ここ数年、毎日この引き出しを開けている気がする。
使う機会があまり無かった机は、埃がうっすらと積もっている。時々ノートパソコンを置いて仕事をする時があるが、最後に使ったのは確か二ヶ月ほど前だった。
そんなほとんど放置された机の引き出しには、スクアーロが必要としている薬が入っている。
何故か此処にずっと入れていたので、違う場所に移そうとは思わない。
長年入れてきた場所と、この何ヶ月かに一回程度使う机にも一応の愛着があるからなのか。
透明な瓶の中。
小さな錠剤が入っている。
それを口に放り込み水で流し込む。
「スック!」
きらきらとした瞳で見上げて、腕を思いっきり伸ばしているのはザンザスの一人娘。
無碍にも出来ず、そのまま抱き上げると首に手を回してにっこりと。
「あのね、さっきね、プリン食べたの。とぉってもおいしかったの!だから今日はプリン隊長って呼んでちょーだい!」
口の周りに付着している。
ハルとそっくりな顔をしてこの性格。まるで三浦ハルが幼児化したようなものだ。
そしてこの・・・プリン隊長というのはコードネームらしい。
この間母親と見たドラマで刑事達がお互いにコードネームで呼び合っているのをかっこいいと、親子そろって思ったらしく、お互いに毎日違う名前で呼び合っている。
プリン隊長の前はキャンディー隊長だった。その前はフェラーリ隊長だった気がする。
殆どがテレビの影響だ。ちなみに本名とまったくかすっても居ない名前ばかりだ。
齢七歳というのはこんな風に馬鹿なのだろうか。ベルが入ってきたのは8歳の頃だったが、こんなに馬鹿じゃなかった。いつも遊びは人殺しだったからそう思っているのかもしれないが。
「ねー、聞いてるのー?」
「う゛お!」
髪を思いっきり引っ張るところは父親譲りだ。
「もー!プリン隊長が命令してるのにー!」
「あ・・・ああ、で、何だぁ?命令ってのは」
「ふふっ、じゃあめいれーい!プリン隊長をパパの所まで連れて行きなさーい」
「・・・歩くのが面倒だったんだろぉ・・・」
「Yes!」
高らかに人差し指を空に向けて宣言したプリン隊長。
口の周りにプリンをつけたまま年相応の笑顔を俺に見せる。
僅かに香る甘い匂いは確かにプリン、いや、このプリンは昨日レヴィが頑張って並んだ店のプリンと似た様な匂いが・・・
「・・・ったく、とんでもねぇ親子だなぁ」
「?」
ハルと同じで味覚センスはとにかく甘党推奨らしい。
爆発音が絶えない。
いつもと変わらない豪華なボスの部屋のドアは、何故か上半分ほどが消し飛んでいた。
そしてその中では何かが爆発したり光ったり壊れたり。何かを壊す音しか聞こえてこない。
抱き上げているプリン隊長はぱちぱちと瞬きを何回かしてにこっ。と笑った。
「ジュニーとパパ楽しそうねー!」
「・・・そうだなぁ・・・」
というプリン隊長を下ろすと、パタパタと走って半壊したドアノブを思いっきり腕を伸ばして開けていた。
殆ど見えていた惨劇の嵐が、ドアの隔てが無くなり全てが見える。
息子に自分の技を伝授しようとするのはいいが、いつもどうして外でしないんだ。金持ちは外に出る事を知らないのか、それともただ動くのが面倒な出不精なだけか、いつもこうして破壊するのは自分の部屋だ。そして部下にさっさと片付けるように言い遅くなったら暴力を振るう。
不条理の固まりは、本当に父親になれるのだろうか。と、一人目の息子をハルが腹に身ごもっている間ずっと思っていたことだ。
当人達よりも周りが一番気にしていた気がする。
そして今も当人達よりも周りが一番被害が出ている。
熱風が俺の髪を弄び、瓦礫が顔に直撃した。
足元では「スクー?」と声がするが今は無視させてもらう。鼻が捻じ曲がるような痛みに手を当てて唸る事に忙しいからなぁ!
