霧雨が振り続いている今日この頃。

朝だというのに窓を開けても蒸し暑さも寒さも感じられない。湿度が少し高いと感じる。

まだ梅雨になっていない五月の終わり。

これから振り続ける季節に成り代わる事を教えるように、柔らかく振り続けていた。

窓の外をベッドから眺めながら、少し焦燥感が抑えられる気がした。

裸のまま、上半身を起こしてずっと眺めていた。

病弱な人間のようなその視線の先には何が移っているのか。雨を通り越し、何を見ているのか。

薄らと眼を明けたハルが、それをシーツの影からこっそりと覗いていた。

 

 

 

どうしようもないくらいに愛してる。

それを言葉に出す事が出来ない臆病者に成り下がっていた。

昨日の夜には、彼女の熱が直に伝わり、安心感を覚えた。

人というのは熱が下がると不安になるらしい。彼女と肌を合わせ、すべて一緒になれば体温も鼓動も一心同体になる。

それがとても心地のいいものだった。

今横で寝ている彼女と出会ってから、自身に多大なる革命を起こした。

いつもの自分の日常が、荒波のような感情の波に苛まれ、一瞬の緩みのせいで直ぐに地面に引きずり落とされる気分を体感する事になった。

笑っていたら嬉しい。だけど相手が僕じゃない。

泣いていたら悲しい。それは僕がしてしまった。

忌々しい持て余していた感情を取り払える方法を知った。

それは愛を感じられるものでもあったし、彼女と触れ合う時間も出来るという事。

こんなにいい方法はあるのだろうか。

愛を囁く事は無くとも、感情が水面下に沈み、深く深く底に落ちた彼女が、愛を叫ぶように言ってくれる。

天国に行く前に残す遺言みたいに、僕に抱きつき嬌声を上げて落ちていく。

その様があまりにも儚く、今は僕がすべて見ているという事実だけで、今の僕が成り立っている。

もし、その儚い姿を他の男が見たとしたら、

どうなるんだろう?

 

 

どうしようもないくらいに愛してる。

それを言葉に出す事が出来るのは肌を重ね合わせ、彼が何もかも忘れそうになるとき。

頭の中がパンクする瞬間、その一瞬で心の中に溜まったもやもやを吹き飛ばせる事が出来る。

だけど、どうしても彼の方が後でパンクしてしまう。

いつもいつも、ハルだけが最初に壊れてしまう。

だから、壊れる直前、絶頂の直前に愛を吐き出す。

それはとても素敵な事だと思う。絶頂が通り過ぎた後に言っても、今ある脱力感ですべての愛が吐き出せない。

絶頂は、幸せを噛み締め、身体も心も嬌声を上げている瞬間。

そんな時にいえるなんて、ラッキーとしか言いようが無い。

だけど、彼はそんな事を知らない。

まだハルがツナさんを好きだと思っているらしい。寂しいから、悲しいから、誰かに抱きしめてもらいたいから。

そんな最低な行為を今していると思っている。

雲雀さんも雲雀さんです。ハルじゃなくて、他の大人の女の人にすればいいのに。

利用してるってわかってるはずなのに、このプライドの塊はどうして・・・

――――まさか、

嫌な想像が頭に入ってきた。

でも。それは・・・

無意識に手を伸ばしていた。

 

 

手の上に熱が添えられた。

心がいきなり引っ張りこまれたように感じ、はじけたように振り替える。

シーツの中から白い腕がにょきっと生えていた。

乱れた髪がシーツからはみ出ているのが見える。

眠いのだろうと思い、重ねられている手をやんわりと包み込む。

「おはよう」

「・・・・おはよ、ございます・・・」

元気が無いのはいつもの事。寝起きが悪いのは僕と一緒だ。

だが、今日はおかしい。

いつもなら眼を擦り、眠いながらも起きてくるはずなのに。

ずっとシーツの中でうごめいているだけ。

「・・・ハル?」

「・・・・ぐすっ・・・」

僅かに聞こえた音に、声を出す事をやめた。

固まるようにすべてを停止し、驚いた。だが、直ぐに悲しさで凍てつくような痛みが胸を襲った。

思い出しているのだろうか。

想いが届かないと、想いが止められないと。

僕で代わりにしている事を後悔しているのだろうか。

小さい手が寂しさを紛らわしてとばかりに僕の指を掴んでいる。

泣き顔を見られたくない。でも、悲しいから手をとって。

悲痛なその光景に、痛む心を隠して握り返す。

なんて、弱いんだろうか。ハルも、僕も。

 

