「俺、京子ちゃんが、好きだから・・・」

だから、ごめん。

そう続けて出した言葉は、俺は今でも覚えている。だからこそ今の俺を戒める。

どうしてあんな事を言ってしまったのか分からない。馬鹿だったんだ。恋に恋していたハルとまったく同じだった。もう恋は風化して、新たな恋として開花していたのに、俺は京子ちゃんが好きだという暗示にかかってしまっていた。

子供の俺は、恋は一途に、好きな子は一生変わらないって思っていたから。

馬鹿みたいに恋に喜んだり悲しんだりしていたのが楽しくて。その楽しさが尽きる事が無いようにと無意識な気持ちでそんな事を言った。

砂の城のように直ぐに壊れる張りぼての恋心を言葉として出す。そんなどうでもいい砂の城なんて波に飲まれて崩れ落ちるのに。

「・・・はい・・・」

涙を滲ませてそれだけ呟いたハル。

あれから10年の月日が流れても、モノクロとならずカラーのまま心の中で再生してある。

 

 

 

好きな子が居るから、ごめん。と、俺から告白しておいて別れを切り出した俺。京子ちゃんを泣かせるなんて事は分かっているけど、やっぱり諦めきれないこの想い。

10年前からずるずると引きずって、五年前に京子ちゃんの彼氏となった俺は有頂天なはずなのに、どうしてか心から喜ばれなくて。

身体を繋げる事も出来ず、それが京子ちゃんの不安を煽っているのも分かっていた。でも割り切れなかったから。男として人として、最低な行為だって分かっているから。

涙を流して、分かった。といった京子ちゃんを10年前のハルと重ね合わせてしまった。

ちくり、と痛むのは両方の傷ついた顔がリンクさせた事じゃなく、また同じ過ちを犯した事への事だった。

そんな最悪の思い出に上薬を投入してから一ヶ月。切り離した過去の恋と、今現在進行形で進んでいる恋の支障にならないようにと、一日中鬱になってふっきった。

秘書となった三浦ハルにさっそくアプローチでもしてみようかと思ったのだが、それよりも問題が発生した。

ばんっ、と考えに耽っていた俺を引っ張り出すように叩かれた机の音。

「どういう事なんですか、ツナさん!」

腰に手を当てて、俺を覗き込むようににらみつけるハル。仕事中は眼鏡をかけるようになったのはいつだったっけ。と思いつつ、Yシャツから覗く素肌に眼を奪われたのは不可抗力。

だがハルはそんな事に気がついていないように憤怒していた。理由は明快。

「どうして、京子ちゃんを振ったんですか!ちゃんと説明してもらわないと困ります!」

真剣な顔も可愛いと思いながら、どうしようと考える。大人になって余裕も持てた俺だけど、ハルはずっとこんな感じ。見た目や身体は大人になっているけれど・・・いや、そういう意味じゃなくてさ。

むむむ、と口をへの字にさせて返事が無い俺を睨みつける。

「・・・言わなくても結構です・・・ボンゴレボス、私に休暇をくださいませんか?」

「・・・何で?」

「京子ちゃんと旅行に行きます。遠くに。」

「・・・・・」

「ツナさんが理由を言うまで戻りませんから。」

「そんなの許さないよ。」

本当ハルって分かりやすいなぁ。と思ってしまう。裏世界でもみくちゃにされたからか、結構図太くなったとリボーンのお墨付き。

にっこりと笑顔を絶やさずにハルをあしらうのは簡単。

でも、今此処であしらうのは好きな女の子にする事じゃないよな、とセーブする。

「・・・ツナさんの許しなんて求めてません。」

「じゃあ無断で休むの?」

「はい。」

「無理だよ、ボンゴレの情報網を甘く見ないでよ。広いのはハルが一番知ってるだろ?」

秘書として、いろんな情報を仕入れる日、そして情報が入る日。その間の時間がどれほど短いか分かっているはず。書類に書かれた時間、全て見るといいよ。

そう促すと顔を真っ赤に染めてふるふると震えていた。

「・・・・最低、です・・・・ツナさん・・・!」

「社会人として当然だよ、ハル。無断欠勤なんて絶対駄目。」

もっともらしい事を言ってハルを引き止める。ぶっちゃけていうと、コレがビアンキだったりイーピンだったりしたら別にいい。でもハルは駄目。私情が混ざりこんでいるのっていいのかなって思うけど。

