺にはなんの感情も無いらしいが母さんは違うらしい。
俺が引き寄せると明らかに不機嫌そうな顔をしたのを見逃さなかった。
「ねえ、離してくれる?」
「どうして?」
「ハルは僕のだから。」
「・・・母さんは俺のだ。」
思春期の男子にとって、これ以上の何を望むのだろうか。
一気に羞恥で頬が染め上げられていく。
ああ、恥ずかしいったら・・・!
母さんに顔を見られないように、僅かに顔を背ける。でも感動しているらしい母さんは俺に視線を送ってきている。
「・・・はひ・・・母さんは俺の・・・だなんて・・・!」
「・・・ハル、何ときめいてるの。」
「だ、だって・・・」
指を絡めて恋する乙女ポーズでこっちを見ている母さんに、眉を寄せて睨んでくる父親は、俺の想像していた父親像とは少し違っている。
家庭なんて要らない。
妻なんていらない。
息子なんていらない。
みたいな事を考えてる人だと思ってたけど。
嫉妬深い。今まで放りなげてきたっていうのに。
ぎり、とまた歯が軋む。
「あ、そうです、忘れてたことがありました。」
手をぽん、と叩いて俺の腕からするりと抜けた母さんは、父さんの前に立って手を振りかざした。
―――パンッ
とても当然の流れだというように。
動揺も無く、普通に叩いた母さん。
少し驚いた表情をした父さんが、赤くなった頬にぱちり、と眼を見開いた。
真顔だった母さんの表情は、口元を綻ばせ、目元は花が開花したようににっこりと。
「おかえりなさい。あなた。」
初めて聞いた、妻として夫を呼ぶ声。
不思議な単語のように、思わずぽかんと口を開けて凝視してしまった。
父さんも同じ顔になっている。
「―――・・・ただいま・・・」
あ。
俺の中の父親像が、破壊されて再構築されていく音がした。
違うものになっていくその形。
もう邪魔する気にも、咎める気にも戦う気も全て萎えさせる。
父さんも俺と同じ子供だった。
母さんの許しを得て、安心した表情。
――何か、もう。
へなへなと身体から力が抜ける。今までの置いていった時間の怒りも身体の奥に沈んでいく。
――・・・いい、や・・・
けど、息子の前で熱烈キスはどうかと思う。
決して全部を許せるわけじゃないけど、今はもういいや。
という大人な雲雀家の長男。
楽しかったですーww
けどリクエストとこれはちょっと違うんじゃないのかな・・・?
と、不安になりつつも楽しかったですw(←
title hazy