僕は知っているんです。

貴方が夜な夜な空を見上げている事に。

いつも下から見上げて、さらに上を見ている貴方を見る。

ロミオとジュリエットのようなシチュエーションだが、ジュリエットは残念ながらロミオに気が付いていない。

あまりにも不毛なその行動に、僕はずっと懊悩している。

恋って、何なんですかね。

 

 

 

 

 

「あ、おはようございます!骸さん!」

いつもの朝、昨日の憂鬱に苛まれている表情なんかではなく、スキップをやめ、天真爛漫な笑顔と敬礼とともに挨拶をする。

それが日常と化したのは犬が僕の事について熱く語り、ハルさんに熱弁したらしい。

コレまでの成り行きを少しデフォルメして、一般人の直ぐに受け入れてしまう三浦ハルに拳を作りながら話していた。

犬がハルさんと話していることに若干血管がぴくっと動きましたが、話している内容が僕というのは悪くないな、と眼を瞑ってその場を去った。

その後の事はあまりしらないのですが、この間ハルさんが話した限りでは、犬のそんな熱意を生み出すほどの男ならば、ハルは犬さんと同じように敬おうと思います!と、敬礼のポーズで叫んだ。

いいと思うのですが、少し、悲しい気がします。

敬うんじゃなくて、もっと違う・・・

「おはようございます」

「おお!書類ですか!今日はツナさんが居ないので帰ってきた時に出した方がいいでしょう!」

「・・・そうですか、ボンゴレはまだなんですか」

「――はい。」

わざと言った事を直ぐに後悔してしまった。ハルさんが俯き、今までの元気は何処かに霧散してしまったかのように落ち込んでしまった。

だけど笑顔を見せてくるその顔に、さらに罪悪感に苛まれる。

ハルさんは困ったように笑う。

「直ぐ、帰ってくるってハルに言ってたんですけどねー・・・」

取り除けない不安を、夜にも垣間見た。

昼でも朝でも夜でも、いつも頭の中には沢田綱吉が占領していて。

恋人でもないのに、沢田綱吉は貴方にはっきりとした言葉を言わないのに。

優しさのあまりに酷いその男の何処がいいのか。僕には分からない。でも、恋は盲目。恋をしてしまったらどんな男でも人でも、その人しか見えなくなるのは自分自身が嫌というほど知っている。

「まぁ、ボンゴレの事ですから。直ぐに帰ってくるでしょう」

溜息交じりにそう言うと、あまりにも分かりやすく明るく笑った。

不意打ちのその笑顔は、駄目ですってば。

「そうですね!そうですよね!ツナさんはボスですから、大丈夫ですよね!?」

それはもう決定事項にしないといけない事。それを僕に聞きますか。

笑顔の下にはボンゴレなんて死んでしまえばいい。むしろ自分で殺したいと思っているのに。

「大丈夫です。」

笑顔は引きつってないだろうか。

身体の何処か痙攣して無いだろうか。

 

 

 

 

「・・・・ああ、もしもし、ボンゴレですか?」

「またか、骸。」

「またかとは失礼ですね。可愛い部下が心配して電話してあげているというのに」

「自分で可愛いとか言えるのか!?」

「はっきりと言えますね。笑顔もオプションとしてつけましょうか?」

「いや、いい」

「・・・・で、今回は少し遅いじゃないですか」

「・・・またハル?」

「いえ?」

「骸、ハルの事が好きだからなぁー」

「今更なことを何言ってるんですか。はっきりとしない優柔不断な君に惚れている三浦ハルに惚れている六道骸ですが何か?」

「・・・・・・」

「さっさと振るなら振ってくれないと困るんですよね」

「・・・・・・」

「あれ。もしかして電波悪いですか?もしもーし。優柔不断で最低なボンゴレボスの沢田綱吉くーん?」

「煩いなぁ・・・」

「おやおや、そんな事言ってもいいんですか?力的な意味でも人間的な意味でも」

「ぐっ・・・」

「まぁ、いいです。とにかく早く帰ってきて欲しくないのですがハルさんがあんな調子だと僕死にそうなんで一応早く帰ってください」

「もうわけわかんないよ」

「とにかく死ぬなら死ぬ、振るなら振るってはっきりとしてくれないと困るんですよ」

「・・・・・・切るな。」

「ええ、それでは」

ブチッ

 

本当はっきりとしない男ですねぇ。

思わず握りつぶしていた携帯に、いちいち沢田綱吉が任務に行くといつもこうだ。と溜息を吐いた。

苛々する男です。本当に。

携帯の残骸を手を叩いて落とし。新しい携帯を準備するように伝えるには生で言わなければならない。面倒くさいと思いながらも、自業自得だと自分に言い聞かせ我部下のもとに足を向ける。

