「ほらぁ・・・口を開けろぉ・・・」
「はひ・・・こう・・・ですか?」
「そうだぁ・・・う゛お゛、じっとしてろぉ」
「はい・・・」
「・・・見るんじゃねぇ・・・眼瞑ってろ!」
「はひ、」
「・・・っ、よし・・・」
「んっ・・・」
「おら、動くな・・・」
「・・・やっ、やっぱり・・・無理で・・・」
「無理じゃねぇ!」
「はう・・・」
「っ、動くな、よ・・・」
「ひっ、」
「なぁ、声だけだとすっげー恥ずかしいんだけど。」
「あ゛あ゛!?何処がだぁ!」
つーか話しかけてくるんじゃねぇ!結構緊張するんだぞぉ!コレ!と、ハルの顎に手を添えて叫ぶスクアーロにそんなもん?と首をかしげて覗きこむ。
「王子がしてやろーか?」
「いいっつってんだろーがぁ!あっちいけ!」
「あのー・・・まだですか?」
眼を片方開けて覗き込むハル。スクアーロの手にあるグロスがいつになったら唇に塗られるのだろうかと溜息を吐く。
ベルと取り合いをしている姿から眼をそむけて窓の外に視線を向ける。
ぽつぽつと振り続く雨に溜息を吐く。バタバタと騒いで埃を巻き上げる二人に一括してグロスを取り上げる。
「やっぱり自分でやります。それか、ルッスーリアさんにしてもらいます」
うつぶせになったスクアーロの上に、さらに乗りかかったベルの二人に微笑んで自分の部屋に戻っていった。
凱旋した三浦ハルをそのままの体制で見送って、ベルがつまらなそうに声を出す。
「ちぇー。」
「ったく、このクソ餓鬼がぁ!」
「王子にさせりゃーよかったにさー。ハルが眼閉じてるあの顔キスする前の顔みたいですげー良かったのに・・・」
「んな゛ぁ!」
「お前だってそー思っただろ?」
「ぐ・・・」
「一瞬だけぐらついてたの見てるしー。」
「煩ぇ!いいから其処から下りろぉ!」
「やだね。」
だって、俺王子だもん。と笑う。
ハルには、まだ口紅は早いと思ったので、グロスにしてみたのですが。何だか緊張しちゃったので近くに居たスクアーロさんに頼んだのですが・・・。とふぅ、と雨音の響く廊下で息を吐き出す。
どうしてこんなにもドキドキしてしまうんでしょうか。少しだけ大丈夫だと思ったのに・・・。
ドキドキといえば、さっき顎をつかまれたときもドキドキしちゃいました。
やっぱりスクアーロさんじゃ駄目ですね。かえって悪いです。
熱が集中した頬を包み込んでまた溜息を吐き出す。天候が悪いから、雨だからそうなるのだろうか。
グロスをつけて、少しでも大人になりたいだけなのに。
綺麗な銀色の髪に負けないくらいの何かをほしいだけなのに。
「あうー!どうしてですかぁ!ハルの何がいけないと・・・!」
「邪魔だ。」
「はひ、」
廊下の真ん中に立ち止まり、頭を抱えて叫ぶと、後ろから襟元を掴まれて右に90度回転した。
子供をどかすような行動にぽかんとしていると、ザンザスがすたすたと歩いていった。
「・・・・はひ!待って!待ってくださいボス!」
そう叫ぶと、ああん?と、視線だけで人を殺せそうな眼をこちらに向けた。
「ボスって、女の人ってなれてますよね?」
「それがどうした。愛人にでもなりたいのか。」
「はひ!違います!」
「まぁ、お前なら正妻にしてやってもいいがな。」
フッと笑ってそう言ったので、ハルは顔を真っ赤にして講義する。
「何ですか正妻って!・・・って、そうじゃないです!セクシー系が好きなボスなら、お化粧とか何となく分かりますか!?」
「文脈がなってねぇな。後で勉強教えてやる。」
「はひー!それはいいです!とにかく、グロスとか、お化粧とか・・・」
「・・・・それがどうした。」
「・・・してください」
「やっぱり愛人になりたいのか」
