三浦ハルが結婚するらしい。
そんな情報が入ってきた午後の曇りの日。
着流しを着ていて、熱いお茶を飲んでいる時。神妙な顔で草壁が言ってきた。
胸にどすっ、と、小刀が刺さったように感じた、だが、そう。一言で終わらした。その言葉が気に入らなかったのか、しばらく草壁はずっとそこで座ってこちらを見ていた。
顔を歪ませ、何か言いたそうに。
しばらくすると何も言わずに去っていった。其れが一番いい判断だ。
出て行った草壁の気配が完全に消えた時、湯のみを見つめ
「結婚、か」
三浦ハルに告白されたのは確か10年ほど前の事。その時の僕は酷く曖昧で不確かな人間だった。だから付き合わない。の一言だけ。
その一言で三浦ハルはそうですか。と普通に微笑んだ。
虚しくも寂しくも悲しくも無かったあの時の僕。
応接室には暖かい日差しが差し込んでいたから、多分春頃の事だったと思う。ぽかぽかしている陽射しが三浦ハルの肌を白く見せて、何故かとても鮮明に思い出せる。
年寄りのように珍しく、僕と同じお茶を飲んでいた。すべてが暖かくするように、熱いお茶。湯のみから温度を貰うように包み込んでいた。
告白が終わった後のあの笑顔。凄く年寄りっぽかったな。
眼を閉じてふと感傷に浸ってみる。
そしてそれから5年くらい後。イタリアに行った。その時から薄々感じていた気持ち。
行くと言ったのは三浦ハル一人。草壁は付いてくるから言うまでも無かった。
だけど、沢田達と一緒にいる三浦ハルにはきっと僕が言う前から知っていたんだろう。
「そうですか。」
わざわざ夜呼び出して、三浦家の家の前。冷たい風が通り過ぎていく中二人一緒に居た。
「イタリア、遠いですね。」
「まぁね。」
「ハル行った事もありません。行ってみたいです。イタリア。」
「君には無理なんじゃない?迷子になるだけだよ。」
「はひ、失礼なっ。ハルだって成長してるんです」
「は?君が成長?どこが」と、言ってやりたかった。でもそれは本当の事で何も言えなかった。三浦ハルは本当に成長していて、女だった。
今もどこか落ち着きがあって、身長が伸びた僕よりも、彼女の方が成長している。
「・・・じゃあ、イタリアに行ったら、案内してくださいね?観光地とか。」
「観光地って群れてる所でしょ?絶対ヤだ」
「えー。だったら意味ないじゃないですか!折角のイタリアなのに・・・じゃあ、レストランでいいですよ。イタリアはおいしいと聞きますし。」
「知らない。」
「おいしいらしいですよ。」
くすくす笑ってお土産よろしくお願いしますと笑う三浦ハル。多分、告白してきた頃だったら知らないじゃないでしょう?とか何とか言って反撃してきたはず。
とても、遠くに行ってしまった気がする。
こっちが行くのだけれど。
「イタリアのものを送ってくれたら、日本の物送ります。」
「いいよ。自分で取り寄せられるから。」
「まったく、人の親切を無にする人ですね。」
ずっとこんな感じだった。ふざけた事を言って喧嘩して、笑ったり、何だか凄く人間臭い事だ。
でも違和感は隠せなかった。昔の自分が見たら明らかに違う。と断言できるだろう。
変化している。彼女も、僕も。
「ハル。」
昔は三浦と呼んでいたのが、いつの間にかハルと呼んでいたり
「さよなら。」
わざわざ呼び出して別れの言葉を告げたり。
「・・・お元気で。」
頭を撫でたり、絶対に変化していたんだ。
それが三浦ハルと会った最後の日だった。
それから月日が流れ、遠く離れた所に居る彼女を何故か頭の中で思い出していた。
中学、高校、大学、そして今。どうしているのだろうか。果てしない志向の末、たどり着いたのは、ありえない。恋だなんて。の言葉で否定した。
愛だの恋だの、不必要でいらないものだと思っていた。人との関わりも何もいらない。自分自身だけが居ればいいじゃないか。
そう思っていたのに、いつの間にか毒されていたらしい。
カツン、カツン。
自分の歩く音が響く廊下の先にある大きく豪華なドア。そこをノックもせずにあける。
「やぁ。」
「あ。すみません雲雀さん。来てもらっちゃって」
どうぞどうぞ、平社員みたいにソファーに誘導する姿はボンゴレボスにはまったく見えない。威厳も何もあったもんじゃない。と心の中で溜息を吐く。
「で、何?」
応接室よりもふかふかのソファーに座りたずねた。
「・・・ハルの結婚の事で」
「・・・・・」
「ハルの結婚の相手はとある会社の社長だそうです。」
「・・・・・」
「大きくも無いし小さくも無い。中小企業です。その人の人柄はいいらしいですし、将来も約束されています。」
「・・・・それが、何」
「・・・・・ハルのお父さん。病気なんですよ。心臓病で、手術するお金が必要なんですが、その額がかなりらしくて・・・」
「・・・・・・」
「俺達に言えば貸すのにって、言ったんですけど・・・迷惑は、かけたくないって。」
「・・・・・・」