それにしてもおかしい。普段ならこんなに大事にするように練習などしないはずなのに。いつもなら何やかんやで部屋から外に徐々に出て行くようにしているのに、30分ほど争っていながらもまだ部屋の中で打ちまくっている。
俺のズボンをくいくいと引っ張るプリン隊長に、顔の手を退けて視線を合わせる。まだ口の周りはプリンのカスがついていて、その口で紡ぐのはとんでもないものだった。
「ねっ、プリン隊長はパパに用事があるから、呼んで?」
「お前が呼んでくれ。」
「えー?なんでぇ?」
「俺よりもお前・・・いや、プリン隊長の方が安全性が高いからだぁ。」
お前、と言った瞬間にムッ、と口元が釣りあがったので言い直す。此処で機嫌を損ねられて呼べ!と命令されたら呼ぶしかない。なぜならコイツはザンザスの娘でプリン隊長だからだ。
「んー・・・ま、いっか、スクは此処までプリン隊長を運んでくれたから・・・」
「お゛お!そうだろぉ!?」
「OK パーパー!ジュニーもやーめーてぇー!」
鈴のような声で叫ぶプリン隊長の声は、まさに鶴の一声のようにして止んだ銃声。被害が出ているザンザスの部屋はまだ所々に煙っていたり修繕不可能の場所があるが、これ以上の破壊活動が終わった事に感謝だ。
ギロリ、とこちらに向くのは四つの赤い眼球。恐ろしいほどに似ている。
「何だ、どうした。」
ザンザスは今気がついたと言わんばかりの言葉に思わず突っ込みたくなるが、プリン隊長がてくてくとザンザスに歩み寄って俺にしたように腕を伸ばす。
だっこしろという意味だ、そして毎回の事なのだが、ザンザスが愛娘を抱き上げる姿はどうしても慣れる気がしない。
まるでライオンがシマウマを愛でているかのようにしか見えない。
「あのね、ママが今日帰り遅くなるってぇー」
「・・・あぁ?」
「ボンゴレボスと一緒にLunchしてDinnerも食べてくるって言ってたよー」
楽しそーだねー。
と、ころころと笑うプリン隊長は、何かをしてもらったらその倍以上の何かを間接的に俺に送ってくるのだ。
呼べと言ったのに呼ばないから。だったらパパにぼこぼこにしてもらうんだから!みたいなものを無意識にしている所が恐ろしい。
ある意味強運の持ち主だ。俺もアイツも。
予想通りのどす黒いオーラが背中から噴出し、苛々が募っているんだろう。俺は匍匐前進でこの場から脱出しようと試みるが、
「あれ?スク何処いくのー?」
無邪気な声がコレほどまでに恐怖を駆り立てる役割を担っているなど思いもしていなかった。
びきっ、と神経が凍ったように動かず、心臓がバクバクと早くなる。
首を動かし、視線を向けると愛娘を抱き上げた父親と呼ぶにはあまりにも恐ろしい強面だった。
眉間の皺がどんどん増え、そして血管も浮かび上がりいつ切れてもおかしくない状態になっている。
だが、
「カス。」
父親から技を伝授してもらい、その技を使いたいが相手が居なかったザンザスそっくりの顔をした通称ジュニアが俺に銃口を向けてきた。
まるで父親の変わりに鬱憤を晴らすかのように。
銃口から火が出た直ぐ後、プリン隊長が俺を気遣いやめるように二人に言う。だから、気持ちは嬉しいが、それはまさに、
「・・・この、ドカスが・・・」
火に油を注ぐようなもんなんだよぉ!!
「はひ?ツナさんとですか?」
ボコボコにされた後、真意を確かめるべく電話をしたのはもちろんハル。
電話の向こう側は少しだけがやがやしていて、聞きなれた声も混じっている。
「おーい!ハルどうしたんだ?もー飲まねーのか?」
「あ、今スクアーロさんから電話で・・・」
「お、マジ?俺に後で代わってくれなー!」
昔の同級生の酔っ払った声に、剣術の練習を怠るなといつも叱咤している相手の間延びした声。
「何してんだぁ?そこで」
「いやですねー、今日京子ちゃんとショッピングしようかなって思って行ったんですけど、話し込んでたらツナさんが来て、獄寺さん達も来てですね、ディーノさんやシャマルさんも来て、流れで飲み会になったんですよ・・・」
申し訳無さそうにそう言うハルに、浮上する疑問が一つ。
「ボンゴレのボスとランチもディナーも一緒にするとか言ってたんじゃねぇのかぁ・・・?」
「はひ、何ですかそれは?」
「・・・おい、お前一体それを誰に伝えたんだぁ?」
「ベルさんですけど・・・それをザンザスさんに伝えてってお願いしましたが・・・」
俺の頭の中でVサインをしてニヤニヤ笑うベルが浮かぶ。
あー!と霧散させるように声を上げ、更に頭も左右に思いっきり振る。その奇声に一番驚いたのは電話の向こう側のハルだった。
「どっ、どうかしたんですか!?まさか敵襲じゃ・・・!?」
あっちもあっちで声を荒げると、飲み会をしている酔っ払いどもがざわざわと違う意味で騒ぎ出したのが聞こえる。
