パジャマ越しに感じるその体温に眼を細めていた頃。
俺はこんな日が来るなんて思いもしていなかっただろう。
眼の前にぶら下げられた肉だけしか見ずに、その先にある更に調理されておいしくなった未来など、
その時にはまったく見えなかった。盲目の俺。
「ほら、ね?」
にっこりと笑って手首を掴んで離さない女。
ああ、そうだな
擦れながらそう言うしか出来なかった。
子供が出来た。子供が大きくなる。子供が腹を蹴った。子供が生まれる。父親になる。
簡単に完結に言うとこの仮定の中の今は子供が腹を蹴った。に入る。
手首を掴まれて、無理矢理大きく張ったお腹に手を添えられた。
此処まで大きくなるまで触れなかったというのに、触れたくても触れられなかったのに
この女は簡単にそれを壊す。
「あ、またですっ」
たしかに、ドンッと手のひらに僅かな衝撃が感じられた。
そのビリッとした衝撃が身体全体に大きな衝撃をもたらして伝染するように身体を巡る。
「ね?言った通りでしょう?」
幸せそうにそう言うものの、まだ離してくれる気は無いらしい。
畏怖している俺なんか蚊帳の外、今はとにかくこの情報をもっと知ってもっと喜んでもらいたい。という顔をしている。
「ほら、動いてます・・・」
眼を閉じてお腹にいる子供を感じているその表情はまさしく母親だった。
そして、この手に触れている肉の中に、一つの命が鼓動をして息をして、確実に成長しているのだと思うとあまりにも懊悩しそうだった。
俺なら、この手で簡単に殺せてしまうほど、まさしく、赤子の手を捻るくらい簡単なことだ。
それほど儚い命が、ちゃんと母の身体の中で成長し、泣いて、喚いて、成長する。
俺もその一つの命だったのか。コイツも。他の奴等も。
一年近く母に守られ、感情を持ち、動いて。
夢物語のようなその子供の誕生に、どうしても分からない。
何故、俺が子供から父と呼ばれる立場に居るのだろうか。
この俺が、ふざけるなと笑いたいくらいに。似合わない。柄じゃない。
「ボス?」
眼を開けて心配そうに俺の顔を覗き込む女。コイツも、母親になったのか。
俺が、そうしたのか。
そう思うとなんともいえない感情が身体を這い回った。鳥肌に似た何かが背中を駆け巡っていく。
「どうしたんですか・・・?」
頬に手が添えられて視線と視線がぶつかり合う。
この方法も何だか餓鬼臭い。いつの間にかハルが習得していた俺と視線を合わせる方法。
大きな眼があまりにも10年前と違うと変わっていて。強いその視線から逃れたいと思うくらい。
「何でも、ねぇ・・・」
「嘘ですね。」
「・・・・・・。」
「駄目ですよ、パパが嘘ついてちゃ・・・ねぇ?」
そうお腹の子供に話しかける姿にまた鳥肌もどきが這い上がる。触れている手が震えてくる。
「本当に、どうしたんですか・・・・?」
「・・・・・俺は、」
「はい。」
「・・・・・・」
「大丈夫ですよ、ゆっくりでいいですから。」
畜生。コイツ俺を子供の練習台にでもしてるんじゃないのか。と一瞬思ったが、撫でられた頬が気持ちいいので押さえ込んだ。
この言葉も、10年前から言われていたな、とふと思った。
14から、コイツは母になる事が分かっていたのだろうか。コイツは、女というのはそういうものだったのだろうか。
指でゆっくりとすりすりと撫でられて。
「俺は、父親は無理だ。」
その言葉はハルを瞠目させるのには強烈な一撃だったらしい。
無理だ。
「・・・どうして、ですか・・・?」
「俺は・・・・・、」
また途切れた言葉は別の理由からだった。言葉が無いんじゃない。あるからこそ黙ってしまった。
こんな恥ずかしい台詞なんか言えるか。
「・・・・どうして・・・」
今にも泣きそうな声がまくし立てるように聞こえる。
その言葉を言えとばかりに、理由を言えと攻めるような。
「・・・・・やですよ・・・この子は・・・ボスの子なんです、ボスとの・・・」
大切に、泣きながらお腹を両手で守る姿、ベッドの上で後ろに下がってぼろぼろと涙を落とす。
「・・・ひっく・・・ヤです・・・」
嗚咽を漏らして泣いているその姿は、やはり大人しく泣いている姿を見ると成長を感じる。
大きくなっていくお腹と共に、顔つきまでもが、精神までもが大きくなっていた気がした。
あまりにも幸せそうに、辛い事があっても笑って済ませていたこいつだから。
妊娠してから、泣く事が無かったから。
驚いた。
久しく見ることの無かった泣き顔を見て、母じゃなく、ハルだという事に喜んだ。
「・・・別に、生むなとは言ってない」
「でも・・・・」
「ただ、俺が父親として十分な事が出来ないというだけだ。」
「そんな事、無いです・・・親は、傍に居るだけで、いいんです。そうすれば・・・無意識のうちに愛が注ぎ込まれるんです。」
経験したような口ぶりに違和感を覚えながらも、それに上乗せされる違和感が俺を支配した。
無意識のうちに、注がれる。
「―――嘘だったら、カッ消すぞ。」
お腹を触ってそう言うと、蹴られた気がした。
「はひ、駄目ですよ、そんな言葉を使っちゃ!」
「何でだ。」
「お腹の子にも聞こえるんですよー?だから上品な言葉遣いを・・・」
「俺に求めるのか。」
「・・・・せめて、カッ消すだけは・・・」
「・・・配慮する。」
また蹴られた気がした。
「あっ!蹴りました!」
はじけるような笑顔を見て、母親の顔じゃない事に安心した。
「・・・そうだな」
手探りで求める父親というものを、もう少し時間をかけて探してみようと思った。
ボスは絶対に父親になることに違和感を覚えるはず。
9代目のことがあったから、父親という存在、名前を遠ざけようとするはずだと思ったんです。
コンプレックスに似たそれになる事は、いろんな嬉しさや不安が混じったような違和感がすると思うんですよね。
だけどそんなボスはハルが居ればなんにでもなれるんだよ!!(意味不
リクエスト、ありがとうございましたー!!