「・・・・もしかしたら、ハル・・・本当は・・・だから、ひば」
「沢田。」
「はい!」
「・・・用件はそれだけ?」
「・・・はい。」
「・・・じゃあね。」
何も言わない沢田を見て、出て行った。
なんでもない。ただの情報。
どうでもいいはずのそれは僕に多大なる影響を与えた。
「・・・・・。」
本当に余計な事をしてくれた。今まで収まっていたものがあふれ出てきた。
嫉妬、憎悪、焦り、恐怖、悲しみ
いろんな事で胸が潰れそうだった。頑丈なボンゴレの廊下の壁を思いっきり殴った。ずんっ。と廊下に響き渡り、少しざわついていた。
侵入者か!?とか、地震か!?とか。
そんな笑える雑音を聞きながら帰った。
一体コレはどういった意味なのか。結婚式の招待状が届いたのだ。
手に届いた時には握りつぶしそうになった。
ふわふわとしている白のデザイン。冷たく見下ろしてもどうにもなるわけでもなく。
だが、そんなものを持っていようとなかろうと、結婚式場に無断に入る事は当たり前だった。この紙を持って入れるのは会場まで。
花嫁のいる部屋には入れない。
警備している男を気絶させ、入った。綺麗な純白のドレスに身を包んで鏡の前に立っていた。
頬と唇に赤みが差していてとても綺麗だった。
こっちを向いて驚愕した表情を見せた。
「・・・雲雀、さん。」
「・・・・・・・・」
僕としたことが、どうすればいいのか分からなくなった。言いたい事がたくさんありすぎて頭が混乱している。
綺麗だ。とか。結婚しないで。とか。肌が白いね。とか。子供みたいな単語しか頭に浮かび上がらない。
あ・・・とか。う・・・とか。
そんな声しか出ない僕を見て、三浦ハルらしくなく、余裕に微笑んだ。
「雲雀さん。何故、花嫁の更衣室に誰も居ないんだと思いますか?」
薄いベールを揺らしてこっちにむいた。
「普通なら、お化粧する為だとか。親とか。友人だとか。最初に花嫁の姿、見に来るものなんですよ?」
後半の言葉は一般常識の無いと思える僕に教えているようだった。
「ハル、ロマンチックな事大好きなんですよね。」
話の繋ぎ目が分からなかった。ただ、黙って聞いているだけだった。
「だから、このまま連れ去ってくれませんか?」
少し、少しだけ眼には不安の色が見えた。
「ウェディングドレスでだなんて、映画みたい。」
くるっ。と、重そうなスカートを持ち上げて一回転した。
「逃げ切れたら、このウエディングドレスで結婚式を挙げましょう。そのほうがもっとロマンチックですもの。」
「・・・・・」
「・・・・相手の方には、悪いです、けど・・・」
斜め下を、どこか遠くを見つめるように見ていた。
「・・・・ハル、幸せになりたいんです。お父さんの事で揺れ動いていた時に、あの人とのお見合いが来て・・・だから、結婚しちゃおうって思ったんです。でも、本当はね、雲雀さんが好きだったんですよ。」
声にならないものが喉まで出かかった。雲雀恭弥はそれを飲み込む。
「・・・けど、雲雀さんには玉砕してます。ツナさんにもあんなにアタックして無理だったんですもん。そりゃネガティブにもなっちゃいますよ。一回で終わっちゃったのも仕方の無い事だと思いません?」
「・・・しらないけど。」
「・・・・・雲雀さんは、肝心な事を言いませんよね。肝心じゃない事もですけど。」
困ったように微笑む顔に懐かしさを感じた。
「・・・結婚する人。とっても優しいんです。ハルの事を見ててくれますし、ハルが知らないこともいっぱい知ってるんです。あの人と居れば、その知識でいっぱいになって、雲雀さんのこと忘れられるんじゃないかって。」
こっちに向きなおして、自然に微笑みを見せた
「でもよかったです。ギリギリでしたけど。」
くすくすと笑う三浦ハル。でも、直ぐに華やかな色を落として
「・・・・雲雀さん。ハルを、迎えに・・・来て、くれたんですよ、ね?」
「・・・多分。」
出た声は分けの分からない単語だった。多分って何だ。多分じゃなく、そのつもりだったのに
あまりにも素直になれない自分に、初めて驚く。
ハルも同じように驚いていた。だけど直ぐにまた笑顔になって
「そーゆー素直じゃない所。好きです。」
じゃ、早く逃げましょうか。人来たら大変ですもんね。
肘まであるシルクの手袋に包まれた手を差し出される。少し、彼女に流されているような気がする。
「もしかして、こうなる事予想してた?」
「・・・少し。期待しちゃってました・・・だって、花嫁は幸せにならなきゃつまんないですもん。」
ぎゅっ。と握ると、布越しの温度にふっ、と心が軽くなった。
落ち着いた空気を惑わせる三浦ハルに、10年は長かったのだと感じた。
あとがき
もう、後半からやばいやばい!!と、焦ってスピードを上げたらこんな出来の悪いものに・・・・(汗
お待たせしてこれは無いだろ!と。自分で自己嫌悪に陥っております。
title 泣殻