やっぱり感情は無視は出来ない。人間だもの。

それでも理解してくれないハルは、大人だからと怒りを納めようとしているのは分かる。その怒りの大きさが、ハルの容量より大きい事も分かっている。

立ち上がって机をはさんで立っているハルの手を握る。机を叩いた時のままだったから。

「っ、はひ・・・」

びくっ、と震えて、さっきの怒りは吹っ飛んで戸惑いしか見せない。

表情がコロコロと変わる様は見ていて飽きないな。口元が緩む。

切りそろえられたつるつるの爪と、白くて手触りのいい手の甲。それをやんわりと包み込んでハルに近づく。机越しだって分かっているはずなのに、ハルは怖がって一歩後ろに下がる。

さすがに机を飛び越えるなんてことは・・・無いとは言い切れないけど。

「どうしたの?ハル。」

そんなハルの反応が楽しくて、意地悪な質問をする。

「・・・何でも、無いです・・・あの、これセクハラ・・・です。」

「あー。うん。そうかも。」

我ながらいけしゃあしゃあとした返事だな、と思っているとそれが伝染したかのような訝しげな表情をしたハル。

「・・・まさか、ツナさん・・・」

超直感でこの先の言葉は俺が抱えている想いに気がついたんじゃないと予感する。

しらばく間が空いて、驚いた表情の後にはやっぱり怒りの表情。眼鏡をしているからなのかぞくぞくする。

「―――最低!」

白い歯が口から覗いて、言われたのは、え。と声を出してしまうような言葉。

「ツナさん、女たらしになったんでしょう!?だから彼女なんて要らないって、京子ちゃん捨てたんですか!?最低、最低!!シャマルさんの言ったとおりです。マフィアの男は皆女たらしだって・・・・!」

眉を寄せて睨み上げてくるハル。思い込んだらもう最後だから、それが真実だ!と犯人も吃驚する名推理をするから。

手を撥ね退けられて、後ろにニ、三歩下がる。黒いハイヒールのカン、カンッ、という音が響いた。短いスカートから覗くむっちりとした脚が見えて結構なんだけど、やっぱり手をずっと触っていたかったなと思う。

脚触りたいな、と見ていたら今度はその視線には気がついたらしい。だって俺女たらしって思われているらしいから。

「何処見てるんですか!最低!・・・前のツナさんはこんな人じゃありませんでした!ハルが好きだったツナさんは女の人を大切にする人でした!」

勢いに押し負けられて返事をするのがワンテンポ遅れて

「とにかく!ハルは休暇を貰います。遠くに行きます!追っ手が来てもハルが返り討ちにしますから!そのつもりで!」

びし!と人差し指を向けられて激情に駆られたハルはそのまま短いスカートなのに大股で歩いてドアを開けて、大きな音を出して閉めた。

静寂がいきなりやってきて、今までの台風は何処に行ったの?って感じに静か。

一人のこの部屋は広すぎる。

「・・・・どうしようかな・・・」

もうこれはアピールどころでは無くなった。普通に嫌われるのはいやだし。

顎に手を当てて考える。

10年前なら、こんな事態が起こったらあわあわと慌てるだけだろうな。と、さっきから10年前と比べすぎかと考えるのをやめた。

でも、昔の俺は今の俺が理想で、今の俺は昔の俺が理想・・・というより憧れ。

だって、ハルは昔の俺が好きだった、って。だったって言ったから。

其処にはもう、あの想いは無いんだって言われたようで悲しかった。

「・・・獄寺君に相談しようかな・・・」

一人でいるとろくな事を考えない性分は、昔とちっとも変わってなかった。

 

 

これ書いていて、あれ。ツナが何か神威兄ちゃんみたいだな・・・と思いながら書きました。

最後に何となくツナっぽさを無理矢理捻りこんではい、OK!(←

・・・よくないですよね。やっぱり・・・

 

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