服の隙間から肌に触れた。暖かくも無い温度に涙が出そうになった。

「ハルセンパイ」

そっと囁きかけるような声が鼓膜に響いた。その響きに何の関係も無いのに、ただその立ち位置のせいで必然的に思いだす。

ハルセンパイ。

その呪いのような甘美な呼びかけに頷く事が出来ないハルは、ただフランの頬に手を伸ばした。

赤ん坊のようなあの柔らかさは何処にもない。

ただの、男の頬だけだった。

 

 

 

「寂しいんですかー。」

間延びした声は真剣な色をしていた。頭の蛙が重たいのか、首が僅かにこちらに傾いていた。そのまま蛙のかぶり物がハルの額に落ちて忘れさせてくれればいいのに。

服の隙間から触れた指は暖かくも冷たくも無かった。外の木枯らしを思えば暖かい方なのだろうけれど、ハルには伝わらなかった。

「泣いちゃうんですかー?」

「泣きません。」

「泣いてくださいよー」

「泣きませんってば。」

フランの緑色の髪がハルの頬を擽った。泣きそうになった。けれど泣きたくは無かった。今日はもう泣いてはいけない。この日だけは一年の中で一番心臓が押しつぶされそうになる日だけれど、今日だけは何が何でも泣いてはいけない。

フランの指に嵌っている指輪をそっと撫でた。ハルのこの覚悟が炎となってくれれば、フランに伝わるのだろうか。

「でももう泣いちゃいそうですよー?」

「だったら慰めてくださいよ。」

「無理ですねー。ちょっとハルセンパイが泣く顔見たいんでー。」

「去年は慰めてくれたじゃないですか。」

「今はメチャクチャハルセンパイの泣き顔が見たいんですよー」

催促するように頬に手を滑らせてきたフラン。その手はやはり暖かくも冷たくも無かったが、だんだんと二人の肌で温度が上がった。

泣きやむようにとこうされても、泣けと促されてこうされても結果は同じ。眼の奥が熱くなってせりあがってくる。

喉に引っかかる嗚咽を漏らすことはしたくない。

ベッドの柔らかさがなんだか今はとても憎い、フランが僅かにベッドに置いた手の位置を変えるとスプリングがぎしっ、と鳴った。更に泣きたくなった。

近づいた顔に抗う術は無い。けれどこのまま受け入れる勇気も無い。

どちらも赤ん坊だったのに。

赤ん坊だからこそ、ハルは今ギリギリまで受け入れようとしているのか。そっと押し当てられた場所は鼻の頭だった。涙腺が緩む。

もし、

もしここで、この男に、少年に抱かれて、孕んだとしたら。

生まれ変わりというものがあるのならば、もしかして、それがハルの使命だとしたら。

輪廻転生を信じるもとい体験している師匠を持っているフランとしてはその考えを読み取れば必ず言いくるめることができただろう。

だがハルは喉の嗚咽を嚥下する事に必死で、頭の片隅に生まれたその言葉はフランに伝わることなく霧散した。

頬に唇を押し当てられた。柔らかく暖かいソレは赤ん坊の頬を思い出させた。

「フランちゃん、もう、どいてください。」

「此処まで来てですかー?」

此処まで、って、此処は別にラブホテルでも旅館でも無いわけで。三浦ハルの自室なわけで。

「ありがとうございます、ごめんなさい。」

「お礼と謝罪貰っても嬉しくないですよー。」

そう居ってフランはハルを抱きしめた。のしかかるようにハルの身体を逃がさないようにと。

ハルの頭に蛙の被り物がこつんと当たった。ベッドに被り物が埋まるように横たわった。

その重みとあまり伝わらない温度にそっと瞼を下ろした。腕を背中に回して手のひらで撫でるとぴくり、と肩が揺れた。

「・・・誘ってるんですかー?」

「いいえ。」

「・・・ミーは赤ちゃん変わりですかー?」

「イエス。」

「酷いですねー。」

そう言いつつもハルを止めることは無かった。ずっとのしかかったまま、抱きしめられたまま、撫でられたまま。

蛙のソレがなければ、頭も撫でるんですけどね。

そう耳元で言えばすぐに被り物を脱いで投げ飛ばした。ヘルメットが地面にぶつかるような音がして部屋の隅に転がり止まった。

緑色の髪を撫でるとフランは眼を細めた。被り物が無ければ、当たり前だけどただの少年だ。

「初めて、見たかもです。」

「いっつもベルセンパイの視線が鋭いですからねー。脱ぐ事出来ないんですよー」

「そうなんですか?」

いつの間にか抑え込んでいた嗚咽が無くなっていた。変わりに笑い声が喉からこぼれおちていた。眼球の裏の熱はいつの間にか波のように引いていた。

「寂しいですか?」

また涙を引き出す様な問いかけをした。撫でていた手の動きがぴくりと止まった。

寂しくは無い。後追い自殺をするほど寂しくは無い。ただ、このぽっかりと空いた穴の隙間風が冷たく痛いだけなのだ。

その穴が風が吹き抜ける度に鳴る、木枯らしのような泣き声がただ切なさを引き出しているだけなのだ。

何かで埋めたら、きっともうこんな気分にはならないかもしれない。

「寂しいですよ。」

だけどその言葉を吐きだすことはしなかった。寂しい。寂しい。

フランはその後何も言わず聞かず、ただハルに子供のように抱きついていた。

 

 

 

フラハルでシリアス。

なんとなくしてみたけどしっくりこない。やっぱりフランはもっと距離置かせて滅茶苦茶ハルに矢印を向けるのがいい。