 

彼はこのハルの行動のすべてを知りつつも、それに付き合ってくれている。

もしかして、彼はハルの気持ちをこっちに向かせようとしているのかもしれない。

プライドの高い人だから、利用されているなんて許せなくて。そのプライドが大きすぎて。

ハルを振り向かせたらゲームの勝ち。勝ったらもう何もしなくてもいいや。って、捨てられちゃう。

嫌だ、嫌です、そんなの

もし今のこの気持ちがばれたら、彼は捨てるかもしれない。表情になんの感情も垣間見せずに。

こうして泣いているのも、嘲笑っているかもしれない。

馬鹿な女だ。とでも言いたそうな顔をして。

それでも、好きだから手を伸ばしてしまう。そっと包まれた温度が、優しさの断片だと勘違いさせられる。

戦略。これは、戦略なの。

でも優しすぎる、こんなの。

涙がぼろぼろと溢れ出す。

嗚咽が漏れる。聞こえてしまっただろう。

でも、彼は何も言ってこない。やっぱり、と確信する。

それには愛は無いんでしょう?

不毛なハルのこの感情はどうすればいいんですか?ねぇ。

どうせなら、この関係を断ち切ろうか。

でも、断ち切ってしまったらもう元には戻れない。

切ってしまった糸を繋ぎなおすのはあまりにも困難。

だったら、このどろどろとした恋情が向かうのは続行する事。

「雲雀さん」

彼の愛がこっちに向く事は無いだろうけど。

「頭、撫でてください」

それでも、

 

 

もぞもぞとシーツから顔を出す。だけど髪で隠れてしまった表情は残念ながら見れない。

裸の身体がどんどん白から出てきて、白い背中や腰が露になった。

彼女は僕の腹に顔を埋めて腰に巻く付いて来る。

熱い感触、柔らかい感触、そして水の感触。

涙の残骸を腹に感じ、いわれたとおり頭を撫でる。

手を添えると予想以上に反応した。びくっと身体全体が震え、拒否しているようにも見える。

だけど、言ったのは彼女だ、だからそのまま頭を撫でる。

細い髪の感触が手になじみ、子供みたいな体温が伝わってくる。

もう、これだけでいいと思う。幸せ、なんだろう。

 

いやだ、いやだ。全部が全部優しさに見える。

知ってしまった彼の気持ち、それを思うと本当に彼は残酷だ。

望みどおり頭を撫でてくれた。

望みどおり優しさをくれた。

どうしてなんですか。

どうして、こんなことができるの?

ねぇ、雲雀さん・・・

 

「雲雀さん・・・」

「何?」

「・・・・ハルは、」

「うん」

「―――――。」

「――――聞こえないよ?」

「・・・いえなんでもないです。」

 

嘘でしょう?ねぇ。

今、お腹に振動として伝わった彼女の言葉。

何、今の。幻聴?

・・・ああ、僕じゃないか。僕は、変わりだから。

沢田綱吉に、か。

彼女はあまりにも優しく残酷なんだ。いつも。

天国に上らせては地獄に笑顔で突き落とす。

それでも、すがってしまう。

 

言ってしまった。

でも聞こえなかったらしい。よかった。

あまりにも軽率な行動に、言った瞬間後悔した。馬鹿なハル

違うのに。彼はハルの事なんてどうでもいいのに

コレは愛じゃない。

でも、ハルのコレは完璧なる愛。

 

 

 

貴方が望むなら

 

 

騙されるから。

 

利用されるから。

 

だから

 

自分を、見て?

 

 

すべてはノリさ。