たとえば僕が、生き物の音波を知ることの出来る機械ならば、信憑性の薄さを示しているそのお腹の中を見れることが出来るのに。

「妊娠、しました。」

にっこりと、でも何処か不安げに揺れている表情。

お腹に当てられた手は、何も感じ取れない小さな命に触ろうとしているのだろうけれど。

唖然としたような感情が、いや、無かな。

一瞬の隙を作れる最大の一言だったなと後で思った。

 

 

 

妊娠の事実を知らされて、命というものを作ったのは紛れも無く僕とハルなんだという事が分かった。

無理矢理に意識させられるその薄っぺらなお腹は、数ヶ月前までと何の変化も見られないものなのにどうしてか今改めて見ると違うものに見える。

ハルが手を無理矢理当てられて、そこにはやっぱりただの体温しかなかった。

「ぷにぷにだね。」と言ったら怒られてしまった。

そしてそれからというものは恐ろしかった。タダでさえ恐ろしいハルは、いつも突拍子の無い事をするのだ。ぽつりとケーキが食べたいと言えばそのまま有限実行で真夜中にも関わらずケーキ屋に走るが、もちろん開いているわけも無く、最終的にコンビニのケーキで譲歩したのはケーキ屋を七件目に向おうとした時の僕の電話だった。

寒い冬の夜のその日は、僕が仕事で遅くなり、帰っても誰も居なかったので電話をして事の事情を聞いての命令だった。

帰ってきたハルは鼻や頬を真っ赤に染めて嬉しそうにケーキを頬張っていた。

そんな事件がたまにあるので、妊婦というものは激しい運動や無理な事は極力避けないといけないと、浅い知識でそれだけは知っていたので恐れていた。

妊娠した、妊婦になった、でもお腹は膨れてない、でもハルはハルのまま。

何も成長を遂げていない。

昨日の夜から今日の朝までの間にハルは妊婦としての自覚はあるようだが、それ以前に三浦ハルとして生きてきた時間がその意識を打ち消しているらしい。

「ん・・・あと、ちょっと・・・!」

高いところのクッキーの缶を取ろうとしている場面に遭遇したのは、朝ごはんを食べようと顔を洗って欠伸をしていた時だった。

ショッキングな光景に朝から心臓が冷える。

硬直して、片足で椅子の上に立って、ぷるぷると身体を震わさせて戸棚の上の缶を取ろうとしている。

その衣服の下の更なる奥には無防備な硝子よりも繊細な命が詰っているというのに。

命を日頃から軽く見ないでと言っていたこの馬鹿女は、自らの食欲には命よりも勝ってしまうらしい。

「何してるの。」

低い声で話しかけると、へ?と声を漏らしてこちらを見る。

危なっかしいったらないその体制に、睨みを利かして下りろと命じる。

「え・・・でも、クッキーが・・・」

「僕が取ってあげるから。」

椅子から下りたハルは、僕のこの親切心と言うか危機回避ゆえの言葉に、瞳を輝かせて此方を見ている。

一生に一度見れるかどうかの雲雀恭弥がクッキーを取るという光景を記憶喪失にでもならない限り忘れない!というような視線でこちらを見ている。

「ほら。」

「・・・・・」

差し出しても応答は無い。ずっと恋する乙女のような視線をこちらにむけて発射している。

指を絡めて頬を染めて。僕に気がつき照れながら受け取った。

「な・・・なんだかとっても照れます・・・」

何が。

僕と着眼点の違いがいつも浮き彫りになるのだが、今回も今回でまるっきり分からない。

何処に照れる要素があるんだろう。

反省すべき点はたくさんあるけど。

「ねぇ、悪阻って何も食べたくなくなるもんじゃないの?」

「あー、そうですねぇ。」

他人事のように一言呟き、クッキーを一口。

「・・・人それぞれらしいです。急にナスが食べたくなったりだとか、お肉が食べたくなったりだとか・・・いろいろあるみたいですけど、ハルはまだつわりとかそういうのは無いですよ。・・・つわりってどんな感じなんでしょうかね・・・?」