「そこから離れてください!!」
最終的に、やはりルッスーリアが一番適任なんじゃないかという結論にザンザスも至り、疲労だけを吸収したハルは歩いていくザンザスの背中を見おくってルッスーリアの部屋に行った。
だが残念ながら、今は外出中だったらしく、これまた落胆して自室に戻った。
自分で化粧するのは怖い。
もし、口紅を塗ろうものなら、口から眼の下まで、歌舞伎役者のような模様を描いてしまった小学校2年生のトラウマに似たものを思い出す。
もし、ファンデーションを塗ろうものなら、その粉が眼や鼻や口に入ってとんでもない事になった5歳の頃のトラウマに似たものを思い出す。
もし、マスカラを塗ろうものなら、間違えて眼球に張り付き、激痛に耐えながら親に眼科に連れて行ってもらった小学校4年生の完璧なるトラウマを思い出す。
ああ、ハルってば、どうして小さい頃にお化粧のトラウマを作ってしまったんでしょう。興味を持たず、平々凡々に育っていれば、今だって普通に何のためらいも無くお化粧できるのに・・・
電気を付けるのも忘れて、ドアの前で膝を付いて過去の自分について反省会をしていた。
お母さんのお化粧に興味を持ってしまったこの好奇心を呪います。
そのせいで、好きな人に綺麗って思える手段を切り落とす事になっちゃって・・・
「・・・はう・・・」
勝負をする前から、戦闘意欲が欠落してしまったハルにはもうなす術は無い。
ただ、グロスだけでも濡れれば、と、握っているグロスを見つめる。
ごくりと喉を鳴らして、鏡の前に座る、おそるおそる唇に触れさせて、塗った。
ゆっくりと、あまりにもゆっくりと。
「・・・・・はひ。」
塗れた。
当たり前だけど、当たり前すぎるけど、塗れた。
「・・・・・・・・」
こ、これなら・・・
持っているだけで使っていない、封がまだ切っていない新品の化粧品が入っている袋を見た。
これは、大人になる第一歩です!!
「あー。なーなー。」
「なんだっつーんだ!」
「王子暇、何か食べたい。お菓子もってこいよ。」
「自分で取りやがれぐーたら王子がぁ!俺は行くっつってんだろーが!」
「駄目、ハルんとこ行くんだろ。」
「当たり前だぁ!」
「なんでお前なんかが恋人なわけ?恋人じゃなくて変人じゃねーの?」
「ただ漢字が違うだけだろーが!」
ナイフを投げて投げて投げまくるベルに苛々しつつ、窓を割って出て行ってやろうかと模索していた時に、ザンザスがどすどすと廊下を大股で歩いてきてドアを吹き飛ばした。
驚いた二人に眼もくれず、当たり前の如くソファーにどかりと腰を下ろした。
「う゛お゛ぉぉい!テメーは普通に入れねぇのかぁ!」
「ああ?」
「ぐ・・・」
「・・・・そうだ、カス。」
「・・・なんだぁ・・・」
「ハルが俺の愛人になりたいと言ってきた。」
「はあ!?」
「え?」
机に脚を乗っけて、そこにあった食器ががしゃーん!と床に音を立てて落ちた。
おい、待て待てとスクアーロが顔を覆ってしばらく考える。
何があった?グロスを持って廊下に出て・・・それから何があったんだ!この短時間に!
「それマジー?ボス」
「嘘だ。」
「嘘かよ!!」
「うわー。めずらしー、ボスが冗談とか言ってる。ちょー上機嫌じゃん。」
「仕事をレヴィに全部押し付けてきた。」
「それなのに仕事をした後の清清しい顔してんじゃねぇよ!」
ベル、ウイスキーもってこい。 へーい。
そんなやり取りを聞いてまた顔を覆う。あの堕王子がぁ!軽々とソファーから飛び降りていそいそとウイスキー取り出してんじゃねーぞぉ!!
この主従関係をどうにかしないと俺が持たない。ストレスで死ぬぞぉ!そんな死に様嫌だぜぇ!
