「信じられないね。」
紅茶を優雅に飲むマーモンが、唐突に呟かれた言葉にハルはカップから口を離す。
「何が、ですか?」
「ベルだよ。」
幼い声が凛とハルの鼓膜に響く。紅茶の香りが、マーモンの心から出されたそれをやんわりと押さえ込んでいるよう。
小さな手で持っているカップを放して、ム、と口をへの字にしてハルを見る。
「・・・やめといたらいいのに。」
「・・・・はい・・・?」
忠告のように呟かれ、マーモンは椅子から下りてとことこと歩いていった。緩慢なその足の動きに、ハルは追いかければ直ぐにでも追いつける、というか椅子から立ち上がればもう追いつくのだけれど。
呆然とゆっくりと遠くに行くマーモンをただ見つめて、紅茶が冷める前に飲んだ。
「あらぁ、かわいいじゃないの」
くすくすと笑うルッスーリアに、ハルは首を小さくかしげる。
その様子が小さい子供のようで更にルッスーリアの笑いを誘う。
「だって、嫉妬してるんでしょう?それって」
「嫉妬?・・・え?マーモンちゃんが?」
「そりゃそうよ、違うのなら言わないわよ」
「・・・・・でも、何でベルさんなんですかね?」
謎はまだわだかまりとしてハルの中にあるらしいが、今度はルッスーリアが首をかしげた。
数秒間首をかしげて、いろいろ考えて出された言葉はルッスーリアにとって当たり前と感じているものだった。
「ベルちゃんと付き合ってるんでしょ?」
「―――っ、ごほっ!ごほつ!・・・なっ、何でベルさんなんですか!?」
紅茶を一人で飲み終えて、片付けをしなければと思って立ち上がるとルッスーリアがクッキーを焼いたから食べない?といわれてまたお茶会続行した。
焼きたての美味しいさくさくのクッキーがハルの気管にいきなり入って咽た。
素直なその反応に確信が出来たルッスーリアは大仰に仰け反った。
「あらぁ!?違ったの!?」
「違います!」
新しく注ぎなおした紅茶は今度はミルクティーにしていた。カップを乱暴にとってぐいっ、と喉の奥に流し込んだら今度は熱く、舌が熱さで悲鳴を上げる。
「ひぅっ!あっつい・・・!」
「あら!大変、ほら、これ氷よ!」
クッキーと一緒に持ってきたグラスに入った氷は、コーヒーを入れようと思っていたのだがハルの元には紅茶があったので、じゃあそれで食べようという事になり用無しとなり放置していたのだが何とか役目が出来たようだ。
ルッスーリアがハルの口に押し込み、舌が一気に冷たくなり火傷でひりひりとする。
眉を潜めてもごもごと口の中で氷を動かすハルを見て、感慨深そうに溜息を吐いた。
「付き合ってなかったなんて・・・信じられないわぁ・・・」
「・・・そんなに、驚くって・・・」
「あら、でも驚くわよ・・・だって、夜一緒に寝てるんでしょう?」
「アレは夜一緒にゲームとかしていたらお互いにいつの間にか寝ちゃってるだけです!」
「あらー・・・へぇー・・・ほぉー・・・」
「な・・・なんですかそれ・・・」
「いや、信じられないわぁ・・・って思って」
まさかあのベルがそんな健全な付き合い、というか恋愛をしているなんて思っても見ない。
それにしてもさっきからハルの反応を見るに、もしかしてベルに矢印が向いていないのではないかと思ってしまう。
あのベルがこんなにもアタックしているのに、まさか気付いていないなんて事は無いでしょうね。という危惧は当然当たる。それが三浦ハルの長所ともいえるし短所ともいえる所だ。
廊下を歩いていると、時々見える二人が話している場面。まるで恋人のような雰囲気で思わず顔がニヤけて覗いた事もしばしば。
だがいつも最後はベルに睨まれてすごすごと帰るのだが。
それにマーモンの話だと昼間芝生の上で昼寝をしていた時は腕枕をして抱き合って寝ていたというし。
その光景を見てきっと嫉妬したんだろうけど。
