綺麗な星が散らばる夜空を優雅に見上げているのは、とある国の諜報部のトップだった。

仕事を終えて、自室の窓から見上げる空はとても綺麗だった。

じっと見つめるその瞳の奥には、今日の昼の出来事が頭から焼きついて離れない。

ゆっくりと瞼を閉じて、その光景を思い返した。

 

 

 

いつも大きな組織の裏には必ずと言っていいほど闇が存在していた。

大きな光になると、必ず大きな影が後ろについているものだ。

その影を探るべく潜入したのはとあるパーティーだった。パーティーというものは人間が集まってくる場所で、闇の人間もそこに紛れればただの人間。社交的な笑顔を浮かべているあの男も闇の人間だったりする。

普段着ない堅苦しいスーツから逃れる為に、少しだけネクタイを緩めた。

人の群れの中に飛び込むこと事態が苦痛だというのに、何故こんな事をしなければならないのかと言われればとても簡単な事だった。

全員風邪。

流行り病など無い。

ただ12月のクリスマスに女と一緒に過ごせない腹いせに部下は皆集まり二日間飲み続けたらしい。その時アラウディは遠い国に出向いていてそんな事実は知らなかった。自分の組織の中とはいえ、油断していた。

その飲み続けた後に全員は酔い、頭が正常に回らなかったらしい。全員服を脱ぎ捨て、12月の一番寒い日を暖房もストーブも無しに過ごしたのだ。

当然体の温度は下がり、喉も痛み頭も痛み。熱は上がり頭はぐらぐらだ。

情けない醜態を外に漏らしたくない一心で、部下の仕事を一人でする羽目になった。遠い国に行ったときについてきた二人の部下は大丈夫で、有無を言わさず仕事に駆りだしているが疲労でダウン。

さすがにアラウディも肩が重く感じ、この仕事が終われば暫く休暇を貰おうと決意する。

きらきらと光るシャンデリア、その下で紳士淑女が緩慢な動作や物腰で話している。

そのざわめきの中、一人孤立しているアラウディの足元が揺れているように感じる。

そしてその揺れは頭痛を呼び起こし、完璧なる疲労が見える。

頭を抑え、ゆっくりと外に出て涼しい夜風を浴びる。

パーティー会場とは打って変わって真っ暗な外の世界に、居心地がいいと瞼を閉じて享受する。

この冷たい風も今は悪くは無い。

静かな外の世界を堪能していると、芝生をハイヒールか何かで踏みつけるような音がしてきた。眼を開けて僅かに遠い場所に女が額に汗を滲ませて困ったような顔をしていた。

「・・・あの、私は大丈夫ですので・・・」

「いえ、貴方に何かあったら私は彼に怒られてしまいますよ?それでもいいと言うのなら放っておきますが」

「・・・すみません・・・」

肩を抱く男に少しばかり牽制をしつつそう会話をしている女。

月の光に照らされて見える表情は、アラウディの身体に雷を落としたようだった。

頭からつま先まで痺れ、女の顔から視線を外す事が出来なかった。

「ですが、私が出てしまったんですから、貴方だけでも中に居ないと・・・・」

「・・・・仕方が無いですね・・・男はいつ狼に変身するか分かったもんじゃありません。それだけは覚えて置いてください。」

ちらり、と此方を睨んだように思えるのは気のせいなのか。

アラウディはソレすら判断することが出来なかった。

肩を一度軽く叩いて、男は喧騒の中に戻っていった。静かな風が吹き、女の髪を揺らした。

むき出しになった肩を寒そうに擦り合わせ、唇を尖らせてぼそぼそと呟いた。

「何でおにいちゃんは私なんかを出席させたんでしょーか・・・まったく・・・でも、デザートはおいしかったですけど・・・」

寒いですー。

夜空を見上げて僅かに声を出した。

むき出しの鎖骨が僅かに動き、ゆらり、と脚が動いた。

ゆっくりと近づいて、何をするのだと自問自答をしながら。

「・・・はひ?」

普通に近づいたので、女は気がついた。間抜けな顔をしてアラウディを見つめる。

首をかしげながら

「何か御用でしょうか?」

と、嫌味っぽくなくそう言った。

つい引き寄せられる様に脚が動きました。ともいえず、何か理由を探していると思いついた。

堅苦しく、邪魔だったスーツの上着を脱いで女の肩に掛ける。

「寒そうだったから・・・いや、寒そうでしたので」

社交的に乗り切れる場面だ。

スーツを掛けられ、眼をぱちぱちと数回瞬きして警戒心など皆無の笑顔を見せた。

「どうもありがとうございます!」

その瞬間に何かがはじけたような気がした。

真っ暗な夜空の下。喧騒の光によって対峙した二つの影。

まるで運命だと、柄にも無く思ってしまった。

 

