綺麗な髪をした男の人を見たことがあるでしょうか。

ああ、綺麗な髪だけでは足りませんでしたね。艶やかで長い、女の人のように綺麗な髪をした男の人を見たことはありますでしょうか。

戦慄を感じるほどに戦災で、憤りを覚えるほどに美麗なのです。

繊細な銀の絹のような毛先は踊るような、妖精を彷彿とさせるくらいの細さとロマンティックを兼ね備えていたのでした。

思わず手を伸ばして触ってしまいたくなるような、宝石のような色と光。

しかも顔まで整っていて綺麗な物ですから、ハルはとっても憧れてしまうのです。

ハルも、あんな人に・・・。

 

 

 

「肌が、ぴりぴりします。」

「それって風邪じゃねえのかぁ?」

なんて、言って額をぴったりとくっつけるスクアーロさんに本当に熱が出そうになってしまいます。眼の上で切りそろえられた髪の毛もさらさらと音を立ててハルの額をかすめるのです。

ふわりと鼻腔を擽る香水の匂いはイタリアの男なのだと感じるほどエキセントリックなのでした。

「熱は・・・ねえなぁ。」

「あ、う。」

まるでキスをするかのように至近距離にあるグレーの瞳に、ハルは頬が真っ赤になるのを感じました。

スクアーロさんはそれに気がついたようで、意地悪に口元に弧を描きました。

「なんだぁ。初々しいなぁおい。」

「う、え、え、えろ、えろっ!」

「おい、言っておくが外でんな事言うんじゃねえぞぉ?変に勘違いされるからなぁ。」

その言葉もなんだかエロくて、ハルは思わず涙で視界が潤んでしまいました。ああ、もうこの人本当綺麗。

「ん゛ん?おい、本当大丈夫かぁ?」

「ひゃ、」

「お゛ぉ、熱ぃぞぉ」

潤んだ瞳がやはり風邪のせいだと思ったらしいスクアーロさんは、ハルの頸動脈あたりに触れるとそう言いました。

本当に熱が出ているのかと思って額を触ってみたのですが、ハルの指先が冷た過ぎて熱いのか平熱なのかよくわかりません。

「あ、熱い、ですか?」

「平熱より少し上くらい・・・の、気がするぜぇ。」

「つまりは、スクアーロさんの感覚なのですね?」

「まあなぁ」

手袋越しではない指先の方が、ハルは熱く感じられる。

火傷を負うくらいの熱さなのに、どうしてこんなに安心し、痺れるのだろうか。

談話室には暖房が付いており、室内は平温で保たれている。だから此処にいすぎて身体を冷やしたわけではないだろうし、風邪の前兆も見られなかった。

だったらやっぱり、これは全部スペルビ・スクアーロのせいなのです。

「大丈夫ですよ、きっと。」

「そうかぁ?」

「そうです。そうなのです。」

何の根拠も無く言っていると思われているようで、スクアーロさんは明らかに疑いのまなざしをハルに向けています。失礼極まりないです。

「軟弱だからなぁ。お前は。」

「ハルは軟弱ではありません!ハルは一般の人よりも元気な部類に入るんですよ?」

「俺から見れば変わらねぇ。」

それは大人から見た中学生と高校生の違いと、同じなのでしょうか。

大人と子供の違いは明白ではないけれど、今いる立ち位置は当たり前のように子供の場所で。

フッ、と笑ったスクアーロさんの笑い方が大人で、ハルは何でもない事にムキになる。そういうのって父親と娘のような、兄と妹なのではないかと考えてしまいます。

「・・・やっぱり、熱あるかもです。」

「ん゛?」

「スクアーロさん、ハル、頭痛くなってきました。」

額を押さえた。平熱の額は子供のようで、スクアーロさんの熱が発火したようにまた燃え上がった。眼の奥が熱くて何かが流れ落ちそうだった。

自己暗示のようにそう言うと、本当に熱が出てきたように熱くなってきた。額に触れた指先は、氷のように冷たいというのに。

スクアーロさんがその氷にかぶせるように右手を触れた。

「冷てぇ・・・」

「気分も、悪いかもです。」

「死体みたいだなぁ。」

女の子にそれはどうなのでしょう。というか、ハル気分が悪いって言ってるのに着眼点が少しおかしいのではないでしょうか。

でもハルの冷たい指先を額からはぎ取るように握ったスクアーロさんの手。熱くて、男の人で、大人だった。

「なんだか、」

泣きそうになる。情緒不安定。スクアーロさんの髪が死ぬほど綺麗過ぎて眩暈が起きてしまう。グレーの瞳が指先を見ている。死にそうです。

太くて短くて皺だらけで、いい所なんて一つもない手をスクアーロさんが見ている。

恥ずかしくて思わず口元を指で押さえて顔を背けてしまいました。変に思われてしまうかもしれないですけど、ハルはもう、なんだか耐えられない。

そうだ、熱、熱が、暖かくなってきた指先が今度は痺れる。握られた手は男で大人で、ハルが絶対に手に入れられない唯一無二の形のない幻影のステータス。

頬が熱い。誰が火をつけたんでしょうか。

外の冷たさが恋しい、凍てつくような風に当たりたい。肌がぴりぴりしても構わない、もうとにかく温度を低下させたい。

指先と足先が冷たい。

頬はそこからすべてを奪ったかのように冷たくて。

指先が何かにかすった事に気がつき、ちらりと視線を向けました。眼にはまだ潤いが留まっています。

スクアーロさんの、銀髪に指が当たったのです。指先がそれこそ、炎に包まれたかのように熱くなりました。ああ、スクアーロさんが、ハルの手を頬に・・・。なんででしょう。本当に調子悪いのでしょうか。幻覚を見ているのでしょうか。

「死体みたいだなぁ。」

デリカシーが無い所、そこは中学生の男子と変わらなくて。

「なあ、どうなってんだぁ?」

暖房の付いた部屋は暖かくて、この寒さの中、誰一人としてこの部屋に来てなくて。

「お前の身体、生きてんのかぁ?なあ。」

ハルの服の裾を左手の指で引っ掛けた。まるで肉食獣が草食動物を狙う様に、その義手の体温の無い手がハルの温度を食べようとしている。

スクアーロさんの頬に張り付いた自分の手が近づいてきた。スクアーロさんの顔も近付いてきた。

綺麗な、鮮明な、美しい、儚い。美人薄命。

スクアーロさんの手がハルの素肌を滑った。身体の血のめぐりがよくなって、意識が鮮やかに目覚めた。

男は中学生も大人も変わらないのだとハルはこの時初めて知った。

スクアーロさんの髪の毛に体温は無いのだとも、知った。

 

 

 

ハルは無意識に誘っているような事をしていればいい。