「・・・そうだ、これベルさんに言わないでくださいね?」
人差し指を口元にあててルッスーリアに言う。僅かに声のボリュームは下がっている。
「あら、どうして?」
「だって、こういうの絶対ベルさん嫌がるだろうし・・・もしかしたらハル、ナイフ投げられちゃうかもしれませんから・・・」
天地がひっくり返っても無いわよ。
思わず言いそうになった言葉を喉の奥に引っ込めて分かったわ。と頷く。
恋愛というのは他人が手出ししていいものじゃない。たとえ相手の気持ちを知って居たとしても、助言して動かしてしまったらそれはもう面白みも何も無い。
でも、一応アドバイスというものはしてもいいんじゃないかと自分に言い訳を一言。
「大丈夫よ、ベルちゃんハルと仲良しなんだからそんなの無いと思うわよ」
「そう、ですかねぇ・・・?ベルさん時々怖いですから・・・」
「何で?」
「いえ・・・この間もスクアーロさんと話をしてベルさんと遊ぶ時間五分過ぎてしまったときに凄い怒ってて・・・ハルも悪かったんですが、あんなに怒るなんて・・・」
「・・・あらぁ・・・」
唇を尖らせてぷんぷんと怒る様子に、不憫だわと言わんばかりに眉を下げた。
そんなに表に出しても通じてないなんて、と。
ふと頭の中で映像化したベルが振り返り、大きなお世話だと言ってナイフを投げつける映像が数秒流れた。
バイオレンスな日常がなぜか今は哀愁を誘う。
「はひ!?どうしたんですかルッスーリアさん!」
「いえ、なんでもないわ・・・」
自分のポケットに入れていたハンカチを取り出し、滲んで前が見えないので涙を拭き取る。
自由奔放な王子様に幸あれ・・・!
「いやなんだよ。ベルって。」
一体どうしたというんだマーモン。
日課の剣磨きをいつものようにしていると、ノックも何も無しにドアが開き、まさかボスじゃねぇだろーなぁ。と危惧して身構えてしばらく、てくてくてく、と小さな足で微弱に歩いているマーモンを自室で発見。
ベッドの上で胡坐を掻いているスクアーロが何なんだと固まっていると、ベッドの近くにあるソファーによっこいしょ。と声を漏らしながら座っての第一声だった。
「あ゛ぁ!?」
「勝手だし、任務だってサボってばっかりで・・・あれじあ給料泥棒と一緒だ。」
それは常日頃から思っていたことだが。
「それに女遊び激しいし、眼隠れてるし、ナイフ投げるし、だって俺王子だもんとか意味分からないこというしね。」
「まぁ、なぁ・・・」
いきなりの愚痴にとりあえず相槌を打つべきだと判断したスクアーロは口からこぼれるように本音を漏らす。
いつもの冷静で自分の感情を吐露するような場面は見たことがないので、ある意味未知との遭遇だ。
「だから、ハルとつりあわないと思うんだよ。」
幼い声で出した結論は嫉妬だった。
スクアーロは細かな情報整理は得意中の得意だ。だからベルとハルが付き合うのは反対だ!という親父の気持ちのような、それとも一人n男としてみているような視線。
多分その二つを足して二で割ったようなものだと思うが。
剣の光の反射を見ながら俺も言いたい事がある。その曖昧なものを確かなものへと変換する時間を数秒間設けたマーモンに
「でも最近のベルは違うぞぉ?」
「どこがだよ。」
間を居れず鋭い口調でスクアーロに八つ当たり気味に問いかける。
気おされそうになるスクアーロは、どうしてこんな話をしているんだぁ。という疑問が頭の中を駆け巡る。
「女関係もまったく聞かなくなったしよぉ。ナイフ投げる回数も減ったり・・・まぁ、増えたりもしているような気がするが・・・それにあのきめ台詞はなんだぁ?アレだなぁ。アレ・・・とにかくどうしようもねぇ・・・アレだぁ!!」
「アレって何。」
「煩ぇ!」
ぶっちゃけていうとスクアーロはベルのいいところなどまったく知らない。
悪い所しかない。最悪の固まりだと思っている。