 

 

小さな道を歩くアラウディは、今さっき情報の報告を終え帰るところだ。

早く帰り、一刻も早くプライベートで情報収集をしたいものだ。あの時のパーティーの女は何処の誰なのか調べる時間が残念ながら無かった。

あの後女は光の中から男にまた呼ばれ、慌てて中に入っていってしまった。

スーツの上着などはどうでもいい、ただまた会いたいという不思議な気持ちを持て余している。その原因を知りたいだけだ。

人の影はまばらなこの廊下はアラウディのお気に入りの道だった。小さな路地を行き来するのが一番いいのだが、かえって目立つような気がして適当に人がいる場所で歩いている。

だから、殺意が僅かに燻っていても直ぐに分かるのだ。数人の気配、その中の一つが湯気のような殺気を出していた。

くるりと素直に振り返ると、ゆっくりと歩いてくるのはどこかで見た顔。

「始めまして。」

金髪の髪を揺らして、後ろに数人の男を引き連れている男。確か前に見たことがある。

数ヶ月ほど前の情報収集が終わり、敵を抹殺して暗闇に紛れ込んで帰っていると、頭から綺麗な炎を燃やし、視線がぶつかった。

覚えているのは、あの男の力量が一目見て分かったからだ。手から燃え上がる橙色の炎と、眼に宿るその意思の強さ。

その男が今、昼間人通りが少ないこの道路で向き合っている。

今は炎は出していないようだが、緩やかな殺気でやはりこの男は出来ると確信した。

「何か用?ボンゴレファミリーのボスのジョット。」

「へぇ、俺の事を知ってるんだ。」

こんな弱小ファミリーを、と、謙遜する素振りを見せる。うっすらと浮かべた笑みは僅かに殺意を薄めているように感じられる。

「さすが諜報部のトップだ。」

「・・・で、君は部下を引き連れて俺とただおしゃべりしに来たわけじゃないだろ?」

「まぁね。」

肩を少しすくめる。そして真剣な眼で、

「お前を見たときにぴんと来たんだ。お前は絶対に俺のファミリーにいれたいと。」

ぴくり、と眉を動かした。怪訝そうな表情に素直だなとジョットは思った。

「何それ。いきなり勝手な・・・いや、君はもしかして馬鹿なのかな?」

「失礼だな。運命を感じたんだよ。お前だってそういう時があるんじゃないか?それと同じだ。」

するり、と頭のなかで瞬時に映像化されたのは二つの影が伸びる夜空の下のことだった。

自分のスーツの上着を落とさないように握って、笑顔で御礼を言ったあの女。

一瞬黙ったアラウディの表情に、口元を綻ばせる。

「俺は直感が冴えてるんだ。結構当たる。だからお前もファミリーに入れたい。」

「・・・・・・」

「まぁまぁ、結構成果は出してるんだって、遠い異国の地にいる俺の仲間もすぐに親友になったしな。」

「そんなのまったく興味ないけど。」

「あー・・・」

ぼりぼりと頭を掻き、意味も無く後ろの部下にちらりと視線を向ける。

サングラスの奥の瞳は自分自身で説得しろとの意味を込めた視線で返される。

「・・・とにかく、俺はお前が気に入った。だから何が何でも入ってもらう。」

「・・・今、この俺の立場を投げ捨てて、君のところに行ったところで、俺に何の利益がある?」

挑発的な視線でそう言い放ったが、ジョットは何の動揺も無く、それどころか自信満々に

「たくさんある。」

「たとえば?」

「それは分からない。だが、お前は必ず幸せになるだろう。・・・俺の直感だが」

宣言するような言葉に眉を歪め、話にもならないと背中を向けて歩き出す。交渉決裂で殺しにかかってくれば正当防衛で殺してしまえばいい。

いろんなものを含蓄したこの歩みに、ジョットは何もしなかった。ただそこからアラウディの背中を見つめているだけだった。

その殺気がこもっていない視線がある意味アラウディに恐怖を与える。

高みから見下ろしているような、苛立つはずのその視線は何故か怒りよりも恐怖を覚える。

そのまま其処から去った。

戦いのスリルを娯楽としているアラウディにとって、ジョットとの出会いは新たな興奮を得る代わりに、面倒事も同じように引っ付いてきた。

仲間になれ。と。

そういうジョットはきっと今まで戦った相手の誰よりも強いのだろうと。

イタリアの風が髪を弄び、ふと後ろを振り返ると誰も居ない。曲がり角を曲がったのだから当然だが、なぜか漠然としない。

コートを揺らしてまた歩き出す。

 