蹴破られたドアのおかげで外の音が良く聞こえる。ばたばたとこっちに向かって走ってくる音がする。
この音は、と敗れたドアから覗くとハルが居た。
「う゛お゛ぉぉい!ハル・・・・・な、」
「・・・・どうですか?これ、結構上出来かなーって思ったんですけど・・・」
グロスが塗られていて、ファンデーションも塗られていて、マスカラも塗られていて、マニキュアも塗られていた。
化粧品に果敢に立ち向かい、勝利した三浦ハルの姿がそこにあった。
「・・・・・・・」
「・・・スクアーロさん?」
「おい、カス。何固まってんだ。」
「んー?・・・っと、あれ、ハル?」
「はひ、どうですか?どうですか?」
「一瞬誰だかわかんなかった・・・つかどったのその服。」
うふふ、とくるりと一回転した。
「前ルッスーリアさんに貰ったドレスですー!いつ着ようか悩んでたんですけど、お化粧もしましたし着ちゃおうと思って、」
高いらしいんですよ、これ。と言い終わる前にスクアーロがハルを抱いて窓を割って庭に飛び降りた。
そして着地した後は見事な走りで何処かに行ってしまった。ハルの叫び声をBGMとして。
「お前もまともに出て行かれねーのかっつー話なんだけどさー。」
「アイツは化粧したら化けるからな。」
ウイスキーを飲んでソファーに山の如く動かないザンザスがフッと笑ってそう呟いた。
その場所からじゃ見れないのに、とベルがんー?と声を出す。
「ボス、今のハル見たの?」
「見てない、だが分かる。」
女を星の数ほど見てきたんだ。それくらい分かるか。百戦錬磨のボス様なら。とベルは一人完結して割れた窓からスクアーロが去っていった場所を見つめる。
追いかければいいのに動かない脚。
「・・・スクアーロ後で殺してやる。やっぱり。」
美しさに感服して動かないのかな・・・いや、まさかねー。と、王族の血が混じっているベルフェゴールはししし、と笑った。
大きな木の下。屋敷の裏側のこの場所は影が濃く、人の気配がまったく無い。
その木の下でハルは木の幹に寄りかかりぐったりとしていた。
「おら、ハンカチだぁ」
「はひ・・・どうも・・・」
「あれくらいで酔ってたらヴァリアーなんかに居られねーぞぉ」
「う、でも・・・いきなり飛び降りるなんて・・・吃驚です。寿命が縮んじゃいました・・・」
顔面真っ青にしてうう・・・と唸るハルの背中をさする。
だが・・・、とハルの横顔を見る。
「ハル。化粧駄目だったんだろぉ?」
「はい・・・でも、出来ました・・・」
グッと拳を作って微笑む。だがまだ真っ青だ。
「ゆっくりと、はみ出さないように、粉を出さないように、眼に入れないように、と、注意して注意していたら何とか・・・凄いですね。人間やれば出来るものなんですね。」
感心したように呟くハルに、背中をずっとさすり続ける。涼しげな風が吹き通るのが良かったのだろう。だんだん顔色が戻ってきた。
「ハンカチありがとうございます、もう大丈夫です」
「ああ。」
ハンカチをポケットに押し込んで、じゃあもういいかと顔を近づける。
今までになかった化粧の匂い。
「んむっ」
ぶつけるように押し付けた唇はずる、とすべる。グロスの感触とその匂いがスクアーロを擽る。
舌を捻りこんで弄るように動かす。ハルの口の端から零れ落ちる唾液が、グロスも落とす。
「はふっ・・・」
離した唇からは銀色の糸が引いていて、直ぐに呼吸をした春の振動によってぷつんと切れた。
ごほっ、とむせるハルを抱きしめた。
「こほっ・・・スクアーロさん・・・?」
「・・・・・・・」
「・・・苦しい・・・です・・・」
「・・・そうかぁ」
そういっても腕の力を緩めてくれる気は無いらしい。
むき出しの背中の素肌に手を添えて撫でる。
ぞくぞくと反応するハルの耳元で
「こんなの、着なくてもいい・・・着るなら俺の前だけにしろぉ」
「・・・はい・・・」
素直にそう呟いたハルを腕から開放した。
「・・・スクアーロさん、ハル、綺麗ですか?」
「あ?・・・ああ。」
「・・・そうですか・・・」
顔を見ると、真っ赤にして嬉しそうに微笑んでいた。
お化粧ネタとかやったっけなぁ?とかふと思ったのでちょっちやってみましたww
スクハルの甘でしたので、スクハルはどうしてか恋人未満な話が多いのでちょっと新鮮でついつい手が動いてしまいましたw
いやぁ。ベルは王子だから、一人の女の子のお化粧一つで感動するなんて・・・無い無い。とか思ってたりしますw
リクエスト、ありがとうございましたーーーwww