ぼりぼりと租借しながらの言葉はあまりにも額に手を当てたい気分だ。

なぜか、なぜか身体から力が抜けそうになる。

妊婦の生態系がどんなものかまったく知らないが、こんなに暢気なものじゃないと思う。

もっと自分の身体を一番に考えるものだ。

自分よりもお腹の命を過保護にしたりするだろう、普通は。

「まぁ、よく分からないんですけど・・・おいしーですねクッキーは!」

食べかすを口元につけて、にっこりと。

朝からクッキーを食べているという贅沢に酔っているような気がしてならないが、おいしそうにばりばりと食べる姿はまぁ、いっかと思えるようなものだ。

椅子に座って手を合わせる。ハルは隣の部屋に座りテレビを見ている。昨日の夜はしゃいで眠れなくて朝まで起きていたらしい、朝早くから自分だけご飯を食べて時間を持て余していたらしい。一人で食べる食卓はとても静かなものだった。

結婚生活の中で隣に居るのに一緒に食べないというこの違和感がむずむずする。

「あ!駄目!」

「っ、何?」

いきなりの声に驚き、直ぐにハルの元に駆け寄ったらテレビを真剣な表情で見ていた。

「ほらぁ・・・また犯人に逃げられてます・・・・あ、昨日撮ったドラマですよ」

「・・・君、ムダに騒がないでくれる・・・?」

「・・・恭弥さん、過保護ですよ・・・」

「君が危なっかしすぎるんだよ。」

「・・・ほら、早く食べなくちゃお仕事に遅れちゃいますよー!」

ぐいぐいと隣の部屋に押しやる。その腕に力を入れているという事を敏感に気にしてしまうのはどういう事だろうか。

昨日まで妊婦だと知らなかったら別にどうでもいいことなのに。

「う・・・ほ、ほら・・・早く・・・」

「・・・・・。」

しょうがなく、とりあえず早く食べてそばにいよう。

今日は仕事は休もうかな。

 

 

 

女の子だったらしい。

他人事のように心の中で輪唱する。

前もって知るのは、サプライズが無くなるのでやめましょうと言っていたハルだったが、やはり前もっての準備が必要なので教えてもらう事にします。と、言っていたのは朝だった。

電話越しに聞こえた事実に、ふわり、と胸が軽くなった。

二分の一の確立。

たったそれだけの話。

「・・・そう。」

でも、とても感慨深いもの。

お腹がサッカーボールが入っているんじゃないかと思えるくらい大きくなり、寝るのも大変そうになってきた頃。

もう直ぐ、その大きな重さが生まれる。

一年近くもあの重さを抱えて生活してきて、お腹がぺたんこになって得られる命。

それがまったく想像できなくて、ふと考えに浸っていると電話から呼ぶ声が聞こえる。

「恭弥さんってば!聞いてますかー!?」

「・・・ああ、うん。聞いてる。」

「・・・後ちょっとで生まれますよ。女の子が。」

同じ事を考えていたハルが、心の吐露。

名前、たくさん考えましょうね。って、楽しげな声で。

 

まったく忘れていた大イベントを思い出させてくれた。

 

 

 

 

このリクエストは一番書きやすいんじゃないかと思っていたのですが。

一番書きにくかったです。それは私が妊婦の情報が頭に無かったから。(ぇ

つわりにお腹が大きくなること、そしてそして好き嫌いが多いとかしか分からなかったよぉ!!(←

あー・・・ネットで調べるとか親に聞くとかあったのに、とにかく話だけが頭の中で出来上がって、それを忘れないうちに文章にしなければ!って事で調べる事も無く、早くupしなければという使命感に後押しされたという言い訳がましい結果に・・・!!(涙

あー!駄目だよ私これじゃあさぁ!!

 

でもでも!また次の機会に書きたいです!やっぱり。

子供が好きなんです。私。特に女の子。

結婚できなくていいから子供が生みたい・・・女の子を・・・(何それ

 

リクエストありがとうございましたーww

 

 

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