 

 

自室はボンゴレの手によって契約は切られ、家具も全て持っていかれてしまった後だった。

情報を集める事が十八番なアラウディだが、さっき別れてから10分ほどで此処までやられるなど考えても居なかった。

部屋の鍵が変えられ、ドアを破壊して入ると何も無い殺風景な部屋になっていた。

ただでさえシンプルすぎた部屋は、人の気配を完全に消してしまっている。

ふつふつと煮えあがるのは強敵にあった喜びでは無く、こんなふざけたまねをした男に向っての殺意だった。

もういい。殺してしまおう。

どうせボンゴレファミリーのアジトは前に調べて知っている。

大股で歩き出し、また引き返すように道路を歩くアラウディは車を止めて運転手を投げ出しそのまま走り出した。

道路にしりもちをついた男は、何かぎゃあぎゃあと騒いでいる。男が小さくなっていくのが鏡で見えた。

久々の車の運転はとても荒々しいものになった。

ハンドルを回し、タイヤが悲鳴を上げる。

豪奢な門の前で急停止し、乱暴にドアを開けて閉めると窓硝子に皹が入った。門をこじ開けて中に入ると、マフィアの男が取り押さえるようにして飛び掛ってきたがそれを殴り飛ばし奥に進んでいく。

どんどん奥に進んでいくと、一番豪華な扉が見えそれを蹴り飛ばして中に入った。

「不躾な訪問だな。」

優雅に紅茶を飲みながら、いけしゃあしゃあと答えるジョット。ソファーに座って飲んでいるのは一人ではなく、その向かいには見たことのある男がこちらを柔和な笑顔で見る。

「コレだったんですか。君が言っていた男は。」

「ああ、どうだ?面白いだろ?」

「ええ、本当に・・・」

くつくつと笑うその声、紅茶のカップを掴んでいるその手は、あの女の肩を触っていた手だ。

「・・・・・・」

「おや、何か僕の顔に何かついていますか?」

「いや、その頭の趣味の悪いイナズマに吐き気を覚えている所だ。」

ぴくり、と男の米神が動き、ゆっくりと立ち上がった。

「この男は駄目です。生理的に受け付ける気ができません。」

「まぁまて、そういきり立つなスペード。」

紅茶のカップを受け皿に置き、客人に対してのマナーとして立ち上がり頭を下げて会釈する。

「よくもまぁやってくれたね。こんな短時間にあれだけ手を打つなんていい度胸してる。」

「それは褒めてくれているのか?」

「さぁ、どっちだろう?」

ゴゴゴゴゴ、

殺気がこもる部屋の中、破壊されたドアの向こう側から軽やかな足音が聞こえてきた。その音を聞いて黒い笑みを浮かべていたジョットは冷や水を浴びせられたように瞠目させ、焦りを見せた。

「スペード・・・。」

「・・・まったく、しょうがないですね・・・」

同じく殺気を出していたスペードはドアの向こう側の新たな客人を出迎えるべく脚を動かした、

「おにーちゃん!ちょっと聞いてくださいよー!」

「もうしわけありませんが、今少々とりこんでいるのでまた後でよろしいですか?」

「はひ・・・そうだったんですか・・・・あれ?何で扉壊れてるんですか?」

「ああ、あれは―――」

鼓膜に響く声は、あの日時間を止めるベルのような弾んだ声。

破壊された扉の向こうを見つめるが丁度スペードの背中しか見えない。

取り付かれたように脚を動かし、扉を開けてスペードを押しのける。

「な、ちょっと!」

対面した二人の間はまた時間が止まったようだった。

 

「・・・あっ、貴方は・・・!」

「――――。」

 