ボンゴレボスは頼り無さそうにハルに「どうかしたのかよ!?」などと言っている。
「違ぇ!何でもねぇ!」
「そ、そうですか・・・?」
「・・・とりあえず、だ。さっさと戻ってきてくれぇ」
「わ・・・わかりました・・・出来るだけ・・・」
「絶対に、だ。」
「・・・絶対に、早く、迅速に、スピーディーに、帰ります・・・!」
「よし。」
言葉を確かめるべく、意思を確かめるべく繰り返された単語は真摯なものだった。
いや、単語よりもハルの言葉のほうが深みがあった。よし。といえるような声色で、そういう声で約束事をした時に決して嘘偽りは無い事を知っている。
電話を切り、とりあえずベルに注意を促すかと行き止まりの薄暗い場所で電話していたので、後ろを振り返るとそこには仁王立ちしたジュニアがこちらを睨んでいた。
「う゛お・・・・」
思わず怯む。
「・・・お前、今電話してたろ。」
見てりゃわかるだろ。
「ああ・・・そうだが・・・」
「・・・いつ帰ってくるって、言ってた?・・・」
「あぁ?」
ぽつりと、さっきまで睨んでいたのに急に斜め下を見て小さい声で言う。
まったく聞こえない音量に聞き返すのは当たり前の事だ。普通の人間はああ、聞こえなかったの。と思う。なのにこのザンザスの血縁者というものは、
「・・・煩ぇ・・・このカス!」
急に銃口を向けられて乱射される。繰り返し言うが、此処は行き止まりで逃げ場は今ジュニアが立っている場所しかないわけで、俺はもちろん
「あ゛ぁぁぁぁぁ!!?」
空気を読めない娘に、扱いにくい息子。
こんな個性の強い集団に、さらにこんな闖入者が来るとなると中間管理職の俺としてはもう肩が凝る腰が痛い。
ついでに頭から流れる血もどうにかしなければいけないし、溜まった部下や上司の仕事も処理しなければいけない。
俺はお前らの母親じゃねぇ!と一発がつんと言ってやりたいが、何言ってんのコイツ、誰がテメーを母親なんていったんだ。みたいな反応が返ってくるのは眼に見えている。
多分ストレスが溜まっているんだ。そうに違いない。
携帯電話がジュニアの手で破壊されてから数時間。ザンザスの部屋とあの行き止まりの場所の修理が終わった頃にハルは帰ってきた。
あわてたような様子に、急いでいたのは分かるが結構な時間だ。
日が落ちた頃、俺に眉を下げて謝ってきた。
「ごめんなさいっ・・・直ぐ帰るって言ったんですけど・・・皆さん酔っ払ってていろいろと忙しくて・・・」
「あぁ・・・もう、とりあえず、アレだぁ・・・ガキの所に行ってやれぇ・・・・もちろんボスの所にもなぁ・・・」
「・・・・はいっ・・・」
疲弊した表情をしていたのだろう。俺のそのせめてもの言葉に、暫く黙って頷き、素直に廊下を駆け足で走り去って行った。
余計な事ばかりしていたような気がする。
今日は今日とて忙しく、そして痛い一日だった。
日が暮れた夜空を窓から見上げて、嘆息。
涼しげな風がふわりと吹いている外では木の葉が揺らめいていた。
そうして一日の終わりを俺は爽やかに迎えるのだった。
で、終わるはずが無い。
俺の頭痛の種は此処からが問題だったのだ。
俺はシャワーを浴びて上がって、今日はありませんようにと願いながらベッドに引きこもるように布団をかけていると、呪いのドアを叩く音が聞こえてきた。
ああ、と嘆きつつ、このままあけなかったら破壊されるのは目に見えているので素直にドアを開ける。
枕を片手にやってきたのは今日はプリン隊長というコードネームを持っているザンザスの愛娘と、ドメスティックバイオレンスが幼少の頃から激しく、大丈夫かと先行き不安なジュニアが俺を見上げてきた。
「ねー・・・私とってもsleepyなのよー・・・ジュニー・・・」
「うるせぇ・・・おら、さっさと入れろ。」
眼を擦りながらプリン隊長の手を引いてやってきたジュニアに、嘆息を吐いた。
子供が二人もいるというのに、ザンザスとハルの夜の営みはお盛んらしく、ジュニアの気遣いによって暗黙の了解で妹を引き連れて俺の部屋で寝ることになっている。
そのふてぶてしい様子からはまったく分からないが、結構常識を知っている。
感嘆する事実に、唯一の救いに喜ぶのだが、
「ドカス。さっさとソファーに行け。」
「んぅー、明日はどんなnameにしよっかなぁ・・・」
「・・・・・・。」
頭痛薬はしばらく手放せそうにはないのだ。
これ殆どスクアーロと子供だけじゃねぇかぁ!!(帽子を地面にたたきつける
こういうのって誰かの視点から書いたほうが書きやすいんです。だからスクアーロにしたんです。でもスクアーロは苦労人でどうしようもないから。っていうか私がどうしようもないですね。ちろちろっとリクエスト内容をかすらせたようなもんですもん。かすらせたのよ。だって私カスだもの!!!(黙
うぅーん・・・子供ってどうすればいいんだろう・・・(今更
title is