王子だ何だと言いながらだらけて、ああ、でも唯一褒められる所は殺しの腕だ。だが任務でサボるならその腕は宝の持ち腐れで長所とはいえない。
だが、流れ的にマーモンはベル反対派、そして俺はベル肯定派にならなければマーモンの嫉妬心を煽って煽って最終的にマーモンがベルを暗殺するような、昼ドラ的なシチュエーションにならないという保障は何処にも無い。
ヴァリアー唯一の気遣い男だが、此処まで来ると被害妄想か?と自嘲しつつ自分の行いに不備は無いか調べる。
「もういいよ。」
ぷいっ、とそっぽを剥いたマーモンがソファーから飛び降りてまたとことこと歩いていった。
「う゛お・・・?」
「君って相談相手にもならないんだね。僕の時間返してよ。」
「な゛ぁ!?」
「後でお金請求するから。」
散々罵られ、挙句の果てには時間の無駄だ、だから金を遣せとまで言われてしまった。
理不尽すぎるその行動に、固まってしまったスクアーロを動かしたのはマーモンが扉を閉める音だった。あまりにも乱暴。
あまりにも、理不尽。
「・・・っ、ぐ!ベルもテメーもどっちもアイツにつりあうかぁぁぁぁぁ!!」
負け犬の遠吠えにもならない台詞を、一人寂しく部屋の中心で叫んだ。
まったくすっきりしないこの現状を打破するにはどうしたらいい?そうだ、剣だ。剣術を磨こう。素振りでも何でもして気を紛らわせよう。
そう思いベッドから降りて剣を片手にドアを開けるとザンザスが居た。
そのまままたドアを閉めようかと思ったのだが、残念ながら身体が事態の飲み込みがうまく出来ないようで動かなかった。
「煩ぇんだよ、ドカスが・・・!」
「ん?あれ、何か人数足らなくね?」
「スクアーロとマーモンは今日は飯はいらんと言っていた。」
「どうしてなんでしょうかね・・・?」
「マーモンはともかくスクアーロは怪我で入院しているからいらないと言われたが」
「はひ、スクアーロさんが入院・・・!?どうしてですか!?」
「・・・・・」
「ボスなんじゃねーの?」
「煩ぇ。」
「ボスならば仕方があるまい。」
「そうねぇ、ボスなら仕方ないわよねぇ。」
「ま、ボスならいんだけどさ」
「全然良くありません!・・・もう、じゃあ、食べちゃいましょう。ご飯冷めちゃいますし・・・あ、マーモンちゃんのご飯は後でハルが持って行きますから!」
「そう?じゃあ用意しておくわ」
「は?ハルご飯食べたあと俺とゲームするって約束だったじゃん。」
「だって、マーモンちゃんご飯食べないって・・・ハルのせいでしょうし・・・」
「何で?」
「ちょっと喧嘩しちゃいまして・・・・だから謝ろうと思って・・・」
「へぇー、何で喧嘩したの?」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・王子に隠し事とかありえねーんだけど?」
「レヴィさん、このご飯おいしいですね!」
「ふ、当たり前だ、特別に取り寄せた最高級サーロインだからな」
「おい無視してんじゃねーよ。それよかハル早く肉切って。食えない。」
「もー!ベルさんってばいっつもそうなんですから!ナイフあんなにうまいのにどうしてご飯の時だけ駄目なんですかー!」
「だって俺王子だもん。そんなの手下にやらせてりゃじゅーぶんじゅーぶん。」
「もう、子供じゃないんですから・・・!」
「・・・・あら、ボスどうしたの?」
「ハル、俺のも肉切れ。」
「はひ!無理ですよそんなごつい肉!ハルよりレヴィさんの方が切るの早いですよ」
「! ボス、俺が切ります!」
「黙ってろドカス」
これでいいのか。これでいいのか!?
これベルハル前提のヴァリハル!?ベルハル+マモじゃねーの!?
最初から何かリクエストの意味なくね?みたいな感じでスタートしてしまったよ・・・(汗
title MasQueRade