形容しがたいもの、だ。

顔を苦々しさに染めて、草壁は見つめる。

ぼーっと窓の外を見つめたり、シャーペンをくるくると回していたり、しばらく同じ場所から動かず、声にも音にも反応しなかったり。

ああ。

嘆くように呟く。だが音に敏感な主はそれすらまったく気付かない。

なんてこと、だ。

 

 

 

屋上の風が、草壁の悩みを吹き消すように吹く。屋上には体育座りで座って何にも反応しなくなった、屍と化した雲雀が髪をたなびかせている。

頭にヒバードが乗っても何にも反応を示さない。

由々しき事態のこの現状。

全ての原因はすぐさま答えにたどり着けるほど簡単なもの。

明瞭なその全ては、草壁の頭を更に悩ませる。

どうしようもないものらしい。

恋。というものは。

恋愛というものに不釣合いな草壁と雲雀は、まさかそれに悩まされる日が来るなんて想像していなかっただろう。

想像以上の事態に対応するには経験値が足りなかった。

春の訪れを予告するかのような、そんなものはまるでなかった。

いきなり訪れて、台風が通っているかのように荒々しくかき乱す。

だが、雲雀は逆に大人しく、静かになっている。

台風の真ん中にいるようなその姿を治すにはどうしたらいい。

溜まっていく仕事、少しずつ荒れる風紀。

「・・・・委員長・・・そろそろ・・・」

小さく呟かれた言葉は、いつもならば簡単に届くはずだった。嫌でも届いて、機嫌が悪かったらトンファーで殴られるほどに反応が見られる音量だった。

それなのに、今は風に身を任せているかのように髪を揺らし、眼は一点に集中されている。

早く来い。と。

静かに望んでいる。

剣呑な視線は今、緩みに緩んで意志がそこに宿っていない。

無意識なその欲に、頭を垂れているかのよう。

「・・・委員長・・・」

「・・・。」

ぴくり、と反応があった。

眼が軽く瞠目し、グラウンドを見つめていた。食い入るように見つめるその先は簡単に想像がつき、出迎えるかのように視線をそちらに向けると草壁も瞠目した。

「な・・・」

仲良さげに、あの跳ね馬ディーノと三浦ハルが歩いてきたのだ。二人きりで。

眼球を空気に晒す面積を増やした原因はこれだったのかと、草壁はバッと雲雀の表情を伺うと、真顔でぴくぴくと目元が痙攣していた。

ゴゴゴゴゴゴ。

と、何処からか音が聞こえてきたと思ったら、雲雀の背後から真っ黒いオーラが噴出している。

 

な、何をしているんだ三浦ハルは・・・!!

 

その思いを込めて睨みつけるように見つめると、ディーノが転んだ。

超能力というものをまったく信じていない草壁の眼力で転んだのならばそれはそれで超能力の可能性について考えるのだが、今はそんな場合じゃない。

こけたディーノにしゃがみこんで何か話しかけている三浦ハル。

そのしゃがみ方だと完璧にスカートの意味を成していない。

三浦ハルという人間は、何年女子という性別として生きてきたのだろうか。

呆れの溜息を吐きそうになったが、雲雀の殺気がとんでもないものになって肌をぴりぴりと攻撃してくる。

思わず詰った喉元で、咽る事も許されない。動く事ももう出来なくなってしまった。

ディーノが何かしゃべると、一拍置いて三浦ハルが真っ赤な顔になった。あわててスカートを掴んで隠したが、体制がぐらりと動いて後ろに倒れた。

足が開いてしまい、草壁は目を手で覆う。

もう駄目だ。

三浦ハルも、雲雀恭弥も。

何も見たくない。何ももう関わりたくない。

卑屈に脳を染め上げて、これから起こる事すべてを遮断するかのように眼を閉じる。手で顔を覆ってもう俺は何も知らないし何も見てないし何も聞いてない。関係者ではないとばかりの無言の拒絶。

ゆらり、と空気が動いた。殺気が移動している。

その感覚につい眼を開けて手の隙間から覗くと、ゆらゆらと、腕をぶらぶらと揺らしながら雲雀が一歩一歩、おぼつかない足で歩いていた。

肩の学ランも桜の花びらが落ちるかのようにひらひらと動いている。

「あ、委員長・・・」

「・・・噛み殺す・・・」

ぼそり、と呟かれた言葉は怒気を孕みすぎてパンクするんじゃないかと思えるほどに低かった。

かすれた声は疲労と怒りの二つを伺えるが、今回は怒りしか見えなかった。

ちゃんと見ようと手をどけてももう遅い。雲雀は屋上のドアを開けて緩慢に凱旋して行った。

時が止まったかのように草壁は動けなかった。恐怖じゃなく、ただただ地面に縫い付けられたかのように動く事が出来なかった。

恋愛に振り回されている主を目の当たりにしたショックだろうか。

だがいつも見ている事だ。

あまりにも猛々しく、静かな冷静な怒り。

新たな一面を見れて喜びで硬直したのだろうか。

ひゅうっ、と風が叱咤するように一吹きし、ハッ、と意識を覚醒させて動き出すことが出来た。フェンスの向こうのグラウンドはまだ三浦ハルとディーノがしゃべっていて、雲雀の姿は居ない。

