泣く事が、出来なかった。

この赤い眼球の為に、涙腺を刺激される事件が多々あったが、出なかった。

眼の端から零れ落ちる涙の感覚なんてまったく知らない。

 

 

 

「はひー。」

溜息のような声が聞こえた。

久々にやってきた大嫌いなマフィアのアジトの中を歩いていた時に、何処からかの部屋から聞こえたその間抜けな音。

虫唾が走るほどのこの嫌悪感に苛まれながら脱出しようとしていた時の事だった。

興味本位で少しあいたドアを覗くと、クッションを抱きしめてまっくらな部屋で一人、テレビ画面を凝視している三浦ハルの姿があった。

テレビの光が顔に浴びて、ぎゅっと握ったクッションと、額に滲んでいる汗はまさしく。

「お前のことかぁ!?」

「はぎゃあああああ!!」

ホラー映画だった。

クッションを握りつぶしながら叫ぶその声は、この真夜中には近所迷惑となるほどの音量だった。

静かに見続けていた様子を見ていたため、いきなりのその声に驚いた僕は思わず少しだけ音を立ててしまった。

そうすると三浦ハルは涙をぼろぼろと流しながらこちらを見て、驚愕した表情になった。

そして次に笑顔になって、だだだっと走ってきて腕を掴まれた。

「な・・・」

「お久しぶりですね!骸さんっ・・・!」

「え、ええ・・・そうですね・・・」

にっこりと、紳士的な笑みを崩さないようにして他愛の無い会話を続ける。

笑顔を保ったまま、お互いに牽制しつつもにっこり笑顔のままというのはいささか不気味だ。

だが、三浦ハルはそんな状況よりも、一人で真夜中に見ていたホラー映画のほうが怖いらしく。

「骸さんお仕事終わったんですよね?」

「いえ、これからまた任務ですので・・・」

「嘘ですね。ハルはボスの秘書ですよ?守護者の任務のスケジュールくらい分かってますよ。」

にっこにっこと。勝ち誇った笑顔でそう告げるハルの瞳の奥に、少し困ったような笑顔で接している僕が居た。

 

 

 

「うぎゃぁ!」

「オーノォー!」

テレビから聞こえてくる甲高い声は、僕の耳を恐ろしいほどに腐敗させる。

包丁を持った髪がぼさぼさで更に血まみれなミイラが、金髪の女を殺そうとしている。

その映像を見て、腕を握ったままがたがたと震える三浦ハルが何よりもおそろしい。

何も真夜中に見ることはないだろう。そして何故真っ暗な空間の中で見るのだろう。こんなにも恐れおののいているというのに、どうしてこの女はホラー映画を見ているのだろう。

「ひっ・・・・」

ぶしゅー!と、首元から血が噴水のように噴出した瞬間に喉に引っかかるような悲鳴を漏らす。

髪を逆立ているようなその様子に、小さな猫がいろんなものに興味を示して何か恐ろしい動きをすると一気に威嚇するかのような。

「あ、あっ・・・はぎゃあああーーー!!」

「静かにしてください。迷惑でしょう?」

僕の、とは言わずに。

「だ、だって・・・だって・・・あっ、そっちは駄目・・・!駄目ですジャクソン!・・・あ、ひっ、ぎゃっ・・・!」

「・・・・・・・」

「マリー・・・あ、逃げてくださいっ!・・・ああ、ジャクソンそんなことして・・・!なんて勇敢な男性なんでしょうか!でもそっちに行ったら・・・ぎゃあ!仲間が居ましたぁ!」

「・・・・・・・」

「ミイラが増殖・・・!キモイです!死ぬ!あ、ミイラは死んでるんですよね・・・って、マリィィー!!」

「・・・・・・・」

「ひ、酷い・・・ジャクソンが逃げました・・・で、でもそれが正解なのでしょうか・・・でも、愛というものはそう簡単に割り切れるものじゃないのに・・・」

「・・・・・・・」

「・・・はひぃ!?な、なんて事・・・!ジャクソンが犯人だったんですか!?・・・ひ!じゃあマリーは・・・」

「・・・・・・・」

「あああああ!恋人に殺されそうになるなんてどういう事なんですかぁ!なんて酷い映画なんですか!乙女の恋心を弄ぶなど言語道断・・・ぎゃあああ!!」

「・・・・・・・」

実況説明は半分ほど理解できて半分ほど理解できないものだった。

もし三浦ハルの実況中継がなければ、もっとホラー映画に感情移入が出来たかもしれないが、その可能性をぽっきりと簡単に折った。

無理矢理に見せられているこの映画。せめて少しでも楽しもうとしているというのに。

エンドロールはまだなのだろうか。

クロームの友人だという事で付き合ってはいるが、この耳にきんきんくる声はどうにかしてもらいたい。

24にもなってこれは如何なものか。

「うぅ・・・」

「・・・・・・・・」

「・・・はひゃっ・・・」

「・・・・・・・・」

うるうると、ぼろぼろと。

その作業はあまりにも簡単に行われた。

涙腺はダムが開放されたかのようにどばーっと零れ落ち。それを当たり前のものとして享受している三浦ハルはクッションを抱えたまま、僕の腕を掴んだまままだテレビを見つめている。

「・・・で、でも、これはある意味恋愛映画ともとれます・・・よね・・・」

「・・・・・・・」

「恋愛には大きな困難が必ずあるもの、です!ってこと・・・です・・・よね?・・・ね?」

「・・・・・・はぁ・・・・」

呆れの視線を送っているにも関わらず。頷いただけで満足気に笑顔を浮かべてまたテレビを見る。

その時に腕を拘束する手は離れたのだが、何となく、この映画の結末よりも、その結末でどんな反応を見せるのかが気になった。

「・・・・・はひぃ!マリィィー!!」

 

 

 

「すみません。見失いました!」「バカヤロー!ホシを見逃すとはどういう事だぁ!」ボコッ「ごふっ」

みたいな刑事ドラマのワンシーンのごとく、見失いました。

「何を?」「骸ハルの何かだよ!」

・・・・。すみません、元々見つけてすら無かったです。 orz

 

 

title 悪魔とワルツを