吃驚した表情をするのは、あの時の女だった。

ぱちぱちと瞬きさせる瞳は、瞳に光が反射してきらきらと星を連想させた眼。

「・・・え?ちょっと待て、え?知り合いか?」

「あ、お兄ちゃん・・・」

「・・・お兄ちゃん?」

振り返ると、お兄ちゃんと呼ばれた人物は一人しか居ない。

少しだけ取り乱した様子を見せるジョットは、アラウディを警戒する気配を見せて近づいた。

「はい、あの、昨日のパーティーで会ったんですけど・・・ほら、上着のスーツの・・・」

「・・・へぇ、お前が・・・・」

ぎゅっ、とジョットは妹の肩を抱き、牽制するようにアラウディから離れるように僅かに動く。

頭の中で急ピッチで整理されていく情報。

それらを総合して、今自分に利益がある結末といえば、

「ねぇ。」

それしかない。

「その子をくれるんなら、いいよ。仲間になっても。」

笑みを浮かべながらの言葉は、ジョットに衝撃を与えるに十分だった。今日初めてじゃないが、知り合って間もない時間の中でこんなにも取り乱した表情は始めてみた。

その顔に優越感に浸っていると、後ろから冷静な声が

「それは無理ですね。ただでさえ貴方には同じ空間に居て欲しくない人間なのに、わざわざ献上品を与えてまで居て欲しい人間じゃありませんから。」

「・・・はひ・・・け、献上品って私の事ですか!?」

自分を指差しスペードに問いかけると、にっこりと笑顔で返されてしまった。

「・・・お前は、ファミリーに欲しい・・・・でも、妹はやれない。」

ぎゅっと抱きしめられてのその言葉に、妹なのに頬を染めて「お兄ちゃん・・・」と呟いている。

きらきらとした瞳は自分の兄に向けられていて、その兄もその視線に答えるかのようにして見つめ返す。

その光景に外に放り出されたようにアラウディとスペードは傍観している。

「・・・何あれ・・・」

「ボンゴレ名物馬鹿兄妹です。貴方も仲間に入ればいつでも見れますよあの滑稽劇。見たくないでしょう?」

「うん。」

その簡潔な返事に仲間に入ることの拒絶と分かったスペードはフッ、と笑みを浮かべた。

だが、アラウディの初めての恋慕はそんなもので直ぐに諦めきれるものではなかった。ジョットから剥ぎ取り、女を奪う。

「なっ・・・!」

「ねぇ、仲間になってあげる。ていうかなるからコレ、俺に頂戴。」

「・・・あの・・・?」

腰に腕を回して、もう決定事項になった。

今までの功績を投げ捨てる。

そしてこれからは今まで居た影とは違う闇に行く。

引き換えに貰うものはとても陳腐でくだらないものだけど、それでも欲しいと思ってしまったんだから仕方が無い。

頬を染めて見上げるこの女が、楽しませてくれる気がする。

「君の仲間になれば、俺は幸せになれるんだろう?」

なら、丁度いいじゃないか。当たるんだから。

開いた口が塞がらないジョットを無視して、女の腰を引き寄せて窓から飛び降りた。

「ひっ・・・・きゃあああああ!!」

耳元で鳴り響く声はとても煩かった。

 

イタリアの街中まで女を抱えて走ったアラウディの体力に呆れを通り越して引いていた。

兄と同じくらいの超人がこんなに居るなんて思いもしていなかった。

自分は歩いても走っても居ないのに、ただ悲鳴を出しただけで身体から力がふにゃりと抜けていった。

蛻の空になった自分の部屋に、一時的に隠れる事にした。まぁ、直ぐに見つかるとは思っているけどとアラウディはとりあえず二人きりになりたかった。

いろいろと聞いてみたい。

「・・・はひ、あの、そうです。あのっ!」

「何?」

「スーツ、ありがとうございました・・・風邪引きそうだったので、丁度よかったです・・・」

疲労した様子でそう告げる女は、確かに寒そうにしていた。イタリアの冷たい風にバイクに乗ったくらいの風を身体に浴びていて寒くないわけが無い。

自分が今着ているコートを脱いで、昨日みたく肩に掛けた。

それをまたぱちぱちと瞬きをして、楽しそうに笑顔になった。

「ありがとうございます!」

ああ、と昨日の夜に戻ったかのようだった。

たった一日。いや、一日も過ぎていない時間はとても長く感じた。そんな短時間で恋慕は大きくなり、運命的な何かを感じた。

「ねぇ、」

腰に手を回して引き寄せて、顎を掴んで眼を逸らす事を許さないかのように固定した。

「君の名前は?」

アラウディの行動に、男に慣れていない女は頬を染めて少し慌てる素振りを見せる。

だが、自分の名前を告げる。

 

「・・・プリマ、ヴェーラ・・・」

 

 

 

ハルの名前どーしよっかなぁって思ってたんですけど、やっぱりこれでいっかって(ぇ

アラウディってイタリア語で雲雀って意味らしいですから、やっぱり此処はプリマヴェーラでww

とっても楽しかったですwもうこれ長編に出来そうな気がするwww

でも駄目よ。放置していたら長くなりすぎちゃうから・・・!

 

リクエストありがとうございましたーww終わったぁww

 

 

title 泣殻