追いかけなくては。

止めるとか止めないとか、役に立つとか立たないとか。それ以前の問題だった。

開けっ放しのドアをそのまま活用させてもらいダッシュで駆け下りていく。

階段を二段飛ばしで、リーゼントを大きく揺らしながら。そして二階の階段で窓から見えた風景は、あのゆらゆらとした雲雀が歩いている所だった。一直線にあの二人の場所を目指していて、増幅させられている怒りは紫色のオーラのように放たれている。

早く、とまた一歩踏み出そうとすると、グラウンドが炎上しているかのように砂埃が巻き上がっていた。

そこはディーノと三浦ハルが居た場所で、雲雀はまだあの場所から変わっていない。

多分、トンファーを投げたのだ。

片手に持っているもう一つのトンファーは殴る為にとっておくらしい。また一歩一歩、ゆっくりと歩き出す。

草壁ももう一度ダッシュをして駆け下りて、上履きのままグラウンドに出ると雲雀はもう既に二人と接触していた。

 

 

 

「あーっぶね・・・おい、恭弥。こんなあいさつはどの国でも通用しないぜ?」

「けほっけほっ・・・!な、何ですかこのビッグパフォーマンスは・・・!」

「・・・・・・。」

「ハル、大丈夫か?」

「あ、はい・・・」

ああ・・・

「ねぇ、跳ね馬。」

「ディーノだって」

「噛み殺していいよね?」

「は!?・・・よ、良くねー、」

部下が居ないと、ボスはへなちょこになっちまうんだ。

ずっと前に聞いた当たり前の事となっている今。頭の中で残響した。

顔がぼこっ、と音がするほどの一発目。吹っ飛んだディーノに更に飛び掛る雲雀は、直ぐそこに落ちていたトンファーを拾い上げ一気に殴りかかる。

「げふっ」だの「ごふっ」だの「あべっ」だの「ぐほぉっ」だの。いろいろな声が聞こえるが、砂埃が新たに舞い上がり、シルエットだけで視界に入れられるだけで幸運だ。

もし生でそんな光景を見ていると、この三浦ハルは失神してしまう。

「あ・・・・あ・・・」

今も顔面蒼白になって、よろよろと貧血で倒れそうになっている。

「・・・あ、あれは・・・ぼ、暴力・・・ですよね・・・?」

「・・・・・いいえ、あれは違います。」

「だ、だって・・・・あれ・・・」

ぷるぷると震える指で指すのはもちろんあのおぞましいシルエット。

ぐ、と黙り。一瞬の間を開けて言った。

「・・・あ、あれは・・・マッサージです。」

「・・・はへ・・・?」

「常々、ディーノは疲労で身体ががちがちになっていると委員長に電話でぼやいていたので・・・その、サプライズでああやって・・・マッサージ、を・・・」

自分で言っていても、あのシルエットだけで声が出なくなりそうだ。鳴り止まない骨の軋む音に、ディーノの声。

おぞましい。

自分の事ではないのだが、殴られる音がするたびに自分の事のように思えて鳥肌が立つ。

鈍重な音は軽やかに鳴り止む事を知らない。

「・・・そ、そうだったんですか・・・」

蒼白になっていく草壁の顔色とは裏腹に、三浦ハルはきらきらとその大きな瞳を輝かせて、血色のいい頬を高揚させていた。

友情。なんとすばらしいものだ。

今そんな事を言っても吐き気を誘う言葉としかならないのだが。

「感激です・・・雲雀さんっ・・・!」

指を絡めてきらきらと、恐ろしいシルエットを友情の証だと思いこんでいる三浦ハルは凝視している。いつまでも鳴り止まない音は、それが友情の数値だと思っているんだろう。

真実は痛みの数値であるのだが。

どうか、と願う。

どうか、頼むから。

この砂埃が恒久なものであってくれ。

それか、ロマーリオのおっさんが此処に来る事を、

 

ただただ、願う。

 

 

 

 

振り回されてるの草壁さんじゃねーか!(卓袱台返し

ふと書き終わって思ったことがそれでした。すみません。

 

何故私はリクエストというものの意味を知らないの。馬鹿なの?リクエストを求めておいて何これは。

頭を箪笥の角でぶつける以上の謝罪ってある?ねぇ。あるの?(←

 

 

title 蒼灰十字