君はとても悔しがっていた。
それは僕の勘だけど、君が言ったわけじゃないけど。
何となく見ていて分かった。
今を生きる事にとても惜しんでいた。
今よりも、昔を見つめている気がした。
その視線が見えるのは、いつも僕と視線がぶつかった瞬間。
僕を通して何を見ているのだろう。
僕を通して何を悔しがっているのだろう。
君はどうして昔ばかり省みているのだろう。
そう思っていると、彼女は今を見てきた。
それでも、何かが足りないと思った。欠落した何かを見つけるために僕は、
好きだったんだ。と分かった。
あまりにも単純なその答え。どうして視線がぶつかるのか、どうして視線が彼女に行ってしまうのか。
それが分かった時に、何か違和感に似たものを覚えた。
彼女が恋をしていると聞いたとき、どうしても馬鹿みたいに思えた。
あまりにも笑顔が眩しくて、あまりにも幸せそうで。
そんな表情をすることが出来る感情。
それが今僕の中にある。
もう馬鹿に出来ない。激情に駆られて、何をしてしまうか分からないような感情。
いつも彼女は傍に居た。いつも彼女は僕を見ていた。だから、言ったんだ。
返事は駄目。だと言われた。
それこそ駄目だと僕が言った。
駄目だ、嫌だ。
彼女は僕の事は好きでは無かったのだろうか。友達の一人としてみていなかったのだろうか。視線の中に混じったモノは何だったのだろうか。僕の自惚れじゃ無いと思う。
ただの通行人とか知り合いという場所には立っていないと思う。
友達、でも、それ以上の何かはあったんじゃないかと思う。
僕には、ある。
君が悔しがっているのも、今を見る事にも気が付いた。
それが真実なのかも分からないけど。
好きだと告げて、次の日に会うと、彼女はまた悔しがっていた。
僕と視線が交わる前からそうなってしまっていた。
僕のせいだろう。
僕が原因なんだろう。
それは分かった。分かったけど、本当の理由は何なのだろう。僕を見て何を悔しがっているのだろう。
彼女はあまりにも分かりやすい人間だ。でも、それ以上に分かりにくい。
表面上のどうでもいい事は良く分かる。でも奥に秘められた大切なものは絶対に見せようとはしない。
だから、腕を掴んで引き寄せた。
抱きしめる事すら出来なくて、二の腕を掴んで見つめるしかなかった。瞳を覗き込んで、奥にある真実を見出そうとした。
そして、腕の感触を全身で覚えようとしていた。
細く、柔らかく、暖かかった。人間の腕。触りたいなどと願った事なんて無いのに。
眼を細めて瞳を覗き込む。そうすると黙って首を振った。
駄目、駄目・・・
続けて出された言葉、口から出されるたび、揺れ動く瞳の奥。
もう少しで見えそう。
そう思った。だけど、瞳がどんどん潤っていって、うるうると光ってきた。腕を離すしかなかった。視線をずらすしかなかった。
だけど、触れてしまったらその大きさが身体全部でわかってしまった。
引き寄せられるように、中毒のように、麻薬のように。
触らないと駄目だった。感情が受け入れられないと言うのなら、触れなければ無理だった。
彼女は完璧に僕を拒絶しているわけじゃない。それがわかって、いろいろと試した。
後ろから抱きしめたり、指を絡めたり。
全部嬉しかった。満たされる気がした。
彼女の温度と匂いが脳を痺れさせて、どうしようも無くなりそうになる。
男としての激情を、そのままぶつけてしまおうかと思った事もあった。
でも、毎回瞳を覗き込むと、其処にある深い何かが僕を押しとめた。
何で、そんな眼をするの。
どうして。そんな顔をするの。
謎ばかりが膨らんでいく。
だけど、拒絶される事は無いから、僕はまた触れるんだ。後ろから抱きしめたり、前から抱きしめたり、指を絡めたり、頭を撫でたり、頬を撫でたり、首筋に顔を埋めて匂いをかいだり。キスをしたり。瞼の上にキスしたり。
いつか、消えてしまうかもしれない存在を脳に焼き付けなきゃいけないと思ったから。
一日一日の一瞬、時の狭間。いつか僕を拒絶して、僕の前から消えてしまうかもしれないから。
そうしている内に、時間がたゆたうように流れていった。
もう直ぐ、イタリアに行く事になってしまった。彼女はどうするでもなかった。いつのものように、僕に戸惑っていた。
イタリアに行ってしまえば、コレでお終いなんだろう。
長かったようで短かった彼女との時間。其れを惜しむかのごとく、最後の見回りをしようと夜中に外に出ようと玄関を開けたとき、胸に小さな衝撃があった。
ハル・・・・?
――雲雀さん
そう呼ばれて、どうしたのと問いかける。
今までしなかった行動に、ただ驚くだけだった。
――ハルね、決めました。
ぎゅうっと抱きしめられて決意を露にした。
――雲雀さん
次に紡がれる言葉に一瞬の恐怖を覚える。
此処で、完璧に終わられてしまったら
――ハルと、一緒に、
僕は、
――生きてください。
すりすりと頬を胸に擦りつけてきたハルを見て、今の言葉は幻聴じゃないんだと確信した。
溜息を吐いて首筋に顔を埋める。
彼女の香り。
何なの、これ・・・と、言う。
だって、こんなのドッキリか何かだとしか思えない。
ねぇ、何・・・これ・・・
泣きそうになりながらもそう言う。いや、泣かないと思うけど。
あまりにも唐突に、前触れも無かったから。衝撃が大きすぎたんだ。
抱きしめて、抱きしめ返される事が、とても凄い事だって知った。
ハル、
月が雲で隠れた。
むっずかしかったぁぁぁ!!(ぇ
いやぁ。あれはハル視点だけで終わらそうと思ったものですから、まさかの雲雀さん視点を頼まれるとは・・・!
とにかく雲雀さん視点だったら、ハルにべたべたな部分しか書けないんじゃないかなーって思ったんですけど・・・
無理矢理捻りこみました。
こずえ様、リクエストありがとうございました!
title 星が水没