 

はぁ。

明らかな溜息を聞き、僕はいつものように笑顔で聞いた。

「大丈夫ですか?」

「はい・・・ツナさん。大丈夫でしょうか・・・それが、心配で・・・」

ぴくりとこめかみが動いた。

「ボンゴレは僕を倒した男ですから。大丈夫ですよ」

ああ、ムカツク。何故こんな事を言うのだろうか。もっと他の言葉を選べばいいのに。

自虐的な自身の言葉に、こっちが溜息をつきたい気分だ。

だが、ハルさんがそんな顔だと、それすら難しい。

「そうですよね・・・骸さんよりも強いんですから。絶対に、絶対に死なないですよね。怪我、しないですよね・・・」

いつも不安そうに僕にそう尋ねる。大丈夫ですよね?そうです。大丈夫です。

僕の役割は多分ロボットでいいんじゃないかと、雲雀恭弥あたりに言われそうだが、ロボットになんてさせるなんて勿体無い。

折角話せるというのに。

不安の表情からほっとした顔に変わる、花が咲く瞬間を誰も知らない。

まぁ、この表情が見れるので、ボンゴレ殺害計画を寸止め出来ているんですが。

ボンゴレ本部の休息所、紅茶のカップを明るくなった顔で楽しそうに持ち上げる。

僕はチョコレートケーキをつつきながら、笑顔のしたにまだ残っている不安を視線で探りながら一口食べる。甘いチョコレートの味が舌に広がる。

「電話をしたんですよ。」

「電話、ですか?」

「元気そうでしたよ?」

「はひっ・・・」

じわり、と涙が目尻に見えた。いつもなのに、毎回毎回。

「直ぐ戻るそうです」

「・・・そう、ですか・・・っ」

なんて心のやさしい人なのだろうか。

こんな事で一々泣いていたら、マフィアの妻なんてなれませんよ。と、言いたいのだが、いかんせん。僕はもう殆どマフィアとなってしまっているので言葉を飲み込む。

そして紳士としての言葉としてはどうかと思ったのもあるが。

「よし!ハルはケーキをもりもり食べてツナさんを待ちます!」

うがー!と、笹川了平のように燃えてチーズケーキをばくばくと食べはじめた。

一体何の関係があるのかとか、絶対に聞いてはならない。

ハルさんが言葉に詰まってしまうから。

聞くよりも、紅茶を啜りながら見守った方がいい。

「んぐっ・・・!!」

手をばたばたとしだした。喉を押さえて必死な顔をしている。

こういう時もあるので、見ていたほうがいい。

「すいませーん、水ください!3秒以内に!」

3秒でこなかったら殺しますからね。

 

チーズケーキを喉に詰まらせ、3秒以内に持ってこなかった店員をとりあえず幻覚で気絶させて、急いでハルさんに水を渡すと安心したように深呼吸を繰り返していた。

ありがとうございます!と、笑顔で言っていたというのに。

今日もまたテラスから空を見上げている。パジャマ姿で。

上着を着てくれればいいのに、どうしていつも着ないのでしょうか。風邪を引いてしまうというのに。

指を絡め、祈るようにぶつぶつと言う。

「ツナさん、ツナさん、ツナさん、ツナさん、ツナさん」

しなやかな白い指に唇をつけて、潤んだ瞳で夜空を見上げる。吐く息は白く、冷たく凍てついている。

わざわざ祈る為に外に出て、遠い異国にいるであろう沢田綱吉を労わって。

流れ星なんて落ちやしないというのに。

僕はハルさんを何処か冷めた眼で見ていた。

そろそろやめればいいのに。そろそろ気が付けばいいのに。

あまりにも無意味な恋愛だと知っているだろうに。

それでも、それを言えないのは惚れた弱みもあるが、今の自分自身に対しても言っているのとまったく同じだから。

「ツナ、さん」

指定の場所で今日も無意味な恋愛をしているハルさんを見上げる。ハルさんはずっと空を見ているか眼を閉じているかしかない。下にいる僕を見つけることは出来ない。

下を見ない。

本当にこの人は。

眼中無し、と、間接的に言われているのは気が付いてますよ。嫌々でも。

それでも諦めきれないんですよ。どうしようもないんですよ。

好きになってしまったんですから。

真似をするように、今日からも僕も祈ろう。指を絡めてハルさんを見る。

誰か見ていたら、特に雲雀恭弥に見られたら自殺するかもしれないこの馬鹿げた行為。

女々しいですが

 

「――――――」

 

どうか、

 

 

骸ハルは難しすぎる。